うにうに @ シンガポールウォッチャーです。
福島原発処理水の放出が2023年8月24日に始まりました。過激な反応が起きている隣接国と異なり、シンガポールでは冷静な反応になっています。これまでの経緯と、現状の対応のまとめです。
シンガポール政府の処理水反応
シンガポールと福島は、5,500キロ離れています。
処理水については、シンガポール政府の公式発表があります。国会答弁です。要約します。
シンガポール食品局(SFA)と国家環境局(NEA)は、食品安全と環境影響のそれぞれへの評価に、科学手法アプローチを用いている。
食品安全のために、シンガポールへの輸入食品は、SFAの監視を受けており、放射線調査も含む。SFAの検査に不合格となった食品は、販売できない。SFAは輸入食品を密に監視しており、日本からのものも含む。これまでの我々の監視結果は要件を満たしている。シンガポールの監視体制強化に、IAEAと外国食品当局からの世界での出来事と専門家報告を、SFAは遅れなく考慮している。
日本が計画している福島原発からの処理水の排水は、シンガポール周辺の海水の品質に影響がないと、NEAは評価している。2019年以降、NEAの環境基準放射線測定プログラムの一部として、NEAはシンガポールの水の監視を行ってきている。測定されている放射能は、シンガポールの自然レベル以内に留まり続けている。
SFAとNEAは、輸入食品と環境での放射線レベルを密接に監視し続ける。
・シンガポール持続可能性・環境省: Oral Reply to Parliamentary Question on Food Safety Risk and Environmental Impact of Fukushima Nuclear Power Plant Wastewater Discharge by Ms Grace Fu, Minister for Sustainability and the Environment
つまり、
「具体的な有害影響が観測されるまで、シンガポール政府はこれまで通りの対応で、日本政府には黙ってる」
という意味です。リスク可能性が低いとの評価に基づき、プロアクティブに事前対策をとらない姿勢です。
シンガポール国民の反応
マスコミが町での反応を取材しています。
【mothership】放射能水の放出までに、刺し身を腹いっぱい食べるシンガポール人がいる。新明日報が取材したレストランは活況だ。刺し身一杯のちらしがベストセラーだ。
— うにうに (@uniunichan) 2023年8月25日
取材に懸念を示した人は少数だった。「ゴジラになりたくない」食べ続ける人は、政府の検査を信用している。https://t.co/5jFhzr8BV7
一部に反応している人はいますが、大半はこれまでと同じ姿勢を日本食品にとっています。
2023年2月には、東京大学 大学院情報学環 総合防災情報研究センターの関谷直也准教授が、福島県産品への10カ国の意識調査を行ったものを発表しています。アンケート自体は、2022年3月に行われたものです。
あまり危険ではない、まったく危険ではないが一番多かったのが日本で約60%。次いで、英国・ロシア・シンガポールの順でほぼ30%になっています。中国は約20%、韓国は約10%でした。
シンガポールは自由貿易の信奉者
シンガポールの国としてのそもそもの姿勢は、自由貿易の強固な支持です。理由は、国民人口が350万人しかいない小国で、内需に頼ることができないためです。シンガポールが世界富裕国の一つに上がったのは、他国との貿易や、税目的を含む他国事業の外資誘致のおかげです。自由貿易が絶対的に必要な国であり、中国のTPP加盟も支持しています。中国と米国の間で、うまく渡り歩いていくことが、国の基本姿勢です。
そのシンガポールなので、貿易制限は極力したくないのが、国の基本姿勢です。それには当然、日本や福島の食品も含まれます。他国に自由貿易を説くには、自国で先にする必要があります。
定番になった和食
シンガポールで日本食は大人気です。ブームを通り越して、定着しています。中でもラーメンと寿司です。一般和食店での人気は、サーモンの刺し身と握りですが、サーモンは日本産と誤解されてるでしょう。フードコートでも出される定番が焼きサバですが、あれもパッケージが日本語でもノルウェー産です。
高級和食店に行かなければ、日本海産物に出会うのは困難です。
増加した多くは、進出したドンキや、地元スーパーでコーナー化されているお菓子など、加工食品が中心ではないかと思われますが、統計を見つけられませんでした。
世界での競争力が落ちてきた日本は、産業の伸びしろに食品輸出やインバウンド観光のような、発展途上国で主力産業になっているものにしたいという動きが見られます。シンガポールでも、日本の県が主催・後援している多くの食品イベントが数多くあります。食品プロモーションを海外で県単位でするのが謎なのですが、予算を県が通しやすいのが現状です。
福島原発事故があった2011年は、日本の食品輸入は0.5%以下だと、シンガポール政府が明らかにしています。
地方自治体のブーストの結果、どれぐらい伸びたのかというと、2023年に「日本からの食品輸入は、過去10年平均で1.5%」だと、シンガポール政府は語っています。
2011年に0.5%が、昨年までの過去10年平均で1.5%なので、現在は3%弱ぐらいでしょう。元々が小さかったこともあり、10年でシェアは6倍に伸びています。
