今日もシンガポールまみれ

日本のあっち、シンガポールのこっち

大学ランキング アジア1位のシンガポール国立大学:授業料無料の都市伝説と奨学金制度

THE アジア大学ランキング1位 シンガポール国立大学

イギリスのタイムズ・ハイアー・エデュケーション (THE) が、アジア大学ランキングを発表しました。3年連続1位を維持してきた東京大学が7位に転落し、代わってシンガポール国立大学 (National University of Singapore、地元ではNUS(えぬゆぅえす)と呼ばれる) が1位になりました。

本記事は長文なので、結論を先に提示しておくと、「シンガポールの国立大学での奨学金受領者は、国立大学学部生が14%、院生が30%(2001-2005年)。学生全員が無料ではない」というものになります
なお、シンガポール国立大学、通称NUSを"シンガポール大学"という人がいますが、シンガポール大学 (Singapore UniversityやUniversity of Singapore) は、現在は世の中に存在しません。1962年にマラヤ大学から分離した際に、"University of Singapore"と名乗っていた時代があります。その後1980年に、中華教育を行なっていたNanyang Universityと合併して、現在の名称になりました。NUSかシンガポール国立大学と呼びましょう。

3年連続1位の東大が7位に落ちたのは、他校の伸びより、ルール変更と自校の低迷

今年のランキング

今回のランキング100位の中から、1位から3位とアジア各国のトップ校を抜き出しました。
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日本より一人あたりGDPで上回るシンガポールと香港のトップ校が強いこと、国全体のGDPで日本より上回る中国が強い結果になっています。シンガポールと香港に加えて、アジア四小龍とも呼ばれていた韓国・台湾が、日本に迫ってきています。

東大の去年と今年の比較: 東大の失点

東大とシンガポール国立大学の比較

東大の去年と今年のスコア比較、また東大とシンガポール国立大学のスコア比較です。
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日本の大学の弱点として一般的に指摘される"国際観"ですが、確かにシンガポール国立大学より東大が圧倒的にスコアが低く、素点で65.9点も差をつけられています。しかし、今回の順位変動での、最も深刻な問題では実はありません。理由は傾斜配分後は、100%中で7.5%しか配分がなく、傾斜配分後ではシンガポール国立大学と4.9点の差はついています。しかしながら、東大は、1位だった去年と今年の傾斜配分後の比較では、"国際観"は0.2点しかスコアを落としていません。
東大が一位から転落した致命傷となったのは、学術論文などの"引用"で大幅にスコアを落としたことです。昨年から今年で13.8点も素点で低下しており、傾斜配分後は100%中で30%も配分があるため、シンガポール国立大学に5.6点もの差を付けられました。
同一の項目であるにもかかわらず、点数の大きな変動があったのは、素点の算出方法に変化があったためです。引用のソースが、去年のトムソンロイターから、エルゼビアのスコーパスに変わりました。また、スコーパスに変わったことで、英語刊行での引用の過大評価を減らす目的での修正が、ゆるやかになっています。
英語での引用の測定方法をゆるめたところ、東大のスコアが大幅に減少したということは、英語での引用が東大は弱かったと推定できます。
最後の指摘としては、東大は全スコア項目で、前年から素点で減点していることがあげられます。
これらが、1位から7位への凋落の原因です。

まとめ: 東大首位転落は"引用"スコアでの計測ルール変更が理由。
まとめ: 東大が国際観が弱いのは例年同様。配点が少ないため、これまでは他分野でカバーできていた。

シンガポール国立大学の都市伝説

日本人にとっての海外の大学は多くがそうであるように、シンガポール国立大学も日本人関係者がほとんどいません。そのため、関係者がエッジを効かせて一部分を切り取って出した記事(林哲矢氏)や、二次/三次情報を切り貼りしたまとめサイトなどを経由して、摩訶不思議なイメージが日本に出回っています。そのシンガポール国立大学の都市伝説を追ってみます。
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※写真はシンガポール国立大学。筆者撮影

シンガポール国立大学は学費や家賃がタダ?!

