今日もシンガポールまみれ

日本のあっち、シンガポールのこっち

世帯年収900万円,出産祝い170万円,保育所に楽々入所のシンガポールは、日本より出生率が低い

うにうに @ シンガポールウォッチャーです。
ツイートがバズりました。リツイートが数千いくと、通知が鳴り止まず、携帯が熱くなり電池がどんどん減るのは本当ですw
桜田前五輪相の「子ども最低3人産んで」というニュースから始まった話題です。
日本は政府が少子化に無策であり、国民に責任を押し付けているとの怨嗟がSNSを駆け巡ります。いつもと同じネットの風物詩です。

そんな中で、


このツイを投稿すると、建設的な指摘、感想、クソリプが次々と寄せられました。「言われたらそうかも」や、「だから、支援が十分でない日本には子育て支援が必要なんだ」というトートロジー。「都市国家と比べるな」という無効化(「その指摘はあたらない」)の反応もありました。しかしながら、日本の育児環境で強い要望(収入・補助金・保育所・育児家事アウトソース・学費・子育てへの理解)をクリアしている国で、この惨状です。

シンガポール人の言い分

日本からすると恵まれている環境への、シンガポール人の言い分です。


これ以外では、

  • 人生最大の試験が小学校卒業試験 (PSLE)。12歳と人生の早い段階で来るため、親も積極的に協力する。準備のために退職する親もいるプレッシャーの中で、子どもを2人も持てない
  • 公教育は安価でも、塾通いの負担が大きい

などです。

なぜ出生率は低下したのか

日本での出生率低下の原因として、ネット界隈でよく持ち出されるのはこのあたり。

  • 金が無い。日本は貧乏になった。
  • 金が無いから働かないといけないのに、保育園に空きがなく入れない。日本死ね。
  • 育児に疲弊しても、旦那は帰ってこない、帰ってこれない、手伝わない、手伝えない。
  • 世間は育児に冷淡。ベビーカーで外出すると、舌打ちされる、けられる。

日本でよく持ち出される課題を、かなり解決しているのがシンガポールです。

日本 シンガポール
世帯所得中央値 年427万円 年約900万円
保育所 激戦、保活 (新興住宅地以外は)すんなり入れる
育児の担い手 母親、(お手伝いで)父親 母親、まぁまぁ父親、メイド、祖父母
世間の風当たり 冷淡 子ども好き、妊婦はかなりの確率で電車で席を譲られる

シンガポールに駐在となった家庭で、子育てをしている日本人の母親は、育児への理解でシンガポールが圧倒的と口をそろえます。最近、ツイッターでバズった動画です。オジサンが電車(MRT)で子どもにトムアンドジェリーの動画を見せていて、キュートです。


ポイントは、通りすがりで、異民族間であっても、子どもには寛容ということです。バズるぐらいなので、そこまで他人の子どもをあやすことは普通はないのですが、妊婦に席を譲る、ベビーカーを運ぶのを手伝うのはよく見かけます。日本での過酷な仕打ちをうけた母親には、天国です。

日本で所得が最も低い沖縄が、出生率が最も高い

日本で最も出生率が高い県は、沖縄です (2016年)。最も低いのは東京です。合計特殊出生率は、沖縄が1.95もありますが、東京は1.24しかなく、全国では1.44です。

その沖縄は、一人あたり県民所得は全国最低で216.6万円。一方、東京は全国最高で537.8万円。全国平均は319万円です。(2016年)
ネット世論の「カネがないから子どもを産めない」とは真逆の結果です。

日本 東京 沖縄
一人あたり県民所得 319万円 537.8万円 216.6万円
合計特殊出生率 1.44 1.24 1.95

※注: 県民所得は県民雇用者報酬に加えて、財産所得と企業所得も含まれます。そのため、体感より高い数値となります。

「子育ては趣味」

上記したネット要望以外での、出生率低下の原因です。

  • 「子育ては趣味」への価値観の変化
  • 晩婚化: 女性の社会進出。女性が生殖に最も適した年齢で学校や職場を離れられない。
  • 未婚化: お見合い結婚の崩壊

