今日もシンガポールまみれ

日本のあっち、シンガポールのこっち

末永恵氏、デイリー新潮の新型コロナ記事で再度のシンガポールヘイト ※追記「シンガポールのリカバリープラン」

うにうに @ シンガポールウォッチャーです。
末永恵氏が、再度シンガポールについて記事を書きました。
www.dailyshincho.jp

末永恵氏の記事では、過去に週刊朝日が以下の謝罪を行っています。

<お詫び>
2014年4月18日号のワイド特集の中の記事「マレーシア機墜落の闇 真相覆う政府の腐敗」で、CNN上級国際特派員のジム・クランシー氏のコメントとして「自国の腐敗した政治状況をこの事件で暴かれたり、国の恥を世界のメディアが明らかにしないようコントロールしている」とある発言部分を取り消します。執筆者のフリージャーナリストがクランシー氏ご本人に取材した事実はありませんでした。ジム・クランシー氏およびCNNにご迷惑をおかけしたことをお詫びします。

  • 週刊朝日: 発行日2014年05月02日 ページ152

これまでの彼女のシンガポール記事と同様に、「シンガポールに親を殺されたかのような」ヘイト記事に再度仕上がっています。単に好き嫌いだけならご本人に同情して終了ですが、事実誤認を含んでいるので、またしてもファクトチェックを実施します。これまでに末永恵氏への記事へのファクトチェックは3度行っており、それは最後にリンクを掲載します。

シンガポールのリカバリープラン: COVID-19での外国人労働者政策

末永恵氏の記事は著しくバランスを欠いています。(なので私はこの記事をヘイトだと言っています)

シンガポールでは感染者総数15,641人、そのうち死者はわずか14人です(4月29日)。死亡率0.09%です。また、寮居住の外国人労働者の感染者数が13,354人と、85%を占めます。シンガポールの医療が高度なだけでなく、彼らは就労ビザの取得が必要なため若いことが、死亡率の圧倒的な押し下げをしています。シンガポールではこれまで、60歳未満の死亡者はいません。
※注: 寮居住外国人労働者で国が統計を作っていることへの非難を見ました。実態がそうなので、問題把握の前提として、(隠蔽せず)統計が作られるのは正しい対応です。この分類はシンガポール居住者からすると、「東京と岩手の感染者数が別の統計になっていること」と同じ感覚です。理由はコミュニティが別れており、コミュニティを超えた接触はあまりなく、閉じているためです。シンガポールの実態に即した統計作成がディストピアなら、東京と岩手の関係もディストピアでしょう。

確かに、シンガポールは外国人単純労働者が住む寮 (ドミトリー) で感染爆発が起きました。4月29日は新規感染者が690人、寮居住の外国人労働者は660人と、96%を占めます。その原因は、1部屋に二段ベッドで12人や20人が住んでいる、寮での過密空間が大きな理由でしょう。また、寮の外の建設現場やショッピングモール(ムスタファセンター)で、人の接触があったことが、寮を超えて感染爆発になったことを政府保健省も認めています

そのため、シンガポールは寮を隔離地域に公告すると共に、建設業の外国人労働者を4月20日から5月4日の14日間、自宅待機勧告(SHN)にしています。対象者は18万人にも及びます。自宅から一歩も出られず、食事や日用品調達も雇用主が最終責任をとる必要がある、厳しい内容です。当然、その間の建設現場は停止です。
では、隔離中の給料はどうなるのかというと、シンガポール政府は以前からCOVID-19対応で行っている「自宅待機勧告(SHN)を指示した者が休業になれば、約8千円(S$100)を雇用主に支給する」を適応しました。政府は外国人労働者が給料を確かに受け取れるように、支給対象の雇用主を強く指導しています。

シンガポール首相が住民に向けた会見で以下のように語っています。

ほとんど全ての感染した移民労働者は、軽症のみだ。彼らは比較的若く、COVID-19では、若ければ重症化しないことをから、驚きはない。移民労働者の新規感染者で、酸素補給や集中治療が必要になっている人がいないことに、感謝している。初期の症例では、ICUに2ヶ月入ったバングラデシュ人労働者がいた。我々は決して彼をあきらめなかった。先週、容態が安定し、ICUから一般病棟に遂に移った。完治するにはまだ時間がかかるだろうが、少しの運があれば、彼の新しい息子をすぐにみれるようになる。

全ての主要寮は、専任の医師と看護師が支援している。
積極的な治療が必要な人には、即座の注意が受け取れ、回復のために迅速に病院に送られることを、我々は約束する。
より弱者である、高齢の労働者に特別の注意を払っている。先手を打って、彼らを隔離寮に移しており、そこではより詳しく観察を受ける。