「シンガポール国立大学は授業料が無料」とは、一部のみが真実で大半が嘘です。対象が限定される事象なのに、無制限のような印象を与える「主語が大きい」表現です。
シンガポールは欧州の極一部の国にあるような大学学費無料の国ではないので、「大学は無料ではない」ですし、「シンガポール国立大学学生だからといって、学生全員が無料にはならない」が当たり前の結論です。特に先進国の日本人が優遇を受けるには各種条件をクリアする必要があります。

シンガポール国立大学の学費

シンガポール国立大学の1年間の授業料は、ここに記載があります。一部の学部を抜き出してみます。単位はシンガポールドルで、$1を80円 として換算します。
シンガポール国立大学 (NUS): Fees for Undergraduate Programmes

NUS学部と専攻 国民 永住者 学費減免留学生 減免なし留学生
人文社会、情報処理、工学、理学 $8,050 (64万円) $11,250 (90万円) $17,100 (137万円) $29,350 (235万円)
法律 $12,500 (100万円) $17,500 (140万円) $26,650 (213万円) $37,750 (302万円)
医学部医学科 $26,400 (211万円) $36,950 (296万円) $55,450 (444万円) $141,100 (1,128万円)

補助なし外国人の値段を、学費の"定価"と見てよいでしょう。
注目すべきは、

  • 噂は嘘っぱちで、学費はタダではない。
  • 国民と永住者と外国人とで学費が異なる
  • 外国人にも申請可能な政府の学費減免がある
  • 専攻で学費が異なる

ことです。専攻で学費が異なるのは、日本で国立大学では学費は一律ですが、私立大学で馴染みがあります。
学費は国民か永住者か外国人かで異なり、外国人は減免がなければ国民より3倍以上も高額です。これが減免を申請すれば、2倍前後にまで縮まりますが、それでも学費は外国人の方がはるかに高額です。社会福祉を提供する必要がない外国人の学費が、国民より高額になるというのは、割りと一般的に見られます。
シンガポール教育省が提供している学費減免制度は、Tuition Grant というものです。

  • シンガポール教育省 (MOE): TG online

Tuition Grant の受給資格は、

  • 対象校の学生
  • 永住者と外国人は、卒業後3年間のシンガポールでの就労義務があること

です。対象校は、シンガポール国立大学だけでなく、今回アジア2位にランクインしているナンヤン工科大学や、シンガポール経営大学といった国立校が対象で、大学以外でも日本の高専に相当するポリテクニク等も含まれます。シンガポールにおいて国立大 (local university) と私立大の違いは、政府が資本を出しているかどうかです(※脚注1)。資本が弱い私大と、政府が資本注入と学生補助をする国立大とへの評価は、教員・施設・学費の差に直結しており、国立大かそうでないかの格差は日本より遥かに大きいです。
Tuition Grantは対象校に在籍していると、減免額は異なりますが、申請さえすれば外国人も原則として受給できます。ハードルは対象校に入学できるかどうか、ということです。外国人受給者は、シンガポール教育省の発表(2014年)によると、ポリテクニクが6%で一学年あたり1,700人、大学では13%で2200人になります。予算規模では、外国人向けはS$2.1億 (168億円) で、高等教育予算の10%よりかは小さい程度とのことですが、相当な規模になっています。

大学院など更に進学したいTuition Grant受領留学生は、シンガポールでの就労を延期できます。年に平均250人が就労を延期させています。

制度としては、国民はTuition Grantを自動申請となり、学費の"定価"から減免を受けますが、就労などの義務がないので、義務がないまま権利を得られる仕組みです。
永住者と外国人には、卒業後3年間のシンガポールでの就労義務があります。就職先に政府の指定はなく、留学生が自分で就活して探す必要があります。逆に言うと、3年間シンガポールで働くだけで、学費の減免を受けられます。よって、対象大学の外国人学生も永住者学生も大半がTuition Grantを受けていると、シンガポール教育省は言っています(2011年)。途中で学業や卒業後の就労を中断すれば、受領したTuition Grantの金額から就業期間を減額した金額に10%の年間利息をつけたペナルティを払う必要があります。

まとめ: 国立大学の学生は政府の学費減免を受けられるが、国民・永住者・外国人で額が違う。
まとめ: 外国人が学費減免を受けると、卒業後3年間のシンガポールでの就労義務がある。
医学部進学のための誓約

シンガポール国立大学医学部医学科では、学費の"定価"との差額が、国民では年900万円にもなります。5年就学のため総額で4500万円にもなることから分かるように、相当な費用をかけて医師の養成が行われています。そのため、卒業後に、国民は5年間、永住者と外国人は6年間、シンガポール政府が指示する公務に就くことが入学の前提条件です。大半が医療業務です。この義務を途中で破棄すれば、ペナルティとして支払う必要があります。
「高等教育を受けた者が専業主ふになる是非」の議論があります。シンガポールでは有名校でも通常の学部であれば国民であれば国からの指針は特にありませんが、医学部のような政府助成が膨大なものであれば、ペナルティが明確に設定されています。