私がツイった「子育ては趣味」に反響があったのは、意外でした。まだ共通認識でないことが、わかったからです。


当事者である親は、経済状況や子育て環境を、少子化の理由にしますが、本当にこれが理由でしょうか。顧客に「求めているもの」を聞くと、自分が欲しいものが何か分かっていなかったり、言語化できなかったり、利益誘導からポジショントークをすることはよくあります。
現代社会は、子どもは家計の担い手ではなくなりました。一昔前では、子育てをする主戦力は子どもであり、家の手伝いなどから始まる"児童労働"は一般的でした。現在の倫理観では受け入れられませんが、当時の子どもはそうやって、家庭内に居場所を築いていました。また、成人した後も、跡取り以外は、仕送りがあてにされ、他家から結納の形で"補償"が行われました。親が子どもを産むことは、経済的な利益でもあった時代です。

現代では、子どもはコストです。成人するまでに、長期の教育を受けて、大学卒なら22年。児童労働はありえません。また、「子どもとはいえ他人」であり、「老後の支援を期待すべきでない」、「まずは自分の年金・資産を貯めるべきだ」、との価値観がゆるやかに広まっています。
子育ての趣味化です。

趣味であるなら、子どもを持つか持たないかも本人が選択可能となります。かつては、ペットは番犬など家に機能を提供するか、子供が幼少時に引き受けて子供と一緒に大きくなる、子育てを補完する役割でした。今では、子育ての強力なコンペティターであり代替に、ペットがなっています。「子どももできなかったし、ペットを飼うか」から、「ペットがいるから、子どもはいいや」への転換です。
「趣味や楽しいことがあって忙しいから、子どもはいらない」というのは今ではすんなり理解されますが、ちょっと前までは理解されなかった価値観です。

シンガポールの人口政策は苦戦続き

経済政策などではシンガポールはよく引き合いにだされますが、人口政策ではシンガポールは苦戦続きです。リーダーシップが強力なシンガポールでこれだけ苦労しているということは、経済より人口のほうが、はるかに政府が影響を与えることは困難なのでしょう。

出生抑制政策

1965年にシンガポールがマレーシアから独立した直後は、第二次世界大戦後のベビーブームをうけ、経済回復以上に人口が増え、国民を食わせるには十分な仕事がない高失業率の時代です。出生抑制が政策でした。中国の一人っ子政策など、発展途上国で出生抑制政策はよくあります。1966年に"家族計画"教育を提供する家族計画人口局 (FPPB: Family Planning and Population Board) が作られます。1970年には「子どもは二人まで」(Stop at Two]) のキャンペーンが開始。

この出生抑制キャンペーン、成功しました。成功しすぎました。人口政策なのにわずか7年後の1977年には、人工維持が可能な水準を下回ります。当時のリー・クアンユー首相は、結婚と子どもが高学歴女性は少ないことから、各種優遇を実施 (大卒女性スキーム)。子どもの学校への入学優先や、所得税減税です。その一方、そうでない夫婦が低収入だと、第二子を持った後に避妊手術を受けると1万ドルを出すなどします。これは世論の猛反発を受けました。優生学に近い考えであり、現在のシンガポールでは実施どころか議論すら不可能でしょう。

出生奨励政策

1986年になり、やっと政府は「子どもは二人まで」(Stop at Two)を止め、出産を勧めるようになります。
出生率は上がらないままであり、2001年にベビーボーナスが導入されます。2004年の育児パッケージでは、働く母親への所得税減税の要件から学歴を抜き子どもの数にし、また出産休暇を長め、育児休暇を新設するなど、強化しています。

回復しない出生率

これ以外にも、大なり小なり様々なテコ入れをした結果、どうなったのかというと、、、回復の兆しは長期的にはありません。
例年より回復している年がありますが、これは中華系に縁起がよい辰年です。政府政策より、しきたりの方が影響が強いのです。
子育て支援への政府政策について、シンガポール政府の自己評価としては「やらなければ、今より更に悪化していた」というものです。
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少子化を移民で解決するシンガポール