シンガポール日本人コミュニティへの影響
福島原発事故を理由に、日本人が地元民から偏見を向けられることはありませんでした。その一方で、当事国の日本との知識の差や、未知への恐怖から、「日本旅行は大好きだから行くが、大阪など西日本にしか行かない」というシンガポール人がいる時期がしばらく続きました。
放射能疎開者の出現と退去
枝野幸男氏
福島原発事故後、シンガポールの日本人コミュティで、放射能疎開者に会うようになります。最も有名なのは、
「枝野幸男の妻と子どもはシンガポールに疎開した」
というデマでしょう。当時、民主党政権で官房長官を努めていた枝野幸男氏は、その裏で妻子をシンガポールに放射能疎開させた、というものです。これがデマであることは、繰り返し訴えられています。
・Buzzfeed: 「#枝野寝ろ」その裏で家族を襲ったデマ。妻はパスポート片手に選挙区を回った
一般人の放射能疎開
デマでなく本当に放射能疎開をした日本人もいました。
当時のシンガポールは、「日本人なら、ビザ取得が今ほど厳しくなく、夫婦共稼ぎをすれば、生活ができる」環境でした。今では就労ビザ取得がほぼ無理になった和食店でのサーバーという"未経験者歓迎"の未技能職種でも、ギリギリビザが出ていました。ある家族は夫婦や家族全員で、ある家族は妻と子どもだけがシンガポールに移り、夫は放射能に汚染されているはずの日本で仕事を継続し、ATMとして仕送りをします。
原発事故から4、5年たち、健康被害報告のカルト化が強まる中で、シンガポールではビザ厳格化と経済発展が進みます。それによって、シンガポールから"振り落とされる"疎開民が続出します。私の観測では、海外に本当に移った行動力がある疎開民は、経済力ではローワーミドルクラスが多かった印象です。専門職や管理職ではなく、現地で見つけた未経験者歓迎の仕事をしている人たちです。就労ビザの取得可能な収入を確保できない、家計収支が赤字に転落しシンガポール滞在を継続できなくなった疎開家族が増加します。
当時の選択は大きく2つでした。1つは日本に帰国する、もう1つは隣国マレーシア等に移るです。
マレーシアは、シンガポールより就労ビザ取得が容易です。日本向けのBPO(アウトソース)で、日本語が話せれば就職できる、未技能職(未経験者歓迎)のカスタマーサービスの仕事が増えた時期でもありました。子どもの学生ビザが発行されると、親が帯同できるガーディアンビザがあり、日本在住の夫が生活費と学費を送っていた家庭にピッタリです。
"教育移住"が放射能疎開の名目に使われることもありました。発展途上国であり、インターナショナル校がシンガポールより圧倒的に安く、国際的な学力や評価も低いのですが、日本の一般中間層でも頑張れば支払える学費です。2018年PISA(学習到達度調査)で、日本が3科目平均世界9位、マレーシアは平均51位なのに、マレーシア教育移住が有効なのは、特殊な生徒か英語コンプレックスでしょう。なお、シンガポールはPISA平均2位です。
10年以上の歳月が経ち、当時の放射能疎開民は大半がシンガポールから撤退しました。現在では、シンガポールで新しく会うことはほぼありません。10年以上の在住者は、地元民を家族に持つ人、専門職・管理職として日本よりシンガポールが高給な人が中心です。
uniunichan.hatenablog.com
(2013年記事です。シンガポールでは、"教育移住"名目でも、親の税目的が大半なのが実態です。過去には、"教育移住"名目での放射能疎開が散見されました。今では、親が税の恩恵をそれほど受けなくても、円安でのシンガポールの収入増加やインター教育隆盛で、"教育移住"をまれに見かけるようになりました)
資料: 福島原発事故での日本食品輸入へのシンガポール対応タイムライン
2011年3月11日 | 東北地方太平洋沖地震 |
2011年3月15日 | 2011年3月11日以降に輸出された生鮮品に、放射能検査を開始。日本の食品輸入は海産物が2%以下で、他の食品は0.5%以下。(シンガポール政府省庁合同声明) |
2011年3月31日 | 食品の禁輸があるのは、福島・茨城・栃木・群馬・静岡・愛媛・千葉・神奈川・東京・埼玉。3月25日以降、放射能検査で安全を確認したもののみを販売している。(シンガポール政府省庁合同声明) |
2013年4月8日 | 関東1都6県(東京、千葉、神奈川、埼玉、群馬、茨城、栃木)産の食肉、水産物、野菜や果物などの品目について輸入停止措置を解除。 |
2014年5月31日 | リー・シェンロン首相と、安倍晋三首相との会談で、日本からの食品輸入制限の緩和に合意。8県からの、果物・野菜・牛乳・乳製品・肉・卵・緑茶・緑茶製品の輸入に、事前検査を不要とする。福島からの農産物・加工品の輸入制限を解除する。(シンガポール農業食品畜産庁(AVA)) |
2020年1月16日 | 福島からの海産物と林産物の輸入再開。(シンガポール食品局(SFA)) |
2021年5月25日 | 菅義偉首相とリー・シェンロン首相が、福島産食品への事前検査撤廃に、電話会談で合意。(シンガポール外務省) 。2021年5月28日、福島産食品への事前検査撤廃。 |
2023年7月6日 | 2013年以降、日本からの食品輸入で放射能を検出していない。日本からの食品輸入は、過去10年平均で1.5%にとどまり、福島からは2022年で0.01%以下だ。日本からの輸入食品が食品安全要求に遵守しているかを監視する。(シンガポール食品局(SFA)) |