まとめ: 補助金が莫大なシンガポール国立大学医学部では、卒業後に5~6年間公務に就く義務がある。

日本では、政府が学生に直接減免する制度はなく、国民も外国人も学費は同額です。日本では、国民も外国人も学費は同額です。国籍条件が付かないような、政府から大学への交付金の構造になっている理由は不明ですが、シンガポールの学費減免の外国人は卒業後の3年間の就労義務があります。これは移民国家のシンガポールが、優秀な留学生を将来の国民候補と見ているからです。大学に4年間通い、その後3年間就労すれば、シンガポールに7年間滞在することになります。人生の1/3をシンガポールですごし、すっかり染められるわけです。しかも対象は、国立大学などに入学できる優秀な留学生ばかりですが、彼らの母国は近隣の発展途上国であることが多いです。アジアで最優秀の高等教育を受けられ、高給が稼げるシンガポールでの就労へも直結することは、近隣諸国の学生には極めて魅力的です。
シンガポールでも、最近は出生率低下から高齢化社会の進展が加速しています。これを防ぐために、移民の呼びこみを政府は決定しています。移民なら誰でも良いわけでなく、単純労働者ビザでは何年住んでも永住権の申請の権利がない国であり、社会福祉の対象になる可能性が小さく、国に貢献できると想定される人が、選別の上で歓迎されます。
uniunichan.hatenablog.com

本人の意志次第とはいえ、シンガポールの留学生は、母国に帰るより、経済的に豊かなシンガポールで永住権をとって、ゆくゆくは国民になるレールが敷かれているわけです。実際、シンガポールでの外国人奨学生は、8割以上がシンガポールに住み続けているとの国会答弁があります。

日本は移民国家ではないので、優秀な留学生→帰化、との一直線にはならないとは思いますが、国際関係での重要な人的リソース活用策として、シンガポールの留学生制度や米国のフルブライト奨学金から、学べることは多いと思われます。

まとめ: 移民国家シンガポールが外国人に学費減免を提供するのは、永住・帰化が狙い。

シンガポールでの国立大学留学生への奨学金

シンガポール国立大学の学費は無料ではない、ということが分かりました。また、シンガポール政府教育省の留学生用の減免を受けても、家賃タダどころか、外国人だと国民の2倍の学費です。それではネットの噂は、返還義務が無い奨学金を受けて学費負担が無くなるという意味でしょうか。
シンガポール国立大学での奨学金は、大学がここにまとめています。

※シンガポールで返還義務があるものは、優遇条件でも、奨学金でなくローンとして扱われます。

大学や各学部や政府や企業の大学外機関が出すものも含めて、多種多様な奨学金があります。その中でも「シンガポール国立大学は無料」という噂の出処と想定される大規模なシンガポール政府奨学金があります。ASEAN学部生奨学金です。
シンガポール国立大学 (NUS): ASEAN Undergraduate Scholarship (AUS)
シンガポール国籍を除くASEAN出身フルタイム学生はこの奨学金に応募可能です。シンガポール国立大学以外にも、ナンヤン工科大学や、シンガポール経営大学といった国立大学などでも、この奨学金の対象です。

まとめ: 政府奨学金の対象はシンガポール国立大学のみでない。国立大学生が対象だ。

近隣発展途上国から優秀な学生を青田刈りするシンガポール

シンガポールはASEAN (東南アジア諸国連合) の主要加盟国です。ASEAN加盟国は、

  • ブルネイ
  • カンボジア
  • インドネシア
  • ラオス
  • マレーシア
  • ミャンマー
  • フィリピン
  • シンガポール
  • タイ
  • ベトナム

であり、大半が発展途上国です。ASEAN学部生奨学金の受領は、卒業後3年間のシンガポールでの就業が必須なTuition Grantの申請が必須です。ASEAN学部生奨学金がASEAN出身者を対象にしているということは、近隣諸国からの優秀学生をシンガポールに吸い上げている構図があります。
奨学金は大学生のみでなく、中学1年生からもシンガポールでの留学を対象にしたものもあります。大学入学前からシンガポール政府奨学金を受けていた生徒の、シンガポールでの大学進学率は65%です。大学に進学しない35%は、高齢化社会に備えたポリテクニクでの看護師ではと私は想定しています。
シンガポール教育省 (MOE): ASEAN Scholarships
勿論、送り出し国にも、優秀な学生を金銭負担無しに先進国で鍛えられる、将来的に母国への送金や貢献を期待できるメリットもあり、また最終的に進路を決めるのは学生自身とはいえ、送り出し国には両刃の剣になっている側面もあります。