日本より低い出生率となっているシンガポールですが、解決策があります。移民です。シンガポールは現在でも、人口の1/3が移民です。人口の1割を永住者が占め、彼らが新国民への母体となります。
シンガポールはもともと移民国家です。ラッフルズがシンガポール島に上陸した時には、現地民はわずかに数百人でした。そこから交通の要所として発達しますが、労働力は当然移民です。シンガポール人は、移民には他国より寛容ですが、さすがに移民を入れすぎて、2011年総選挙では与党PAPが大きく議席を減らします。これを受けて、与党PAPは大きく方向転換。マイルドな移民の受け入れとなり、2015年の総選挙では地滑り的大勝利を収めました。
「現在の合計特殊出生率1.2のままでは、2060年には国民人口は2/3に減少する。これを食い止め国民人口を安定させるには、毎年2万人の移民による新国民が必要」というのが、政府の説明です。シンガポール政府は、激しい批判を受け、労働ビザ発給を厳格化し、永住権保持者の受入数は最盛期の年8万人から3万人に絞りました。しかし、新国民の数はこの長期的視野に基づき年2万人の受け入れを着々と実行させています。
uniunichan.hatenablog.com
国民はこれ以上の移民が嫌でも、「お前たちが産まないから、移民を入れるんだ」という政府のロジックと戦わなければなりません。シンガポールでは「経済発展は要らないから、移民も要らない」という考えが広範な支持を得るには、国民は踏ん切りがついていません。

子育て支援と少子化対策は別物だった?

「子どもを産む環境が整備され、経済的・肉体的・精神的な負担が減ると、子どもは増えるはず」、というのが従来の考えです。これまでは、保育所の充実や子育てへの支援を語られる時に「それが少子化対策であり、国益だから」という前提で話をされることが一般的でした。「子育ては親のエゴなだけでなく、お国のためなんだから、カネを出すのは国の義務だ」という話です。
しかしながら、所得が高く支援が充実しているシンガポールの方が少子化が進んでおり、沖縄や発展途上国の方が他産なことを考えると、経済支援や保育所の充実では少子化対策にならないのではないか、という仮説が生まれます。

「子育て支援と少子化対策は別物」というのはあくまで仮説です。複合要因がからみあっていて、それらへの対策と子育て支援が組み合わさると、改善に向かう可能性もあります。また、子どもを0人を1人、1人を2人以上にするのは別のアプローチが必要なのは、容易に思いつきます。「お金があれば、子育てが楽なら、子どもはもう一人欲しかったのに」という家庭には従来の支援がミートする可能性はあるでしょう。ですが、1人を2人以上にするアプローチでも、従来型の政策は、費用対効果が悪い可能性があります。「それをやったところで、本当に産んだ家庭はどれだけあるんだ?」ということです。「子どもはいらない」「結婚もしていないのに」という人に、保育所の定員増は心を動かさないでしょう。

国と国民の利害が一致しない

それでも子育て支援を堂々と主張しよう

子育て支援が、国益である少子化対策に直結しない、という可能性が出てきました。

ロジックとして成り立つのは2つです。

  • 少子化対策には子育て支援とは別に、見落とされてきた要素がある
  • 従来の子育て支援をしていなければ更に悪化していた。逆に言うと、子育て支援に更に突っ込むと、改善に向かい出すはずだ。

しかし、たとえ子育て支援が少子化対策になろうがなるまいが、利害関係者は今後も堂々と「子育て支援の充実」を訴えるべきです。少子化対策では費用対効果の疑問が残りますが、子育て支援が国としての未来への投資であることには変わりはありません。
日本の経済的凋落で、共稼ぎ家庭は増加します。核家族化の進行も避けられません。専業主婦や大家族の時代に戻すことはできないのだから、関係者だけでは対応ができない子育て支援を行政はすべきです。これは国民が国に期待する役割で、税金はそのために使われると信じています。ライフステージで当事者のキャパシティを超えるイベントに対して、支援を行う国で日本はあって欲しいと願います。

補足

残念ですが、はてブのシンガポールのコメントは、ファクトチェックを通らないものが多すぎです。

物価: 「シンガポールは世帯年収900万円では全然足りない」という嘘

外国人向けの「お高い」商品・サービスと、国民向けのリーズナブルなものとをごっちゃにしています。外国人と国民は、同じ職場で働きながらも、異なる世界に暮らしているのです
「暮らしていけない」と主張するシンガポール人もいますが、実際は中間層の生活は成り立ちます。
都市で最もお金がかかるのは住居です。駐在員の家族向けコンドミニアムが月50万円するのは一般的です。これより安価な所もありますが、高価な所もあります。
シンガポールで不動産は、国民・永住者のためのHDBという公団と、外国人や富裕層が中心のコンド・土地付き住居に分かれています。HDBには、国民・永住者の8割が住みます。HDBであれば、郊外に3LDK (5ルーム) で、3千万円で購入できます。
所得が日本の倍あって、不動産が日本並みの価格なので、生活の収支が合うのは自明でしょう。
例: ウッドランドでの4LDK (110平方メートル)が2,700万円 (S$336,000) ※直近の2019年5月売出し。所得等により更に政府補助が付く

