今日もシンガポールまみれ

日本のあっち、シンガポールのこっち

テイラースウィフト地域独占ライブは、シンガポール株式会社の勝利か、外交失敗か

うにうに @ シンガポールウォッチャーです。
シンガポールでは3月2日から、テイラー・スウィフトのライブが6日間あり、色んな話題が出ております。一番議論になっているのは、
「シンガポール政府が補助金を出して地域独占公演にした」
ことです。近隣諸国はテイラーの招致を封じられました。今回の騒動の結論から言うと、こういうことです。


ファンもテイラーもシンガポール政府も、みんな、みんな、損をしました

シンガポールでのライブ開始前。行った人にもらいました。
シンガポールを見事に刺したタイ首相

タイでは、2014年のテイラー・スウィフト公演が、軍部クーデターのため中止されました。今回、タイでライブが行われないのは、同様に「政情不安定が原因では」などとのファンからの突き上げを受け、政治問題化します。タイ政府はテイラーのプロモーター側に打診した結果、「シンガポールは、ライブ1回に最高300万米ドル(4.5億円)を提供し、地域の独占契約とした」とタイ首相が暴露し、"密約"として国際ニュースになり、大騒動が始まります。
・Bangkok Post: Srettha: Now he knows why Taylor Swift skips Thailand

タイ首相が暴露しなければ、「シンガポール株式会社すげぇ」で終わっていた。

タイ首相は、誘致できなかった責任回避として、国内での注目をシンガポールにずらすことに成功しました。
他国へのここまでの言及は、首相自身でなければ難しいでしょう。契約が暴露されたことは、シンガポールにはさすがに想定外だったはずです。契約は漏れないはずですし、そこまで他国が恨むとも思っていなかったはずです。
暴露がなければ、「シンガポールだけが東南アジアで誘致できてすげぇ。観光収入でもウッハウハ」と、シンガポールへの評価はスカイロケットだったのでしょう。

・AFP: T・スウィフトさん招聘に補助金 「臆測より低額」 シンガポール

フィイリピンでも国会議員が、自国外務省にシンガポールへの抗議を求めています。「よき隣人がすべきことではない」

シンガポール特有の招致理由: 外需国家

テイラー側が独占開催を受けたのは、機材運搬や設置の煩雑さを避けられることに加え、東南アジア唯一の先進国として、チケット代を近隣発展途上国より高額にできるからとも言われています。

アジア太平洋では、シンガポール以外の開催は、日本とオーストラリアです。そのどちらの国でも、政府は補助金を出していないと報じられています。
・BBC: Bad blood over Singapore Taylor Swift Eras tour subsidies
なぜ、シンガポールだけが補助金を出してまで、招致する必要があったのか、招致した方が得な計算になったのか。それは、シンガポールが外需に頼る国だからです。
日本やオーストラリアが公演をしようが、観客は大半が自国民です。"経済効果"と言ったところで、国内で別のところに向かうはずだったお金の使い道が、テイラーに向かうだけで、国民の娯楽以上の成果はありません。ところが、シンガポール政府観光局(STB)は外国人比率の見積もりの開示を拒否していますが、かなりの海外からの観客がいると見られています。つまり、海外からお金が降ってくるのです。飛行機・ホテルは値上がりをし、レストランも特需があると報じられています。
これは、ミニF1効果です。シンガポールF1では30万人の観客が訪れ、そのうちの49%が外国人観光客です。

閑古鳥が鳴いていたナショナルスタジアム

シンガポールで、ライブができる大規模収容施設は、2つです。インドアスタジアムとナショナルスタジアムです。このうちインドアスタジアムは1万人強収容、ナショナルスタジアムは5万人強収容です。シンガポールの人口は600万人なので、ナショナルスタジアムは人口の1%近くも収容可能です。テイラーは、ナショナルスタジアムで6日間開催で、観客はのべ30万人です。人口の5%相当もが訪れるので、驚異的です。