まとめ: シンガポール政府の奨学金は近隣諸国出身の優秀学生の青田刈りだ。

2001年から2005年と少し古いデータですが、奨学金受領の結論としては、奨学金受領者は学部生は全体の14%、院生では30%だと、シンガポール教育省は発表しています。さすがにデータが古く、特に院生は今ではこれより高いと思いますが、確認できる公式の値はこれになります。当然、奨学金によっては、生活費や母国への航空券付きの手厚いものから、学費の一部負担のみのものまで色々です。日本よりは返還義務なし奨学生が多いとしても、「シンガポール国立大学は無料」という言葉とは大きな乖離があります。
奨学金受領の学部生の1/3が国民、つまり2/3は外国人と永住者。奨学金受領の院生は1/4が国民、つまり3/4は外国人と永住者です。
当時は学部での奨学金スポンサーは、政府が35%、企業が54%、大学が11%。大学院での奨学金スポンサーは、政府が3%、企業が12%、大学院が79%、研究機関が6%でした。
2011年になっても、外国人留学生の35%がなんらかの奨学金を受領していると発表されています。65%はTuition Grantで減免を受けたとしても、国民よりはるかに高い学費を、自腹で払っている留学生たちだということです。
※奨学金受領率は国立大学全体での平均ですが、受領者がシンガポール国立大学生に偏っており有利であることは考えにくいです。2000年にシンガポール経営大学が国立大学の3校目として開校した直後の数字であるだけでなく、国立大学の2校目は今回アジア2位であったナンヤン工科大学であり、国内評価としての優劣は専攻によるからです。

まとめ:奨学金受領者は、国立大学学部生が14%、院生が30%。学生全員が無料ではない。
まとめ:国立大学留学生の35%は奨学金を受けており、65%は学費を自腹で払っている。留学生全員が無料ではない。

日本・シンガポール奨学金比較

日本にも外国人留学生への政府奨学金がありましたよね?

シンガポールでの留学生向け奨学金の話をすると、「日本でも外国人留学生への奨学金での大盤振る舞いがあったよね」という話になります。文部科学省の奨学金です。

これとASEAN学部生奨学金を比べてみましょう。

日本とシンガポールの政府奨学金比較
文部科学省奨学金 学部留学生(日本) ASEAN学部生奨学金(シンガポール)
人数 150名 (総数11,266人) 未公表(全ての政府奨学生の新規選出900人)
学費 免除 支給
語学教育 日本語1年間 なし
奨学金 月額11万7千円(年140.4万円) 年S$5,800 (年46万円)
その他 往復航空券、宿舎 なし
奨学金継続条件 なし 3.5/5(評価B)以上の成績
義務 なし 3年間のシンガポールでの就労

日本がシンガポールより手厚いのが分かります。
日本の文科省奨学金では、学費・宿舎・往復航空券が提供されるのが共通で、奨学金によって支給期間・奨学金金額・日本語教育期間が異なります。研究留学生(院生)や高専などを含め、総数で11,266人の留学生が奨学金を受けてます。
日本の文科省奨学金では一度奨学生になると期間を通しての支給が決まりますが、シンガポールの奨学金では支給継続に成績が条件になります。母国では最優秀だった学生でも、母国語での学習から、英語での学習に切り替わり、異国での暮らしになることから、B以上のグレードは楽々とはいきません。
学部の外国人留学生に付与されるシンガポール政府奨学金は、年に900名とのことです。付与の内容は、学費・住居費・生活費等であり、一人あたりの政府支出は平均S$2.5万と発表されています。

2014年の政府奨学金総額はS$3,652万 (約300億円) でした。教育省とNUS/NTUは、奨学生の卒業後の就労義務違反者に履行を促す不徹底があったとして、会計監査院に指摘されています。

次に、外国人留学生の政府予算を比べます。

外国人留学生向け政府予算 比較
日本政府 文部科学省 シンガポール政府 教育省
対象人数 19,336人 (*1) 推定17,500人 (*2)
予算額 242億円 推定240億円 (*3)

(*1) 11,266人(国費留学生) + 8,070人(留学生受け入れ促進) = 19,336人
(*2) {政府奨学金(900人×4学年) = 3,600人 + Tuition Grant 13,900人(ポリテク1,700人×3学年、大学2,200人×4学年)} = 17,500人 ※ポリテクには2年、大学には3年で卒業の専攻もあり、大学院の人数は不明
(*3) 168億円(Tuition Grant) + 72億円(奨学金:900人×4年×S$2.5万=S$9,000万) = 240億円
文部科学省: 平成28年度文部科学関係予算(案)主要事項

日本政府はシンガポール政府と同等の規模で、外国人留学生に支援をしています。シンガポールでは未公表の大学院留学生が加わると、シンガポールの規模が日本を上回るでしょう。GDPで日本はシンガポールの14倍(IMF 2015年)であることを考えると、シンガポールは相当積極的な予算を留学生に組んでいます。

