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なぜシンガポールの就労ビザEP新制度COMPASSはヤバいのか

ビザの話で3杯飯が食えるうにうに @ シンガポールウォッチャーです。
優遇大学(トップ校)と、優遇される不足職種が発表されたので記事を書きました。
uniunichan.hatenablog.com
シンガポール関係者で「COMPASSはヤバいらしい」とは、在シンガポール日本大使館からのメールでのアナウンスもあり割りと認知がありますが、「どうヤバい」かはまだ知れ渡っていないようです。その解説をします。
・シンガポール労働省 (MOM): Complementarity Assessment Framework (COMPASS)

スコアリング制度COMPASS

日本人に最も馴染みがある就労ビザは、今回のEP (Employment Pass) です。経営者・管理職・専門職などに使われますが、実際には職種でなく月額固定給与額で、申請できる就労ビザの種別が決まります。
EPは、ビザ申請者の個人属性と、スポンサー企業属性という大きく二要素で、発行可否が決まります。個人属性の評価は開示されており、SAT (Employment / S Pass Self-Assessment Tool) というツールで誰でも簡単に判定できます。大事なのは、月額固定給与と出身大学と年齢です。有名校出身で、年齢が若いほど、必要給与額が少なくなります。
ところが、雇用企業の評価が完全にブラックボックスで、「SATではEPをクリアしているのに、発行されない」「追加資料を求められる」「審査が長引く」ことがザラでありました。
COMPASSでは、雇用企業評価のスコアリングも開示され、ブラックボックスな判定が減る効果が期待できます。その一方で、日本語理由で日本人雇用に偏る日系企業が苦手とする、「外国人国籍の多様性」や「地元民雇用」が大きなウェイトを占めるため、日系企業は戦々恐々としています。
EP新規申請でのCOMPASS適応は2023年9月から、EP更新での適応は2024年9月からです。

COMPASS免除者

まずは、COMPASS無しでEPを取得できる人がいます。該当する方は、COMPASS詳細は確認不要です。

  • 月額固定給与$22,500以上の人
  • 日本法人からシンガポール法人など社内異動(ICT)でのEP申請
  • 短期就労者 (1ヶ月以内)

このうち、ICTはビザ取得が容易です。条件は別国での系列法人での勤務が1年以上で、職種が管理職・経営職・専門職であればよいからです。注意点があります。

  • 家族帯同に必要な被扶養者ビザDPがでなくなる
  • EP延長ができず、将来の転職でのEP発行や永住権PR取得に影響がでる可能性がある

EP難化により、ICT EPでの単身赴任になる駐在員が増えると思われます。このことにより、子どもの教育費の負担なしや、家賃の圧縮(家族帯同を前提とした広い賃貸が扶養)が、企業側にはメリットになります。駐在員側には、仕事や海外私生活でのモチベーション減退が当然発生します。

カテゴリ4つと2つのボーナス枠

COMPASSにはメインカテゴリが4つあります。各カテゴリで、0点か10点か20点。合計で40点を達成すると、COMPASSでのEP発行となります。職場の人事など、MOMのCorppassアカウント所持者は、SATというツールで確認可能です。

  • C1. 給料 (業界での地元民ホワイトカラー給与と比較)
    • 20点: 上位10%
    • 10点: 上位10~35%
  • C2. 学歴 (申請者の学歴)
    • 20点: トップ校 (日本からは東大・京大・東工大・阪大・東北大の5校のみ)
    • 10点: 大卒
  • C3. 国籍多様性 (申請者の企業内でのホワイトカラー国籍多様性)
    • 20点: 5%未満
    • 10点: 5~25%
  • C4. 地元民雇用支援 (業界内他企業と比べた、地元民ホワイトカラー雇用比率)
    • 20点: 業界内で上位50%以上
    • 10点: 業界内で上位50%~80%

給料と学歴が、申請者属性。国籍多様性と地元民雇用が、ビザスポンサー企業属性です。ブラックボックスだったスポンサー企業属性が、スコアリングで開示されたのが、COMPASSの目玉です。
あと、ボーナスポイント枠が2つあります。こちらはオプションです。

  • C5. スキルボーナス (シンガポール内での人員不足職種の該当者はボーナス点)
  • C6. 戦略経済優先ボーナス (イノベーションや国際活動で政府との繋がり)

