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日本のあっち、シンガポールのこっち

NTUは南洋理工大学?ナンヤン工科大学? -Nanyang Technological Universityを巡る呼称-

NTUの日本語での表記についてです。
なぜNTUをナンヤン工科大学と表記すべきかについて再度説明します。うにうに @ シンガポールウォッチャー です。

NTUキャンパス

2013年にも解説を書きましたが、大勢をくい留める力は全く無くw、NTUを"南洋理工大学"と呼ぶ残念な表記が日本で更に有力になり、定着しつつあります。
私立大学が有力な国と、国立大学が有力な国とがあります。シンガポールは後者、国立大学が有力な国です。国名と一致した覚えやすさと、日本人の国立大学信仰で、シンガポール国立大学(NUS)ばかりが日本人には知られていますが、NUS以外にも有力国立大学があります。NTUはその一つで、NUSと同様に国立大学です。Technologicalと付いていますが、ビジネススクールなど文系学部もある総合大学です。2013年には医学部も始まりました。QS世界大学ランキング(2023年)でNUSの世界11位についで、NTUは19位と有力校です。

シンガポール人は "ナンヤン テクノロジカル ユニバーシティ" と正式名称は日常会話では滅多に使わず、"NTU" (エヌティユゥ) とシンガポールらしい3文字略語で言っています。
英語表記は問題ないですが、日本語だと、

  • ナンヤン工科大学
  • 南洋理工大学

という表記があります。

Nanyang Technological Universityの表記

大学が認めている表記です。

正式名称 (英語) Nanyang Technological University
正式略称 NTU
正式名称 (中国語) 南洋理工大學
正式名称 (マレー語) Universiti Teknologi Nanyang
正式名称 (タミル語) நன்யாங் தொழில்நுட்ப பல்கலைக்கழகம்

校名に正式な言語表記があるのは、シンガポール公用語の4言語のみです。日本語で見かけることがある"南洋理工大学"は、中国語です。

日本語は"ナンヤン工科大学"で!

日本語では、英語表記 ”Nanyang Technological University" に基づく訳語の「ナンヤン工科大学」を使うのが妥当です。理由をまとめます。

  • NTUは、(華人のための華語大学ではなく) 英語が標準の大学。
  • (現地民族語の中国語でなく)現地の標準表記である英語を優先すべき。
  • NTUの表記は、英語と主要民族母語3つ。中国語表記のみを行うのは、他公用語マレー/タミル語への配慮が欠ける。(中国語での表記の際には、マレー語・タミル語の併記を検討すべき)

華語校でないNTUを中国語表記するのは、中華系以外への民族差別

「中華校でないNTUを中国語表記するのは、中華系以外への民族差別」だというネガティブですが決定的な理由があります。これが理由で、「どちらの表現が良いか」という程度の問題ではなく、「日本語での中国語表記は避けるべき」であり、「リンガフランカの英語表記と、その英語に基づく訳語であるナンヤン工科大学を使うべき」だという結論になります。

シンガポールは、中華系が国民の多数を占める国家ですが、中国ではありません。
シンガポールは中華系が75%を占めるため、人口分布から華人国家という捉え方ができます。ところが、シンガポールは多民族国家です。主要民族として、中華系・マレー系・インド系の3民族が認められています。民族は対等であり、各民族の行事が国の祝日にもなっています。民族対等は、シンガポールが「マレー人のためのマレーシア」を国是とするマレーシアから追放されて独立した経緯からの国是になっています。それがあらわれているのは、「国の誓い (National Pledge)」のフレーズです。「民族・言語・宗教にかかわらず、結ばれた一つの国民として、我々シンガポール国民は誓います」というものです。
・国会遺産局: National Pledge

シンガポールでは、主要民族の母語である中国語・マレー語・タミル語に加え、リンガフランカとしての共通語である英語の4言語が、公用語の指定を受けています。各言語は対等ですが、英語が共通語として、行政・ビジネス・法律などで使われ、実務上や家庭内を含む日常生活で最も一般的です。英語がなければ、異なる民族間で意思疎通ができません
(注: 特別な地位があるのはマレー語です。今では意識することは減ってはいますが、ナショナルラングリッジはマレー語です。国歌や軍点呼に使われています)