高まる反移民感情「外国人留学生に金を使うより自国民の学費に!」

シンガポールでは、増え続ける移民に対して、2009年の経済危機(リーマンショック)以降、国民がアレルギーを示すようになってきています。シンガポールでは人口の1/3が外国人で、現在も増えています。しかし、2011年総選挙で与党は勝利しながらも得票率が低下する打撃をうけたことで、移民のビザ発給が厳格化され伸びはゆるやかになりました。このネガティブな感情は、留学生に対しても同様です。
uniunichan.hatenablog.com
留学生比率は、国立大学ごとの公式数値は不明です。(2018年2月16日追記:NUSの外国人学生比率は、2013年23.3%、2017年17.3%とToday紙にて報道されています)
シンガポール教育省によると2011年には当時3つしかない国立大学の平均として、外国人留学生が18%であり、同様に外国人ですが永住者は4%でした。外国人留学生比率が20%を超えないように調整しているとのことです。

東大の留学生比率は、学部で2.4%、大学院で19.4%、研究所で38.9%、総計で10.9%とのことです。

野党からの批判

非選挙区選出議員 (NCMP) を以前務めていた元野党議員は「second upper class honours以上の成績の外国人奨学生は68%、学生全体では38%なのでそれより高いと政府は言う。しかし、外国人奨学生は人数が多く、シンガポール人向け政府奨学金PSCはsecond upper class honours以上が97%と比べると、成績が十分ではない」「外国人奨学生受け入れには反対しないが、シンガポールの大学は世界水準になったにもかかわらず、奨学生受け入れ基準が低すぎる」と自身の国会質疑に基づいて主張しています。
Yee Jenn Jong: Time to review our scholarship framework for international students

シンガポールでの自国民への政府奨学金

シンガポールで国民が外国人奨学生に反発するのは、言うまでもなく、自国民の教育環境と比べているからです。シンガポールでの国民への奨学金は、人数が少数限定された、シンガポールらしいエリート主義あふれるものです。シンガポールで国民への政府奨学金と呼ばれるものは、各省庁が提供しているものや公務員局 (PSC) が提供しているものがあり、その中でも最高峰のものがPSC奨学金の一部である大統領奨学金 (President's Scholarship) です。PSCの対象になると、氏名・出身校・進学先と専攻が公表され、大統領奨学生は地元ニュースでも大きく報道されます。2015年はPSC奨学生は75名大統領奨学生は4名でした。大統領奨学生はシンガポールの各界でのトップリーダーへの登竜門です。
勿論、義務 (bond) があります。シンガポールを含めた留学国によって異なる卒業後4年から6年の官僚としての就業義務です。これは、官僚に興味があればまたとない出世コースですし、興味がなければ応募をためらわせます。公務には軍役も含まれますが、応募時にジャンルの希望があるので、軍役を希望するものしか軍役に配属になりません。外国人奨学金は周辺国の優秀生をシンガポールに吸い上げる仕組みですが、国民向け政府奨学金は自国民の優秀者を官僚に吸い上げる仕組みということです。また、永住者もPSC奨学生に応募可能ですが、支給が決まった段階で、国民に帰化することが受領の前提となります。外国人は応募不可です。

PSCに加えシンガポールの各省庁が独自で出す奨学金もあるとはいえ、国民への奨学生の人数は、外国人奨学生の900人には及びません。先ほど、紹介したように、「奨学金受領の学部生の1/3が国民、つまり2/3は外国人と永住者。奨学金受領の院生は1/4が国民、つまり3/4は外国人と永住者です」。