食事も、和食の特に寿司・刺し身といった生鮮食品だと、日本価格比で3倍近くしますが、ローカル食は違います。ホーカーセンターというフードコートで、1食350円程度で食べられます。もちろん、値段は都心ならこれより高く、郊外ならこれより多少安いこともあります。シンガポールには世界一安いミシュランの星の店があり、一食150円と話題にもなっています。

はてブに「スクールバスで一人6万円」というコメントがありましたが、これも嘘です。スクールバスの平均は月に1万円 (S$126) という統計があります。
インター校の基準でいっても、バスに一人6万円というのは、高すぎで、月ではなく学期の可能性が高いです。例えば、アメリカンスクール(SAS)では学期単位で8万円~16万円 (S$956-1,875) です。

子沢山文化のイスラム教

イスラム教徒は出生率が高いことが知られています。シンガポールは国が認めた主要民族が3つあり、中華系、マレー系、インド系です。イスラム教徒が占めるマレー系は、最も合計特殊出生率が高いです。
ですが、マレー系も含め、全民族で出世率は低下傾向です。そのマレー系でも、人口維持率の2.1を切っています。主要民族の中で一番踏ん張っているのはマレー系ということです。
なお、マレー系は主要民族中で最も所得が少ない民族であることも指摘しておきます。また、最も所得が多いのは中華系ではありません、インド系です。
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出所

シンガポールの世帯収入:

2018年の世帯所得は月9,293Sドル(約74万3千円)。これに12ヶ月をかけると、892万円です。この世帯収入は国民と永住者が対象。
単純労働者・駐在員・富裕層などの外国人も含めた数値だと、一人あたりGDPがあります。日本 $36,230、東京都 $57,572、シンガポール $56,284です。
uniunichan.hatenablog.com

シンガポールのベビーボーナス:

誕生から18ヶ月になるまで第一子にはS$16,000(約128万円)の現金、政府が用意した子どもの口座にはS$6,000(48万円)がもらえます。合計で176万円です。
第三子では更に増え、第五子より多いと現金がS$20,000(約160万円)、口座にS$18,000(約144万円)と、合計で約300万円がもらえます。

シンガポールでの学費一覧

金持ち校での寄付金などはこれとは別です。

内田樹氏「日本が目標とするシンガポールは食料自給率ゼロ」は本当か

うにうに @ シンガポールウォッチャーです。

内田樹氏が農業協同組合新聞において、

シンガポールは食料自給率ゼロの国です。 (中略)
農地なんか地価を考えたらありえない。

と語っています。

「ゼロ」という言論人とは思えない、いくらでも反証が可能な表現を使っている時点でお察しなのですが、ここでシンガポール在住者の私が、シンガポールで撮ってきた写真を御覧ください。

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Kok Fah Technology Farm
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Kok Fah Technology Farm
はい、農地です。
写真を撮ったKoh Fak Technology Farmは、国の北西部リムチューカンにある農地の一つです。現地で一般消費者にも農産物の直販を行っていることから、国内で割と知られている農業経営の一つです。
米や小麦のような単一品種の穀物が、壮大な面積で栽培されていると、写真でも分かりみがあるのですが、単価が高く鮮度が重要な葉物を中心にグリーンハウスで栽培されているのが、シンガポールの農場です。
内田樹氏も指摘するように、都市国家のシンガポールは不動産が高いです。しかし、都市計画で、農地用の土地も多少ではあっても残されています。

Googleで「シンガポール 食料自給率」とプライベートブラウズで検索すると、トップの検索結果が農林水産省で「食料自給率は公表されていないが1割未満である」というのが読めます。内田樹氏は、最低限の調査もせずに農業協同組合新聞に語り、農業協同組合新聞はそれを校閲せずに記事に出していることが分かります。
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シンガポールの食料自給率