我々の移民労働者に、私は再度強調しておきたい。
我々はみなさんを、シンガポール人にしているのと同じようにケアする。
この困難な時期での協力に感謝している。
みなさんの健康、福利厚生、生活に注意を払っている。給料が支払われ、母国に送金できるように、みなさんの雇用主と我々は働いている。友人や家族とつながっていられるように、我々は助けている。

感染症であるCOVID-19では、外国人労働者を含め全長期滞在者への医療費は政府が負担しています。シンガポールでICUに2ヶ月入るのは途方も無い金額になります。政府はそれを払い、完治に向けて治療を継続しています。

これがシンガポールのリカバリープランです。これらに全く触れずに、虚実入り乱れて、延々とシンガポールを叩いているのが末永恵氏の記事です。

ファクトチェック

それでは末永恵氏記事のファクトチェックに入ります。

4月に入って3桁レベルでほぼ連日、感染者数を更新。こと前半2週間は急激で、その増加率は180%にもなる。

感染者総数は、4月1日が1,000人ちょうど。4月15日が3,699人。この2週間の増加率は270%。

2月末時点で、感染者数の約100人のうち、中国・武漢出身の感染者は18人に過ぎなかった。リー・シェンロン首相が否定していた「人から人への2、3次感染」はとっくに起きていたことになる。

該当のリー・シェンロン首相の発言がいつ行われたのか不明。WHOは1月30日に「中国国外で、人から人への感染が報告されている」と述べている。また、2月4日にシンガポールで最初の市中感染を政府保健省は確認している。

テドロス氏は (略) この時、感染抑制に成功している例として挙げた国が、中国とシンガポールだった。経済への影響を配慮し、ロックダウンなどの国内での外出制限措置を取らなくても、感染者を抑制できる例として「シンガポール方式」を褒めたたえていたわけである。

3月9日のテドロス氏のスピーチはこちらで確認可能。

末永恵氏が指摘した箇所を訳します。

対策がうまくいっていることを示す多くの国々の例がある。
中国、イタリア、日本、韓国、米国と多くの国々は、緊急対策を稼働させている。
シンガポールは政府一丸となっている政策の良い例だ。リー・シェンロン首相の定期的なビデオメッセージは、リスクを説明し、国民を安心させることを助けている。
There are many examples of countries demonstrating that these measures work.

China, Italy, Japan, the Republic of Korea, the United States of America and many others have activated emergency measures.

Singapore is a good example of an all-of-government approach – Prime Minister Lee Hsien Loong’s regular videos are helping to explain the risks and reassure people.

テドロス氏は、シンガポールの経済影響については言及していませんし、感染者を抑制しているとも言っていません。また、緊急対策をとっている国の例として、中国に言及していますが、同時に中国と日本・米国を同等に並べています。

これまでの約100日間で、新規感染者が前日の数を更新しなかったのは「1月と2月で計数日」だけだ(シンガポール保健省調べ)。

嘘。3月以降は新規感染者数が常に右肩上がりの意味と思われるが、3月20日から31日だけでも下記の例がある。他にも多数。
3月21日 47人
3月22日 23人

3月23日 54人
3月24日 49人

3月25日 73人
3月26日 52人
3月27日 49人

3月28日 70人
3月29日 42人
3月30日 35人

私の出所は上記リンクのようにシンガポール保健省です。末永恵氏が主張する「シンガポール保健省調べ」の出所は、当然に不明。

「宿舎はクーラーも窓もなく、労働者らは『刑務所のようだ』と言い、4メートル四方ぐらいの部屋に12人ぐらいが寝泊まりする劣悪な状態だ。こうした環境では、疫病などさまざまな問題が発生する」(人権保護団体のアレックス・アウ氏)

出所不明。
移民労働者人権擁護NGO、TWC2のAlex Au氏は、ストレートタイムズ紙で以下のように語っている。
「人の密集や、貧弱な換気のような悪環境があり、これらは感染のリスクを増大させる。」

シンガポール政府は宿舎の封鎖を発表

封鎖は行っていない。クラスタになっている寮を隔離地域に指定した。

劣悪な環境に置かれる外国人労働者が病の大拡大を招いたのは、今回が初めてではない。2016年にシンガポールで250人以上のジカ熱患者が出た際には、初期に確認された感染者9割に相当する36人がこうした建設現場で働く外国人労働者だった。2008年にはチクングニア熱で同じく労働者の間で大流行したほか、同年には水疱瘡の感染も拡大し、労働者1人が亡くなった。宿舎責任者には、懲役刑が下されている。

2016年にシンガポールでジカ熱が発生した際には、患者数は全部で455人。建設現場作業員は58人。ジカ熱は蚊が媒介するため、水たまりがある建設現場はクラスタになりやすい。