ナショナルスタジアムが開業したのは2014年。それからつい最近まで、実は閑古鳥が鳴いていました。シンガポールで、それだけの規模のイベントは滅多にありません。建国記念日パレード(NDP)やプレミアリーグ親善試合など、箱を埋めたのは数えるほどしかなかったはずです。
結果として営業不振で、当初の半官半民から、2022年に国営化されてました。

コロナ前のシンガポールのライブで、私にとってのバリューは、

  • 東南アジア唯一の先進国のため、結構ビッグネームが来てくれる
  • チケット獲得競争が小さい
  • 巨大施設でも交通便利で、ライブ後もさっさと家にたどり着ける

でした。

シンガポールは"ハブ"国家

当たり前ですが、シンガポール政府は「ナショナルスタジアムを建てたのは間違いでなかった」ことを証明したいと考えているはずです。
シンガポールに住んでいると「ハブ」という言葉を良く聞きます。「国と国を結ぶことで、(内需が小さくても)外需で食っていこう」という意味です。シンガポールが得意とする地域本社誘致もチャンギ空港も港湾のパシパンジャンターミナルも同様です。ナショナルスタジアムでも同じことを狙っていたはずです。自国の観客以上に、海外観客の誘致です。テイラーのライブこそがシンガポール政府がしたかったことなのです。

閑古鳥が鳴いていたのが一変したのが、コロナ後です。適当に言うなら「コロナ後のリベンジ消費」です。一人ひとりに購買力はあっても、人口が圧倒的に少なかったシンガポールが、ナショナルスタジアムで完売と複数日程を連発します。Coldplay 6日間公演、Ed Sheeran 2日間公演と、コロナ前を考えると圧倒的です。

何が違うのか、私には説明できません。私もテイラーのチケット買おうとして見事に失敗していますw 日本でも海外でも、好きなアーチストのライブのために、わざわざ海外にまで泊まりがけていくのは、お金も時間も両方必要です。普通の人はどちらか一つしかもたず、一つ持っていれば十分恵まれています。そんな人が、数万人単位でシンガポールに訪れるとは、なかなか信じがたいです。
そして、自国で開催されなかったため、時間やお金の都合で行くチャンスをのがした多くの人がその裏にいることを、意味します。

小国の悲哀

シンガポールが、F1やテイラー誘致に必死になるのは、それがシンガポールにできる国をあげた最大のイベントだからです。人口600万人の都市国家のシンガポールは小国です。たとえ国民個々にはお金があっても、オリンピックやワールドカップのような世界最大規模のイベントを開催することは、土地でもインフラとしても不可能です。何度もオリンピックを開き、お腹いっぱいになっている日本やオーストラリアとは違うのです。そのため、国威発揚や国のブランド形成のために、小規模な国際イベントに頼るのです。

F1開催で担当大臣が賄賂で起訴

そしてそのF1開催を巡って、所轄の運輸大臣が収賄で起訴されています。閣僚の汚職事件は37年ぶりです。
政府の権限が強いシンガポールでは特に、汚職は亡国につながると考えられています。リー・クアンユー初代首相が31年間という長期を勤め、一党支配でありながらも、腐敗しなかった稀有な国がシンガポールです。反汚職監視団体であるトランスペアレンシー・インターナショナルの腐敗認識指数 (CPI) では、シンガポールは世界5位です。
・トランスペアレンシー・インターナショナル: Corruption Perceptions Index

今回、シンガポール政府はビジネス上の機密として、政府補助金額を明らかにしていません。「ネット噂されている金額ほど多くない」とのみコメントしています。政府補助は当然、国民と在住者を含む税から捻出されます。日本政府では、具体的な使い道が明らかにされないのは、官房機密費ぐらいではないでしょうか。軍事・外交には機密性が高い活動があることは理解しますが、税が使われているのはエンタメです。政府が契約に入るなら開示が前提であり、開示できない契約はできないのでは、と私は思うのです。政府が民間企業契約を守秘義務として非開示とできるのは、独特に思われます。

"シンガポール株式会社"