それでは実際の所、シンガポールの食料自給率はどうなのでしょうか。シンガポール政府の発表では、以下のようになっています。

  • 食料は90%以上が輸入
  • 野菜の自給率は8%
  • 魚の自給率は8%
  • 卵の自給率は26%
  • 農食品畜産庁 (AVA): The Food We Eat

か細い生産量ですが、内田樹氏が言う「食料自給率ゼロ」とは異なります。また農食品畜産庁 (AVA) は「野菜10%、魚15%、卵30%が目標」と書いており、今後はゆるやかではあっても食料自給率を伸ばしていきたいと考えています。
また、日本関係だと、近年ではパナソニックがシンガポールに人工光型植物工場を作り、スーパーに出荷しています。植物工場というのがシンガポールらしく、これはシンガポール農食品畜産庁 (AVA)が取り上げる事例にもなっています。

紫の人口光が、シンガポールの植物工場らしいっちゃ、らしい…

現在、シンガポールは世界の金融センターとして知られていますが、農業・漁業と貿易、そして石油が牽引した工業への歴史的過程を経てたどり着いたものです。1970年には第一次産業従事者が9%もおり、これは現在の日本の5%より多い割合でした。

「水や生きるために必要なものはすべて金で外国から買っている」のがシンガポールか?

同じ記事で内田樹氏は以下のような発言もしています。

水さえマレーシアから買っているのです。生きるために必要なものはすべて金で外国から買うしかない。

「水をマレーシアから買っている」は正しいのですが、すべてではありません。
シンガポールを中途半端に知っていると、「マレーシアが水を止めるだけで、シンガポールは破綻する」とドヤ顔で言う人がいますが、この状況から脱却しつつあります。マレーシアとの水供給の協定は2061年に終わり、その後に向けて、シンガポールは準備をしてきました。現在、消費される水の40%を下水処理水、30%を海水淡水化でまかなっています。比率が公開されていない降雨と輸入水は、あわせて30%にとどまります。また、水の需要は現在、家庭用が45%、工業用などそれ以外が55%であり、これは現時点でも家庭用消費分は輸入に頼らずまかなえることを意味します。

実際に、2017年にマレーシアの水源汚染で取水が止まった時にも、シンガポールでは混乱なく乗り切っています。

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マクリッチ貯水湖
シンガポールは、マレーシアから独立する以前の1962年に結んだ、マレーシアとの水供給の二国間協定に、大きく依存していました。しかしながら、水を一国からの輸入に頼るのが国防上危険であることは歴史を通して何度も経験しており、水の自給率の上昇にシンガポールは独立から努力をしています。たとえば、太平洋戦争でマレー半島から退却しシンガポールでの戦闘に備えるイギリス軍が、マレー半島とシンガポールとの土手道を爆破した際に、水のパイプラインも破壊されたため、貯水湖の水は数日分しかなかったと言われています。また、マレーシアとの国家間緊張が生じると、水供給への懸念がわき起こります。

内田樹氏が、シンガポールを歪めて発言するのは、安倍政権へのとばっちりか

それではなぜ、内田樹氏がシンガポールに対して悪意ある発言をしているのか、ということです。


内田樹氏の主張 私の見解
事実上の一党独裁 民主選挙の結果。直近の2015年総選挙では与党得票率70%。一党支配の表現が適切であり、日本の55年体制と比べられる。強固な政府が必要との国家政策での選挙制度とはいえ、得票率70%で議席占有率93%が妥当かは議論されるべき
治安維持法で令状なしの逮捕拘禁 現行犯逮捕同様に令状不要。日本には人質司法がありますが、シンガポール治安維持法でより深刻なのは裁判無しの長期勾留。マフィアに大打撃を与えた政策ですが、政治的にも使われた
反政府メディアは存在せず 外資メディアがある。また反政府系はネットを中心に活動
労働運動はなく ある。第五代大統領は全国労働組合会議(NTUC)出身。現在でも、国会議員にNTUC経験者がいるほど強力
大学生は入学に際して反政府的意見を持たないことの証明 治安維持法第42条なら、入学には学校許可に加え官庁の証明書が必要で、国の治安を損ねる場合に拒否される