ここで書かれている内容はブルームバーグの記事と酷似しています。ブルームバーグ記事は4月21日掲載、末永恵氏の記事は4月28日掲載。末永恵氏の記事には、ブルームバーグ参照とは記載がありません。不思議ですね。

2008年のチクングニア熱は、症例275人のうち、輸入が181人と大半を占める。しかもそのうち166人がマレーシアからの輸入。

ジカ熱もチクングニア熱も、蚊が媒介する感染症。

筆者の取材によると、こうした宿舎は、一党独裁を維持するPAP(人民行動党)の支持母体の建設会社が、高額なマージンで一手に引き受けてきたというから、より政府の責任は大といえるかもしれない。

「私は公開されていない真実を知っている」ロジックですが、対象も根拠も開示されていません。
ひょっとして、ブルームバーグ記事に記載の、寮の運営にケッペル社が入っていて、そこがシンガポール政府系投資会社テマセクが筆頭株主(20%所持)なことを指していますか?シンガポール労働省(MOM)も、ケッペル社も開示しているため、末永恵氏の取材とは言えないと思いますが。
ケッペル社は海洋部門などがあり、自社で外国人労働者を多数雇っているため、自社の従業員用の寮を持っています。
寮費は、労働者の手取りからではなく、雇用主負担です。雇用主がわざわざ高額な寮を選んでいたことになりますね。経済的合理性を欠く判断を雇用主がしていたなら、それは企業目線では背任ですし、政府目線では汚職です。不思議ですね。

有名なカジノ商業施設「マリーナ・ベイ・サンズ」も創業以来、初の閉鎖に追い込まれた。ここサンズでは、3月末に天空の有名バー「セ・ラ・ビ」やレストランでクラスターが発生しており、政府がロックダウンを決断するきっかけともなった。

「マリーナベイサンズのバーがクラスタになったから、ロックダウンを決めた」と政府が発言した出所が不明。

シンガポール政府は1月時点で「効果がない」「症状が出てからでいい」とマスクの必要性を訴えてこなかった。なぜか。(略)政府は、マスクを求めてパニックが起きるのを恐れたのだ。

シンガポール政府が「健康ならマスクは不要」と当初言っていた理由は2つ。
1. 未発症者は感染させないと当初は思われていたから
2. 十分な量のマスクは国内にも世界中にもなかったから
未発症者は感染させないとの前提が、4月1日に米国CDCにシンガポール保健省が共同著者になって提出した研究で、崩れ去った。シンガポール首相が「マスク着用を妨げない」と発言し、再利用可能な布マスク配布をアナウンスしたのが、4月3日。
uniunichan.hatenablog.com

4月11日深夜に急遽、外出時にはいかなる場合もマスクをつける「義務化」が発表された。

政府がマスク着用の義務化を発表したのは、4月11日ではなく、4月14日。
https://www.moh.gov.sg/news-highlights/details/continued-stringent-implementation-enforcement-of-circuit-breaker-measures

海外記事の質と、その向上には

メディアは状況と異なる印象を与えることができます。中途半端に知っている関係者も加担することで、「一部真実」なキャッチーでもっともらしい話になり、日本の記事では通用しないような質の海外記事が流通します。事実ならともかく、事実ではないので迷惑です。

フェイクニュースが取りざたされる昨今です。残念ですが、海外在住者から見ると、日本での海外記事には、分析や主張以前であるファクトへの真偽に疑問がつく記事を少なからず見かけます。私がこれまで検証してきた記事にも「シンガポール国立大学の学費は無料」や「日本が戦ってくれて感謝しています」というものがあります。
uniunichan.hatenablog.com
uniunichan.hatenablog.com

しかし残念ながら、検証記事は、そのきっかけとなった派手な記事と比べると、読まれる件数はわずかです。
今回のデイリー新潮の記事には事実誤認があります。また、これまでの末永恵氏のシンガポール記事は事実誤認を多数含んでいます。

改善には、

  • 同業者も認める信頼できる専門家を著者にする
  • それができなければ、せめて情報の出所を編集部が確認する

が有効です。記事でどこまで開示するかは別として、数字や事実に「ソースは?」と赤を入れて筆者につき返すのが編集の仕事のはずですが、デイリー新潮は校閲を行っているのか、という疑問も起きます。日本の編集部が海外事情が分からず内容を精査できないのは(百歩譲って)しょうがないとしても、せめて、記事の根拠となる出所は筆者に提出させる、でかなり改善できるはずです。
デイリー新潮がメディアの良心として、今回の記事への訂正・削除を行うことを、願っています。

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Orchard
写真は、サーキットブレーカー中で人通りがなく閑散としているオーチャード。筆者撮影。