現在、世界で成功している国の一つなだけあって、シンガポールにはいくつもの際立った特徴があります。

  • 企業のような政府
  • 一党支配
  • 家父長的制度と価値観
  • 移民国家
  • 高所得
  • タックスヘイブン
  • 厳罰。反汚職
  • 良好な治安

企業のように柔軟で合理的で目的意識がある政府を指して、"シンガポール株式会社"とも呼ばれます。(日本でしか通じない脊髄反射ワードの”明るい北朝鮮”と違って)英語があり、Singapore Inc.です。テイラー誘致でのシンガポール政府の動きはまさに"シンガポール株式会社"でした。「ライブをすることを聞きつけて、大臣を筆頭にした交渉団を2023年2月には米国に送り、他国が動き出す前に、開催権を得た」と文科相自身が豪語しています。以前からある表現ですが、BBCでも「多国籍企業を誘致するようにティラーを誘致した」と書いています。
F1のように毎年定期的に行われるものでないので、ことさら瞬発力が大事だったはずです。F1汚職では、誘致への政府判断に悪影響はなかったと政府はしていますが、短期間で大規模になるほど、エリートへの依存が深まり、同時に汚職を排除することも困難になるのではないでしょうか。

外交と他国民感情への影響

正面突破姿勢のシンガポール政府

シンガポール政府の普段の外交は、繊細で相手国を良くたてているように、私には見えます。自国から追い出されて水利権を握っているマレーシアと、人口大国インドネシアに挟まれて、並々ならぬ苦労を見ます。
ところが、近隣諸国民にはシンガポールは評判が良くないです。とはいっても、近隣諸国に評判が良くないのはどの国でも同じで、「だから同じ国じゃない」、というのが定番の説明ですが。近隣諸国民がシンガポールに持ってるイメージは、「表では理屈を並べて、裏では金でひっぱたいて、ちょこちょこやってる国」です(ソースはオレ)。今回は、"密約"を含め、それに見事にはまる件で、首相を含めて「アーチスト誘致を頑張ったシンガポールが優秀なだけですが、それがなにか?」という姿勢を崩しません。何かあった時に裏でシンガポールが糸を引いてるんじゃないか、という「シンガポール陰謀論」を、今後10年は近隣諸国に築いたように思います。

独占開催権は、民間企業なら特に問題もないでしょう。ですが、政府には外交があり、自国民だけでなく、他国政府と他国民感情に大きく影響を受けます。
シンガポールでは文科相が「シンガポールのテイラースイフトの契約で秘密を漏らした者には、シンガポール政府は措置を考えている」と国会で発言し、その記事がタイで万バズしました。タイ語の引用RTの内容はシンプルです。「テイラースイフトと政府の契約を漏らしたものは法で対応される、とシンガポール政府と国会の連中が言ってる」


タイ人は、自国開催がなくなったことで、観るチャンスを多くの人が失い、怒り狂ってるのが分かります。
Mailonlineは「シンガポールとテイラーをボイコットしろ」「典型的なシンガポールのやり口だ。他の国より先にやってのけた」というSNSの声を拾っています。

「開催にインセンティブを出す」までが政府ができること。
「近隣諸国での開催禁止」は政府が踏み込むべきでなかった

がバランスだったと私は考えます。他国開催の制限は、他国との関係を悪化させます。民間企業ならばともかく、政府には不利益が発生します。
シンガポール首相も、従来の政府・大臣見解を踏まえた発言を出したことで、シンガポールの姿勢が確定しました。近隣諸国に"配慮"はせず、周辺国のブーに正面突破です。
「(地域独占公演は)非友好的とは違う」
「(シンガポールの)努力の成果」
「契約がなければ他国で公演したかは、テイラー次第」
一時的な観光収入と引き換えに、タイ首相が暴露するまで地域独占契約が伏せられていたことも加え、強化された「裏で暗躍する」"シンガポール陰謀論"を払拭するには時間と労力が必要でしょう。居住者の私には残念なことです。

筆者への連絡方法、正誤・訂正依頼など本ブログのポリシー

にほんブログ村 シンガポール情報