まとめ: 国民向け政府奨学金は自国民の優秀者を官僚に吸い上げる仕組み

外国人奨学金は社会福祉でない、国家の戦略投資だ

シンガポール政府は国会答弁で留学生向け政府奨学金の狙いとして以下をあげています。

  1. 地域の相互理解
  2. 地域の親善
  3. ダイバシティ (異文化スキル)
  4. 出生率低下での労働力確保

地域の相互理解や親善というのは、確かにそうでしょう。その一方で、日本では正面から論じられない、移民政策であることがシンガポールでは述べられています。

シンガポール政府の留学生奨学金の狙い

ここまでの環境の差になると、国民が奨学金の違いに怒るのは一見合理的に見えるかもしれません。ところが、自国民への政府奨学金と、留学生への政府奨学金は、同じ奨学金でも趣旨が違います。自国民への政府奨学金は、将来シンガポール政府を担っていくエリート養成であり、学費減免は社会福祉です。ところが、留学生への政府奨学金や学費減免は、少子高齢化対策であり外国人タレントハントという戦略投資の位置づけが強まります。
周辺発展途上国からシンガポールに留学するには、大半が奨学金無しでは経済的に無理なことは自明です。奨学金は一般的に2つのポリシーがあります。メリットとニーズです。メリットは優秀な学生に対して給付するもの、ニーズは就学基準を満たしているが経済的支援無しでの就学が困難な学生に給付されるものです。米国ではニーズの奨学金は外国人が原則適応除外ですが、シンガポールのASEAN学部生奨学は、外国人対象でありながらニーズの意味合いが強いです。その一方、シンガポールの政府奨学金はメリットです。この理解を持つと、シンガポールの野党議員の主張は、「これまでニーズだった留学生奨学金をメリットにすべき」という趣旨だと解釈できます。恐らく彼にとっては、フルブライト奨学金のような制度が好ましいのでしょう。
奨学金議論で「同じ財源なら外国人より自国民に給付しろ」という直感的な主張は実はズレています。留学生奨学金を外国人への社会福祉と誤認しているためです。シンガポール政府が歓迎する議論と思われるのは、「移民政策としてどんな人物を歓迎するのか」「どんな留学生に対して幾らまでなら国は学費などを投資すべきか」「成人するまでに留学生として生活をすることでシンガポールに溶け込むチャンスがあるのに、それを逃して社会人からの移民のみに頼ってよいのか」ということでしょう。
同様に日本の奨学金議論に必要なのは、「続けるのであれば奨学生に何を期待するのか」、「続けないのであれば奨学生への投資無しでそれが代替できるのか、そもそも不要なのか」のはずです(シンガポールでは目的はタレントハントであり留学生の帰化なのは明確で、目的すらあいまいな日本の留学生奨学金は批難されるべきです)。

まとめ: シンガポールの留学生奨学金は社会福祉ではない。移民政策の対外戦略投資だ。
日本の外国人留学生への政府奨学金は戦後補償が原点

シンガポールが明確に優秀な移民候補のタレントハントを目標としており、実績も上げていることを考えると、日本は政府奨学金を60年間もしていますが、お金をばらまいて終了に見えてきます。日本の政府奨学金は戦後補償が出発点ですが、具体的な成果を何にしているのか、何をもって外国人奨学生への成果として測っているのかはあいまいです。文部科学省の「国費外国人留学生制度実施要項」を見ても、制度の目的が書いていません。
独立行政法人 日本学生支援機構 (JASSO) が帰国外国人留学生へのフォローアップをやっていますが、例えば日系企業が海外進出する際に元奨学生から話を聞くであるとか、日系企業の現地幹部として活躍している、海外企業が日本進出に際し在日法人幹部となり日本人を雇用している、各国政府の知日派として日本とつないでいる、という話はまれだと思われます。せめて、各国奨学生出身の政財界著名人の公開や、連絡先開示依頼のとりつぎなどは、即座にできるはずです。米国フルブライト奨学生は、一生フルブライターとして貢献し、それを誇りにしています。
インターネットを中心に、日本の政府奨学金が叩かれていることを目にすることが多くなりました。目標と成果を公開しての活動をしていかないと、反発から規模や給付内容の修正は避けられなくなるでしょう。

シンガポール国立大学 と シンガポール教育 よもやま話

実は、日本人の一部界隈で既にシンガポール国立大学ブーム

日本人の一部界隈ではシンガポール国立大学は既にブームです。大学ランキングで上位なだけでなく、シンガポールという国が最近脚光を浴びており、「シンガポール"国立大学"」という日本人にとっての学校名のとおりの良さも大きな要因でしょう。
これを分かりやすく示すのが、シンガポール国立大学のMBAでの、日本人学生数です。フルタイム学生100人中、日本人学生数は15%前後を占めています。これは地元のシンガポール人(8%)の倍近いのです。知名度がある留学先の中で、日本人占有率が最多な専攻の可能性が高いです。その一方で、同じシンガポールにあるナンヤン工科大学は、THE大学アジアランキングで今回2位、Financial TimesのMBAランキング(29位)ではシンガポール国立大学(32位)と例年接戦しながらも今年は高ランクですが、日本人MBA学生数は2名~6名前後にとどまっています。
しかしながら、交換留学生でなく、シンガポール国立大学に学部から入学する日本人が増えている、ということは私は確認していません。日本人の学部入学者は、例年数人前後しかいないはずです。日本人の高校生で、シンガポール国立大学に入学できるのであれば、米英有名大に入学できるからでしょう。学部生で入学できる人達は、生まれや育ちがシンガポールが大半で、日本人とシンガポール人ハーフが多いです。

「学費・家賃タダ」という記事はなんなのでしょう?