日系大企業駐在員でも、EPがでない可能性

これまで、日本発マスコミはなんども「必要給料増加で駐在員を送れなくなる」「有名校出身でないと不利でビザがとれなくなる」とウソを書いてきました。実際には、給料に加えて、家賃や子どもの学費なども給料として申請するため、シンガポールで事業実績があればEP取得には困っていなかったはずです。影響を受けていたのは、福利厚生に弱い現地採用者でした。COMPASSでついに「オオカミ少年が来る」ことになります。大企業も含め、日系企業の駐在員も影響を受ける可能性が増します。
従来、就労ビザ取得に苦労していたのは、高給取りでなく個人属性が低い現地採用者と、勤務先が弱い新興企業系の駐在員が中心でした。今後はこれに、日系大企業駐在員が加わる可能性があります。
「給料10点、学歴10点、多様性0点、地元民雇用0点」になる駐在員が発生します。40点必要なのに、半分の20点しかとれません。チャレンジは、主に下記3つです。
1. 給料で業界上位10%に入れるか
2. 国籍多様性: 日本人雇用を25%に抑えられるか
3. 地元民雇用: 業界下位20%から脱出できるか

ここまで苦労するのは日系企業ぐらいのはずです。欧米系企業では、英語が話せれば採用される企業が大半のため、国籍多様性があり、そのため地元民雇用も多く、給料も手厚く、今回の評価項目では日系企業より優位にあることが一般的です。COMPASSで日系企業ほどのインパクトはないはずです。地元民雇用が多いローカル企業も、日系企業ほどの苦労はないはずです。

1. 給与: 業界上位10%に入れるか

給与です。月額固定給与が対象で、ボーナスなど可変給与は含めません。各種手当(赴任/扶養/子どもの教育費など)・家賃・車のリース代など、月額固定であれば含めることができます。その場合には、会社から直接支払わずに、駐在に手当として払いましょう。

まずは、年齢に応じて変動する必要給与を満たす必要があります。23歳以下は$5,000、35歳で$8,000、45歳以上で、$10,500です。金融だと、23歳以下は$5,500、35歳で$8,773、45歳以上で11,500になります。1歳刻みで、詳細は下記リンクを参照ください。
・シンガポール労働省 (MOM): EP qualifying salary (Stage 1)
必要給与の足切りで、SパスでなくEPが候補になるのが確認できると、次にCOMPASSです。COMPASSでは、給与が業界上位10%なら20点、35%なら10点です。具体的な金額の目安は開示されており、後述します。24歳から44歳に必要な金額は、年齢での比例増加です。
この給与表は永久ではありません。毎年3月に更新され、同年9月から1年間有効になります。

シンガポール在住日本人で最も多い駐在は、(意外かもしれませんが)製造業のはずです。製造を例にとりましょう。
年齢45歳以上で、上位35%は$9,400です。給与の母集団はブルーカラーを除き、地元民ホワイトカラー(PMET)のみが対象。ですので、シンガポールで工場を持ちブルーカラーを雇用している企業では、実感より高額に感じるでしょう。ですが、会社が駐在に補助する家賃等を入れると、大半は加算できるはずです。問題は上位10%です。$15,700と50%以上も跳ね上がります。クリアできない人が出てくるはずです。上位10%に入れず、35%にとどまると、給与得点は10点にとどまります。

Sector (私の和訳) 10点:給与上位35% 年齢≤23 10点:給与上位35% 年齢≥45 20点:給与上位10% 年齢≤23 20点:給与上位10% 年齢≥45
Manufacturing 製造 $4,800 $9,400 $7,000 $15,700
Construction 建設 $4,400 $7,000 $5,900 $12,500
Wholesale Trade 卸売 $5,100 $9,800 $7,100 $19,900
Retail Trade 小売 $4,100 $7,000 $6,200 $13,000
Air & Sea Transport 空海運輸 $4,900 $10,900 $6,300 $19,400
Land Transport & Logistics 陸上運輸 $4,500 $7,200 $6,300 $12,200
Accommodation 住居 $4,200 $6,000 $5,300 $10,900
Food & Beverage Services 飲食 $4,200 $5,800 $5,300 $9,400
Info-communication Technology 情報通信 $5,900 $11,800 $8,600 $21,300
Media メディア $4,400 $11,300 $8,400 $17,500
Banking and Others Financial Services 金融 $5,900 $16,600 $8,700 $32,900
Insurance Services 保険 $4,500 $10,200 $7,200 $21,900
Fund Management Services ファンド $7,100 $17,100 $12,100 $46,900
Real Estate Services 不動産 $4,600 $7,200 $6,400 $13,900
Professional Services プロフェッショナルサービス $5,600 $11,800 $8,800 $21,000
Administrative & Support Services 管理運営 $5,100 $8,700 $7,300 $16,700
Public Administration & Defence 公務と防衛 $5,700 $12,000 $7,300 $17,600
Education 教育 $4,600 $9,800 $6,300 $12,500
Health & Social Services 医療介護 $5,100 $8,500 $6,800 $23,000
Arts, Entertainment & Recreation 芸術・エンタメ・リクレーション $4,100 $9,100 $5,500 $13,900
Other Community, Social & Personal Services コミュニティ社会サービス $4,200 $6,600 $5,700 $11,300
Utilities & Other Good Producing Industries 公共ユーティリティ $5,200 $10,100 $7,600 $18,900