日本語での表記は、シンガポールでのリンガフランカである英語に基づくべきです。
NTUは、教育と研究を英語で原則行う、英語圏の大学です。華語校ではありません。学内で中国語は標準利用されておらず、中国語を話さないマレー系学生やインド系学生も学んでいます。教職員も同様です。「マレー系やインド系に対して、南洋理工大学とあなたは表記しますか?」という話です。もちろん、理解されないのでできません。NTUは対外的には、"Nanyang Technological University" (NTU) と英語表記をしています。中国語表記をするのであれば、マレー語・タミル語との併記を検討すべきです。シンガポール政府の広報はこの視点です。英語以外に中国語がついているものには、マレー語とタミル語もついているのが一般的です。マレー語・タミル語を差し置いて、中国語表記のみを日本語で中心にするのは、シンガポールでの民族調和の視点で配慮が欠けます。

シンガポールに慣れている人ほど、マジョリティで付き合いが多い中華系に無意識に合わせていることが多く、中華系国家の罠と言えます。日本人は、食べ物や文化として、主要三民族で最も親和性が高いのは中華系です。日常生活や仕事で中華系視点になるのは各自の環境であって、特に問題はないですが、それがシンガポールという国の制度で推奨できるかは別問題です。

Technologyを理工と訳すのは中国語

日本語での"理工"は、英語のTechnologicalという意味とズレています。英語の "Technological" を「理工」とは日本語に訳しません。日本語で理工だと、science and engineeringです。
Technologyの中国語訳は、理工か技术(技術)です。
大学では一般的に理工の語が使われますが、science universityでは技术(技術)が使われます。例えば中国の大学名ではこうなります。

  • 中国科学技术大学: University of Science and Technology of China
  • 北京理工大学: BEIJING INSTITUTE OF TECHNOLOGY

Technologyを"理工"と訳すのは、中国語の語法であって、日本語ではありません。

「清華大学だろ」

よくある反論です。「おまえ、清華(清华)大学って書くだろ」というものがあります。私も"清華大学"と表記します。チンホワ大学とは書きません。理由は、清華大学は中華圏にある中華校だからです。言うまでもなく、中国は漢字圏で、日本語と共通の漢字が多く残る国です。日本語の漢字で、現地語の漢字表記を行えます。
ところが、南洋理工大学は現地語表記ですが、標準ではありません。標準的な現地表記は、Nanyang Technological Universityです。南洋理工大学は中華系にしか通じない民族表記です。マジョリティであっても中華系のみに通じる表記であって、標準ではありません。

新加坡国立大学

「国名」プラス「国立大学」という日本人への圧倒的な語感の良さで日本人に知られているのは、シンガポール国立大学NUSです。日本に住む日本人で、NUSを知ってる人はいても、NTUを知ってる人は、シンガポール関係者かアジア圏大学に詳しい人でしょう。
ところが、NUSを中国語表記の"新加坡国立大学"とする日本人はいません。南洋理工大学と表記する人でも、新加坡国立大学とは書きません。理由は、"坡"が常用漢字でないからでしょう。

李光耀

シンガポールの国父とされるのが初代首相のリー・クアンユー氏です。中華系なので中国語名があり、李光耀と言います。この中国語表記を使う日本人はまずいませんが、少数います。そのゼロでない人の特徴は、中国(・香港・台湾)から中華圏としてシンガポールを解釈している人たちです。つまり、シンガポール視点ではありません。
李光耀からリー・クアンユーという原音読みをすることは、一般の日本人には不可能です。"りこうき"でしょう。シンガポールの資料は大半が英語であり、李光耀よりリー・クアンユーとの原音読みを知ることの方が圧倒的にメリットがあります。日本人が”南洋”を見て、"ナンヤン"という原音読みをすることは、まず不可能なのと共通します。
なお、李光耀は全て常用漢字です。