一部は正しいのですが、事実誤認か誇張がある内容のツイートです。
食料自給率の主張から分かるように、単に知識不足なのが理由でしょう。しかしそれだけではない可能性が高いです。『安倍政権がめざす国のかたちそのものです』と書いているように、シンガポールを安倍政権となぞってみており、安倍政権に対する感情をシンガポールにも持っていると想定考えられます。

安倍政権はシンガポールを目指しているのか

シンガポールは、内田樹氏が誤認したように、一党独裁と勘違いをされることがあります。しかしながら、(ゲリマンダーなどの不公正を野党が主張していますが) 米国国務省などが評価するように選挙は公平であり、与党が70%もの圧倒的得票率をとっています。ゲリマンダーで議席数は操作できても、得票数は操作できません。シンガポール政権は、日本の55年体制での自民党政権となぞらえられます。
uniunichan.hatenablog.com

一党独裁と勘違いされることがあるため、中国など"真の独裁国家"がシンガポールを真似ることはできないか、と検討をしているということが何度もささやかれていますが、根本的には普通選挙が壁になって都合の良い政策のつまみ食いで終わっているとされています。

では、安倍政権がシンガポールを目指すことはできるのでしょうか。
日本のカジノ政策はシンガポールを参考にしていると言われています。その一方で、シンガポールが行っている、低所得者への消費税の逆進性を補填する現金などの給付政策(GST Voucher)は、日本では参考どころか話題にものぼらずに、軽減税率に突っ走ってます。
日本も国としてシンガポールを見習いたいのではなく、自国にあったシンガポールの政策を導入したいということに過ぎません。当たり前です。
シンガポールは現時点で世界で最も経済的に成功している国の一つです。日本を含め、世界中の国がシンガポールから学ぼうとするのは当然です。しかしながら、成功体験がもたらす与党への強烈な支持と、都市国家の特殊性、汚職の少なさが、安易な模倣を許しません。

明るい北朝鮮?

シンガポールの話になると、すぐに『シンガポールは「明るい北朝鮮」だから』とドヤ顔で持ち出す人がいます。「明るい北朝鮮」という表現は不適切です。不適切なのは、揶揄だからでなく、シンガポールは国家創設以来の強固な反共国家であり、秘密投票による普通選挙で政権が選ばれているからです。
『シンガポールは「ブライト ノースコリア」と日本では呼ばれていて』とわざわざシンガポール人に説明する日本人がいます。滑稽です。「明るい北朝鮮」は世界中で日本でしか使われていない用語です。日本通のシンガポール人しか知りませんし、知ってるシンガポール人は「またか」とうんざりしています。
国民を食わせることと、国民の安全を保障することは、国家の存在意義であり、国家の浮沈がかかっています。経済と国防(治安)には、表現の自由への制限や厳罰主義とのトレードオフでしか得られないかは、議論されるべきと理解します。しかし、これは「明るい北朝鮮」という不適切な表現を正当化する理由にはなりません。

最後に

各分野での政策評価と、国(と国民)への評価は分けるべきです。
内田樹氏が安倍政権を批判されるのは勝手ですが、余計なヘイトを他国にまいて対外感情を悪化させることは、該当国の国民および日本人居住者に迷惑です。特にそれが事実として不正確であれば尚更です。事実に基づくご自身の論で、他国を巻き込まずに自国の政権批判をされることを望みます。
世界に完璧な国はありません。米国ですら、銃・薬物乱用・貧富の格差は深刻です。経済・治安・教育の良さを誇るシンガポールでも、欧米先進国と比べ言論の自由などへの制限があり厳罰国家です。しかし、その不自由さも含めて、選挙でその与党を国民が選び続けている民主主義の結果です。「洗脳されている」「国家が自分に向かってくると思っていない」とその国の国民を評価することはできるでしょうが、それも含めて民主主義です。
なぜか内田樹氏は「経済成長」を否定されておられますが、シンガポールにしろ中国にしろ、欧米先進国より何らかの自由への制限があるのに政府への支持がある国は、国民が経済成長を実感しているからということを無視すべきではないです。人は安心して飯を食えないと、その次の自由や文化を考えられないのが現実です。飯を食う必要な経済水準は単に食料の確保ではなく、結婚・自宅・子どもの教育・老後と、すべてをクリアできるか、先進国中間層ですら不安を抱えています。経済成長より大事なものがあると、一財産稼ぎ終わった人が主張しても、民主主義では多数派になれることはないでしょう。ついてこない国民に愛想をつかして一部支持者に埋もれるのではなく、独裁を否定するなら民意を勝ち得るためにも経済成長との両立に目を向けていただきたいと願います。