シンガポール国立大学で学費は無料ではありません。返還義務なしの奨学金を取る難易度は、

  • 大学名 (有名校であれば奨学金の選択肢が多い)
  • 学生の優秀さ (メリットでは優秀である必要あり、ニーズでは入学できればほぼ無関係)
  • 学生の経済事情 (メリットではほぼ無関係、ニーズでは困窮家庭であれば有利)
  • 学部か院か (企業の寄付が集まりやすく教員の手足にもなる院が有利)
  • 専攻 (企業の寄付が集まりやすい実学系が有利)
  • 出身国 (特定出身国を対象にした奨学金あり)

などによって大きく変わります。ニーズでとれるか、メリットでとれるかです。企業の寄付がつきやすい専攻の院であれば、「学費を払っている学生はほとんどいない」という状況にシンガポールではなります。
シンガポール国立大学に在籍していた人が書いた記事は、シンガポール国立大学の一般的な内容ではなく、彼が所属した大学院の専攻での、記事の筆者の身の回りに限定される話です。「留学生の半分が奨学金を受けている」のはリー・クアンユー公共政策大学院だとそうなのかもしれませんが、繰り返しですが、奨学金受領率は、国立大学の留学生は35%であって、学部生(国民と外国人)では14%です。
なにより、リー・クアンユー公共政策大学院は、シンガポールの国立大学の中でも31年間首相であったリー・クアンユー初代首相の名前を持つことからも分かるように、シンガポールの中でも特殊で恵まれた専攻です。リー・クアンユー氏の名前が付いている学校に奨学金を出す、というのはシンガポールとビジネスをする企業にとってステータスとなることは間違いありません。理系やMBAと比べると卒業後の就職が困難な公共政策大学院は、各国政府からの国費留学生(つまり卒業後の就職先と学費が確保)がいなければ、学生を集めることが大変な専攻の一つです。シンガポール国立大学はリー・クアンユー初代首相の名前をつけるという国策に即して、私費学生確保のために奨学金をまいています。
ASEANでもない先進国出身者の日本人が、シンガポールで奨学金をとるのは難易度が高いです。ニーズでの奨学金が適応外だからです。シンガポール国立大学に在籍していた記事を書いた方が奨学金をとれたのは、その方が優秀だから、というのと、メリットベースで奨学金をとるのに敷居が低い専攻の院だから、ということに尽きます。

世界遺産の中にキャンパスがあって風光明媚なんですね

嘘です。
シンガポール国立大学にはキャンパスが3つあります。ケントリッジ、ブキティマ、オートラムです。世界遺産ボタニックガーデン近くのブキティマキャンパスにあるのは法学部とリー・クアン公共政策大学院であって、シンガポール国立大学のメインキャンパス(ケントリッジ)はそこからMRT地下鉄で30分以上かかります。
また、世界遺産ボタニックガーデンと隣接です。世界遺産の中ではありません。
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※写真はケントリッジキャンパスを走る大学の無料バス。キャンパスは広大なので、バスに乗らないと移動が大変です。筆者撮影。

シンガポールでの大学への評価は給与格差

シンガポール内での大学評価は、日本のような入学時の偏差値ではありません。評価は卒業生の給与でされています。
■国民: 新卒学生給与

教育機関名 (日本の類似教育機関) 月給の平均/中央値
ITE 商業工業高校 平均$1646 (14万円)
ポリテクニク 高専 中央値$2100 (18万円)
SIM (最大手私立大学) 平均$2500 (21万円)
国立三大学 (NUS/NTU/SMU) 平均$3468 (29万円)
シンガポールの大学専攻での給与格差

日本でも文学部や社会学部の大学院に進学すると就職に困ることはよく知られていますが、シンガポールではそれが学部からになります。日本は新卒の採用にはポテンシャル専攻をするため、何を専攻し何を大学で学んだかは、それほど評価されません。しかし、シンガポールでは、専攻で専門知識を身につけ、それを活かせるインターンシップ先を探し、大学の成績で有名企業からは足切りを受け、インターンを業務経験として見せることが、新卒が仕事を得る王道です。業務に結びつかない専攻は不利なのです。
シンガポールでは教育省が、学部で各専攻の卒業生の新卒給与と就職率を公開しています。これが採用企業からの大学および専攻への評価です。日本人が初めて聞くであろう3校目の国立大学であるシンガポール経営大学が高く評価されていることが分かります。地元での評価と、グローバルの評価は異なるのです。