NTUを"南洋理工大学"と書く人は、NUSを新加坡国立大学、LKYを李光耀と書くべきでしょう。マレー語・タミル語との扱いでのリスクがありますが、固有名詞の中国語表記の一貫性はそこにはあります。でも、そうする日本人を見たことがありません。
NTUだけを南洋理工大学と表記することが、シンガポールでの用法としても浮いていて、オカシイのです。

なぜNTUへの南洋理工大学が定着しつつあるのか

NTUが"南洋理工大学"と呼ばれるのは、Wikipediaに南洋理工大学で不適切に登録され、それが修正されていないのが最大の理由でしょう。"南洋理工大学"が、偶然に日本語で常用漢字である不幸もあるでしょう。

南洋大学

ひょっとして、読者にシンガポールマニアがいるかもしれません。南洋大学という華語校がシンガポールにかつて存在しました。華人教育を行う施設です。これには、清華大学と呼ぶように、南洋大学と呼ぶべきです。中華校だからです。
南洋大学は、中国からの共産主義浸透を警戒するシンガポール政府が、1980年に取り潰し、当時のシンガポール大学(University of Singapore)と統合します。南洋大学の跡地にできたのが、NTUの前身のNanyang Technological Institute。名前が似ており、同一拠点を使っていますが、現在のNTUは、当時の南洋大学とは別組織です。

「(中国の時代に追いつくために)NTUを南洋大学として華語学校に改組しよう」と提言する政治家(元外相)もいます。実現すれば、新生NTUは南洋大学と日本語で表記すべきです。

チョンバルは中国語・マレー語合作

そもそも、移民国家のシンガポールを、中国語のみで理解するのには限界があります。例えば、地名のチョンバル。チョンは福建語で「墓」、バルはマレー語で「新しい」という意味です。住宅地として開発される前は、墓地だったのが由来です。「新しい墓」です。2つの言語が語源になっています。中峇鲁という漢字がありますが、シンガポールを中国視点のみで理解する限界があるのが分かります。
チョンバルやNTUは、中国視点のみでは理解できない、典型的なものです。

おまけ: 外来語の読み方

ここまで表記について説明してきました。NTUの表記とは関係ないのですが、外来語の読み方についてまとめておきます。読み方にはメディアの業界スタンダードがあります。

内閣告示 "外来語の表記"

1991年に"外来語の表記"が内閣告示されています。
・文化庁: 外来語の表記
これは、一般の社会生活において、現代の国語を書き表す政府指針です。ところがこれは、外来語や外国の地名・人名を、どのように片仮名で書き表すかが対象です。今回のシンガポールの様に、現地で複数言語で表記される言葉で、どの言語を選ぶかは"外来語の表記"でカバーされていません。
また、内閣告示の"外来語の表記"では、表記のみであって、漢字の読み方をカバーしていません。漢字の読みは、メディアが主導しており、日本政府の方針は"外来語の表記"にはありません。

今のメディアスタンダードです。

中国語 相互主義 漢字表記、音読 例: 習近平 (シュウキンペイ)
韓国語 原音主義 漢字表記、現音読み 例: 李明博 (イミョンバク)

「自国の読み方をお互いに行う」のを相互主義といい、現地音に近い読み方をするのを原音主義といいます。
漢字に限らず一般には相互主義で、表記・読みを互いに自国基準で行います。ところが、韓国とは原音主義になっており、これは少数派です。在日韓国人がNHKを相手どって、名前の現地読みを求めて最高裁まで争ったことが理由の一つです。1988年に、最高裁でNHKは勝ちましたが、以前は音読だったのが現音読みにNHKは方針転換しました。なので、その時代をまたぐ金日成は、「きんにっせい」と「キムイルソン」の両方の読み方に日本人は馴染みがあります。金日成の後継の金正日になると、圧倒的に「キムジョンイル」と呼ばれます。
「韓国政府が、日本政府に原音主義を求め、日本政府が了承した。結果、日韓では相互に原音主義となった」という説がネットでは見つかりますが、韓国政府の具体的な申し出を私は見つけられませんでした。

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