ファンドの45歳以上で$46,900というのが光りますね。$22,500を超えると業界を問わずCOMPASS免除なので、関係なくなります。

2. 国籍多様性: 日本人雇用を25%に抑えられるか

日系企業には最難関のカテゴリのはずです。

国籍多様性が入った経緯「インド固め」

そもそも「なんで外国人雇用の国籍の多様性なんかが評価されるんだよ」という説明からします。
一般に、「国籍の多様性は、価値観の多様性であり、発想や対応で企業を強くする」という価値観で今の世の中は動いています。(それが事実かは、私はここでは論じません)ですが、企業にとって良いことを政府が推奨だけでなく、規制してくるのは不思議ですよね。ましてや、外国人雇用は必要悪(上品には"雇用の安全弁")としているシンガポール政府なので、なおさら不思議です。これは、「インド固め」からだというのが、私の推測です。

2020年8月、労働省MOMは「単一国籍に集中した外国人雇用」がある企業を、就労ビザ発給へのペナルティがあるウォッチリストに入れたことを発表しました。政府は、企業や従業員の国に触れなかったのですが、シンガポール世論は「インド」だと即座に断定。インド人雇用と、インド系企業へのバッシングが始まりました。
インド人と仕事をした事がある人は知っていますが、インド人はインド人で固めてきます。インド人上司は、インド人部下にノーを言わせず、軍隊のようにこき使うため上司に都合が良いのです。マネージャーがインド人になったチームが、気がつけば部下の大半をインド人にしていたとはよく聞く話。部下の昇進にも、自分のチームのインド人をゴリ押しし、インド固めをするため、他国籍が割を食います。文化同一性から自国民出身者を好む傾向はどの国にでもありますが、それが強いのがインドです。もちろん、全てのインド人がそうではありません。米国企業で重役として活躍する優秀なインド人は有名ですが、負の側面もあります。
この巻き添えをくらったのが日系企業。日系企業は、文化同一性だけでなく、言語のために日本人の雇用を好みます。そのため、日系企業雇用の外国人は駐在も現地採用も日本人が多い。「インドの巻き添え」の側面もありますが、やっていることは同じで、単に「日本はシンガポールでヘイトを集めにくい」だけとも言えます。

COMPASSでの国籍多様性

COMPASSでの国籍多様性への評価です。

  • C3. 国籍多様性 (申請者の企業内でのホワイトカラー国籍多様性)
    • 20点: 5%未満
    • 10点: 5~25%

永住権PRの国籍もカウント対象です。複数企業で就業可能なビザ所持の外国人は、カウント外です。これは、ワーホリ・テックパス・ONEパス・事前承認LOCです。
ホワイトカラー(PMET)かどうかの判定は、職種ではありません。基本月給が$3千以上かどうかです。この金額は、Sパス最低額とリンクしており、Sパス必要額が上昇すれば、ホワイトカラー判定額も上昇します。
・シンガポール労働省 (MOM): How are PMETs in my firm counted under COMPASS for C3 and C4?

国籍多様性の計算方法の分母に、シンガポール国民も入ります。例えば、シンガポール人38人、日本人2人の企業があるとします。この企業が、さらに日本人1人を採用しようとすれば、国籍多様性は5~25%のため10点になります。

自社の国籍統計は、myMOM Portalで確認可能です。過去2,3,4ヶ月の間の3ヶ月平均で行われます。毎月6日に国籍統計が更新され、例えば、5月6日の更新では、2月、3月、4月の3ヶ月分の平均です。
日系企業はいまだに、駐在と現地採用を足した日本人が、4人に1人より多い企業は少なくないです。この企業では国籍多様性で0点になります。現在の国籍比率を早急に確認しましょう。

3. 地元民雇用: 業界下位20%から脱出できるか

  • C4. 地元民雇用支援 (業界内他企業と比べた、地元民ホワイトカラー雇用比率)
    • 20点: 業界内で上位50%以上
    • 10点: 業界内で上位50%~80%