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「駐在ですか?現地採用ですか?」海外日本人村を分断する身分格差

うにうに @ シンガポールウォッチャーです。
お怒りの投稿が、ツイッターで流れてきました。


「アホ」という強い言葉を使うほどなぜ傷ついているのか、という背景についてです。

世の中には、発言している方は全く悪気は無いが、言われた方は大いに傷つく言葉、というものが多くあります。
「駐在ですか?(現地採用ですか?)」
は海外日本人村でのその一つです。もちろん、すべての人が傷つくわけではありません。聞かれた人が駐在の場合は「駐在です」で終わりですし、現地採用でも気にしない人もいます。大半の現地採用は、悪気はないのは分かっているので聞き流しますが、良い気はしていません。

駐在とは、日本の勤務先に在籍したままで、海外赴任をしている人のことです。駐在手当や現地家賃などが福利厚生として提供されるため、日本でより羽振りが良くなるのが一般的です。現地採用は、海外現地での雇用契約であり、待遇は特に発展途上国勤務だと現地の雇用水準プラスアルファ程度が相場です。現地民よりかは良いのですが、駐在にははるか及びません。役職も違うとはいえ、家賃なども含めた待遇格差は、先進国でも倍、発展途上国では数倍にもなります。

※参照: 駐在と現地採用の待遇格差について
uniunichan.hatenablog.com

質問した人と、質問された人とでの、焦点のズレ

「こっちに駐在で来ているんですけど」
という発言でも同様ですが、発言者の意図は明確です。
「私は勤務先の業務命令で、海外赴任をしています」
というものです。通常、それ以上でも以下でもありません。特定界隈では"駐妻"というものにステータスがあるのと同様に、駐在にステータスがある生態系もありますが、海外在住日本人の大半は駐在です。この会話をしている相手も駐在であることが多く、特にマウンティングできるわけでもないからです。

ところが、質問された現地採用は、駐在ではないという雇用体系の違いや、そこから来る待遇・経済力の違いまで含めて意識させられるのです。
「駐在か現地採用かというのが、お前にどう関係あるんだよ。役職なら名刺渡してるだろ」
という反発が生まれます。
質問している駐在員は、悪気はありませんし、相手が傷ついているとも知りません。人の足を踏んだ人は、踏んだことにも気づいていない、大したことがないと思っています。

現地採用を見下す人々

質問をする人の中には、「駐在なら責任者だが、将来的には帰国前提。現地採用ならスタッフ・リーダーレベルで、帰任はない。というのを確認したい」という人がいます。しかし、役職はそれこそ名刺で分かります。3年から5年で帰任する駐在員が多いのは確かですが、待遇や将来性の無さから同じ日系企業で働き続ける現地採用者もまれです。結局は、「ご出身はどちらで?」に類似した会話のつなぎが、相手が不適切だったので反発される、ということです。

困ったことに、現地採用と聞くと見下していると受け取られる態度をとる人も少数ですがいます。露骨に関心を失ったり、無視してコミュニケーションから外してくる人たちです。理由は、自分と異なるコミュニティに相手が所属しており、なおかつ、自分がメリットを得られない人間関係だからです。相手の人となりではなく、相手の社会的地位で物事を判断する人といって良いでしょう。

駐在、現地採用は身分制度

「正社員ですか?派遣ですか?」

「駐在ですか?」という質問がいかにセンシティブかは、日本では、
「正社員ですか?派遣ですか?」
の質問にたとえられます。「海外で働いている事情は」「当地での付き合いがどれぐらい長くなるかに関わる」「別に事実を聞いてるだけだし」と言ってる人たちも、このたとえを説明するとさすがに言葉につまります。本人の事情や動機なんか何だっていいのです。駐在・現地採用というのは、正社員・派遣と同じ身分制度なのです。例外もありますが、派遣が仕事ができれば正社員になれるわけでないのと同様に、努力や成果で現地採用が駐在になれるわけでもないのです。現地採用のキャリアパスの先に、駐在があるわけでないのが絶望の縁です。平社員が課長・部長に昇進するのとは違うのです。現地採用が駐在になるには、日本本社への転籍が必要です。仕事ができるのは当然として、現地法人の強い推薦と、本社の予算と在籍に空きが必要です。
人生の積み上げの結果で、派遣だったり、現地採用をやっているわけですが、それと仕事への能力は直接的には関係していません。入り口が違うのが最大の理由です。仕事のパフォーマンスと、待遇がリンクしているわけでないのが、身分制度が非難されるべき理由です。

外国人は大学名や勤務先を聞かないのか?