順位 大学 専攻 卒業者の平均月給 日本円換算($1=80円)
1位 シンガポール経営大学 法律 (Cum Laude以上) $5,313 ¥425,040
2位 シンガポール経営大学 法律 $4,997 ¥399,760
3位 シンガポール国立大学 法律 (L.L.B)(Hons) $4,910 ¥392,800
4位 シンガポール国立大学 医学部医学科 $4,729 ¥378,320
5位 ナンヤン工科大学 会計ビジネス $4,438 ¥355,040
6位 ナンヤン工科大学 ビジネスコンピューティング $4,395 ¥351,600
7位 シンガポール経営大学 経済 (Cum Laude以上) $4,380 ¥350,400
8位 シンガポール国立大学 経営管理 (Hons) $4,326 ¥346,080
9位 シンガポール国立大学 コンピューター工学 $4,252 ¥340,160
10位 シンガポール経営大学 経営管理 (Cum Laude以上) $4,130 ¥330,400
シンガポール国立大学って「日本の東大」でエリートなんですよね
シンガポール国立大学って、東大と比べると学生の質が大したことない

どちらも印象論で的外れです。シンガポールで「NUS卒業です」と言われても「おぉ、すごいですね」とはならないです。かといって、シンガポール在住の一部日本人にいるような「NUSは大したことがない」も極端です。
まず、シンガポールで最優秀層は政府奨学金で海外に行くことが多いです。そのため、地元の国立大学には進学しません。しかし、近年では政府就職への義務を嫌って、政府奨学金を断って地元の国立大学進学も増えてきました。
ですが、往々にしてシンガポールにいる日系企業の駐在員で「NUS、大したことない」と愚痴をこぼしているのは、日系企業を優秀な学生が職場として選ばないからで、それはシンガポール国立大学の問題である以上に、職場の問題です。そのため、政府奨学生クラスの人材とは(たとえ政府奨学生クラスの人材がシンガポール国立大学に進学していても)日系企業は元から縁がないので、関係ありません。
uniunichan.hatenablog.com
政府奨学金の最上位層を除いて考えると、シンガポールでは優秀層はシンガポール国立大学に集中しておらず、大学序列化は専攻によっては多少ありますが、大学間での明確な序列化はありません。優秀層はナンヤン工科大学とシンガポール経営大学にも分かれます。日本のように大学名をきけば序列が分かる、というものでは、シンガポールはありません。
日本の学生とシンガポールの受験競争をする母集団が異なりますが、比較にはPISAがあげられます。15歳を対象にしたPISA試験結果で、数学・科学・読解の全分野で、日本はシンガポールに成績が劣っています。日本の大学序列の偏差値は、入学時の難易度に過ぎず、肝心の在学中の習得や研究等を反映していないことが致命的です。

院生は中国人ばかり

はい、ご指摘通りです。米英の院も似たような学生の構造です。
シンガポールでは日本のように「理系だったら修士までいきたい」であるとか「院に進学して学歴ロンダリング」「就活失敗したから院」というような進学動機はありません。研究者志向の人を除いて、仕事を得るためには学部の学歴で通常は十分です。
結果として、自国民より、中国やインドから院生はスカウトすることになります。

留学生や外国人教員を金で買ってる

はい、ご指摘通りです。それがクリエイティブクラスに必要なダイバシティと優秀層の流入につながっています。大学ランキングでも、国際観の上昇に直接寄与しています。

シンガポールは詰め込み教育

トップ校にガリ勉せずに入れる国があると聞いたことがないです。日本の授業より、生徒・学生と教師とでインタラクティブです。
学校の勉強など特にせずとも、好きなことをやってるだけで、受験ぐらいらくらく超えられるのは日本のトップ校の学生でも限定的です。
シンガポールでは詰め込み教育批判に対応するために、国際バカロレア (IB) を地元校に導入したところ、45点満点で世界平均が29.94点のところ、41.3点をとるACS (International)という学校があらわれました。ACSは以前からの地元のトップ校です。
uniunichan.hatenablog.com

ランキング対策してずるい

はい、シンガポールの大学はランキングは相当意識しています。
日本の大学も、系列校進学・推薦入試・科目減入試と国内基準の偏差値対策を頑張っているので、世界大学ランキングでも同じように徹底対策をとる大学があらわれることを期待します。

シンガポール国立大学からノーベル賞とってないじゃないですか

はい、シンガポールからノーベル賞受賞者はいません。THEランキングでノーベル賞の数は基準ではないので、今のような結果になっています。

※脚注1:私大のUniSIMもTuition Grant対象ですが、フルタイムで仕事を持つ(つまりパートタイム学生)か2年の社会人経験がある国民・永住者に限定されます。UniSIMへのTuition Grantでの趣旨は、社会人の学士取得支援なためです。またUniSIMは私大でありながら、政府資本を受けるシンガポールで最初の大学です。


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