自社が上位何%に入っているかは、myMOM Portalで分かります。
「下位20%は加点ゼロ」という意味です。上から80%まで加点があるので、それほど無茶ではないようにも見えますが、日本人雇用に偏り、地元民雇用が苦手な日系企業は多いです。「下位20%以外は加点」なのに、それでも加点できない日系企業は多いでしょう。
計算式は、"地元民雇用ホワイトカラー / 全従業員ホワイトカラー" です。月の総支給額が$3千以上が、地元民雇用ホワイトカラーになります。
・シンガポール労働省 (MOM): How is the share of my firm’s local PMETs relative to my firm’s sector calculated under COMPASS?
また、地元民雇用が70%以上あれば、最低10点は獲得となる例外があります。

ボーナスポイント

オプションのボーナスポイント枠が2つあります。

  • C5. スキルボーナス (シンガポール内での人員不足職種の該当者はボーナス点)
  • C6. 戦略経済優先ボーナス (イノベーションや国際活動で政府との繋がり)

シンガポールでの不足人員職種が対象となるスキルボーナスの詳細は解説済みです。
uniunichan.hatenablog.com
「戦略経済優先ボーナス」は政府等政府関係機関とのコネで事業をしているかどうかで、大半の企業は取得不可能です。

COMPASSで恩恵を受けるのは中小企業・自営・フリーランス

今回のCOMPASSで恩恵を受けるのは、実は中小企業と自営とフリーランスです。
これまでEP取得に苦労してきたグループですが、一気に楽になります。理由は、ホワイトカラーが25人未満の企業は、国籍多様性と地元民雇用で無条件で各10点確保と、労働省MOMが宣言しているためです。残る給料は、適切な家賃補助がありこれを加算すれば、上位35%に入れ10点。また大卒であれば、学歴でも10点。合計40点で楽々EP取得です。
以前であれば、ブラックボックスだった雇用先企業評価で、EP取得に辛酸をなめてきたのが容易にとれるようになります。駐在待遇給料で大卒でさえあれば、ホワイトカラー24人全員を日本人で固め打ちすら、理論上は可能です。一気に雲が晴れます。

COMPASSで本当にブラックボックスはなくなるのか

そうなると疑問は、「本当に雇用先企業評価のブラックボックスは解消されるのか」です。「ホワイトカラー24人を同一国籍外国人でかためうち」が労働省MOMの意図した制度の使い方であるとは、私は思いません。
従来、ブラックボックスだったビザスポンサー企業への評価である「国民雇用しない企業はダメ」「赤字企業はダメ」「資本金が少ない企業はダメ」が何かしら取り入れられる可能性があります。
今のシンガポール政府の評価は「国民雇用をどれだけするか」です。中小企業やミリオネアレベルだと、納税はほぼ評価になりません。税より雇用です。その観点でいくと、これら中小企業をシンガポールに置くメリットは、シンガポール政府にはありません。
特に「本当に外国人24人かためうちができるのか」が疑問です。現状のように「一人目の外国人EPは比較的容易だが、二人目からは難易度が跳ねる」対策を労働省MOMがとることが想定されます。今後、何かしら追加でハードルが設定されるのではと思っています。

COMPASS対策

「COMPASS、ヤバい」のは分かったと思います。対策です。ケースバイケースですが、容易と想定される順に上からです。

  • WPが発行可能なDP採用
  • PR採用
  • Sパス取得
  • ICT EP取得
  • 上位10%の給料に上げる
  • 優遇大学出身者からシンガポール勤務者を選ぶ
  • 固定月給$22,500以上に
  • ONEパス、テックパスの取得
  • 従業員を25人未満にする

労働力としては、これまで以上に、DPとPR就労者の価値が高まります。
駐在を送る現実的な選択肢は3つ。

  • Sパス
  • ICT EP
  • 駐在を優遇大学出身者から選び、上位10%の給料に上げる

EPに必要な給料はクリアしていても、給料以外の理由でEPがとれずに、外国人割当枠でとれるSパスをあえて選択しなければいけない駐在員も出てくるでしょう。ですが、Sパス枠は貴重です。従来、現地採用日本人を雇用するために温存していたのを、駐在に回すのは苦悩の選択になるはずです。
駐在員に、家族帯同を認めない、家族帯同を断念してもらい、ICT EPを取得するケースが増えるはずです。
「あと10点足りない」ケースでは、優遇大学出身者から駐在に選ぶケースや、給料を上乗せして10%に合わせるケースが出てくるでしょう。「20点足りない」ケースでは、優遇大学出身者(20点)でかつ給料上位10%に上乗せ(20点)が力技です。
固定月給が$22,500以上あれば、COMPASSをスキップできます。テック業界ならテックパスが固定月給$2万で、他業界でも$3万あればONEパスが取得可能になり、COMPASSのEPから開放されますが、駐在員でも限られた人しか利用できないでしょう。
従業員をあえて25人未満にダウンサイジングする、25人以上を雇用しない企業も現れるでしょう。

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