本記事の初めのツイッターで言及されている「外国人は大学名ではなく、勉強した科目聞くし 企業名でなく、業界を聞く」について。
少なくとも私の環境では、大学名も勤務先も聞かれます。
これは、バックグラウンドが近く、同じコミュニティに属している相手であれば、聞くこと自体が失礼にあたらないからです。駐在が駐在に「駐在ですか?」と聞いても「駐在です」と返事されて終わるのと同じです。初めて会う人と話をするにあたって、類似の属性を探してそこからから話の糸口にしようとするのは、一般的です。「NUS(シンガポール国立大学)に行ってたんですけど、今も勤務先が隣駅のワンノースのアップルなので、いまだに学生気分で」というように。これが、本人が国立大学卒で、話している相手が私立大や海外校の可能性が高いと思われれば、共通の属性とならないため、こういう無意味な話題は避けられます。むしろ、学部での専攻や、有名企業でなければ業界や職種を話したほうが、共通項が得られる可能性が高いでしょう。

つまり、このツイートの方は、「海外の大学なので聞いてもどうせ分からない」「自分のコミュニティ外の外人枠だから大学名を聞いても接点にならない」と思われているのではないでしょうか。私の今の環境での判断ですが。
そもそも「外国人」と主語が大きい時点で、このツイートを読む側にも注意警報が出て良いところです。

「海外で働いている私、すごい」

海外で働いていると、"海外ハイ"な時があります。「海外で働いている私、すごい」という高揚感です。
ところが、日々の生活では、
・職場では駐在に指示された翻訳や雑用をして、
・家に帰ると他人とルームシェア(フラットシェア)で完全なプライバシーがなく、
・日本人独身男女が女性に偏っていることからパートナーを作るにも苦労し、
・永住権のハードルがあがっていることから就労ビザ更新に冷や冷やするのが、
シンガポールでの現実です。
・年金も大半は納めておらず、日本のセーフティネットを自分で捨てた結果とはいえ、滞在国の社会保障からも漏れています。
将来をうっかり直視すると、不安は底知れぬものがあります
高揚感をぶち壊して、現実に連れ戻す質問が「駐在ですか?」なのです。このギャップの深さゆえ、傷つき方も大きいのです。

強く生きてください

すすめませんが、希望もゼロではないシンガポールの現地採用

現地採用への風当たりでいうと、シンガポールは恵まれています。金融フロント、医師、弁護士、外資系企業専門職という、高給であったり社会的地位が高い現地採用者がいる国だからです。さきほど、「現地採用は絶望の縁に立っている」と書きましたが、そこにいない人たちです。「日系企業の現地採用」=「苦労している」、というのは発展途上国勤務の現地作用と同じ評価ですが、駐在並かそれ以上に稼ぐ現地採用もいることは知られています。海外でも日本人としての生活を、家族を持っておくることができる人たちです。

※参照: シンガポールでの現地採用の給与水準です。
uniunichan.hatenablog.com

海外日本人村は階層化しています。駐在と現地採用の分断は埋められません。駐在は現地採用のことを全く気にもかけていませんが、多くの現地採用は駐在を強く意識しています。現地採用が強く生きるには、結局は稼ぐことに尽きます。

  1. 駐在に転籍
  2. 稼ぐ自営
  3. 外資系企業専門職
  4. 日本に凱旋帰国して欧米外資系企業勤務

が、成功した現地採用出身者のキャリアパスです。
いずれもかなり困難な道のりです。努力以上に、景気と運にも左右されます。そして最も可能性が高いのは、海外に残留する1, 2, 3ではなく、4.の日本への凱旋帰国です。
安易に海外就職をする前に、本当に家族・友人・日本の社会保障を捨てて、一か八かでとる海外就職のキャリアパスが、日本でのキャリアパスより優れているかを、慎重に検討されることをおすすめします。
強く生きてください。


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