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シンガポールの選挙制度~2015年総選挙~

シンガポールで総選挙が2015年9月11日に行われました。本記事ではシンガポール選挙制度の特徴を書きます。選挙結果は次回の記事で分析します。
投票率は93.56% でした。与党PAP (People's Action Party: 人民行動党) が全89議席中83議席を獲得し、得票率69.86%で、次期も政権を擁立することになりました。PAPは1959年以降現在にいたるまで、一度も途切れること無く、単独で政権を擁立しています。前回2011年総選挙から10%近く得票率を回復し、2001年からの下落傾向を強く押し返したことで、与党PAPの地滑り的大勝と言われています。
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地図で赤色が与党PAPが勝利した選挙区、青が野党WP(労働者党)が勝利した地域です。29選挙区中、27で与党が勝っているので、真っ赤っ赤です。


有権者の64%が投票したシンガポール与党、24%が投票した自民党

「独裁政権」「強権政治」などという批判を受けることがあるシンガポールの政治ですが、その源泉は国民が政府を信任していることによります。
シンガポールで与党PAPの投票者からの得票率は69.86%、日本では2014年衆議院議員総選挙小選挙区での与党自由民主党の得票率は48.10%です。ところが、母集団を投票者でなく全有権者にすると、シンガポールでは全有権者のうち64%が与党PAPに投票し、日本では自民党に投票したのは24%にとどまります。日本がシンガポールの民主主義を批難することは難しそうです。シンガポールの一党政権は、中国と並んで評価されることが多いのですが、シンガポールは選挙で国民からの信任を得ていることが最大の違いです。
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シンガポール選挙の特徴

シンガポールでは投票は国民の義務

93.56% という脅威の高得票率を支えているのは、投票が国民の義務であることです。不在者投票の制度がないにもかかわらず、棄権者は病気・海外に居たなどの理由でごく僅かな6%にすぎませんでした。棄権者には罰則があります。

  • 選挙人名簿からの抹消 (抹消されると、投票も立候補もできない)
  • 選挙人名簿への復活には申請が必要。棄権への適切な理由(投票日に海外に居た、病気・出産等)がなければS$50 (約4,500円) が課せられる

シンガポール選挙局: NON-VOTERS
日本でシンガポールと同じ制度をもし導入すると、手間な復活申請手続きをして罰金まで払って選挙人名簿を復活させるよりかは、二度と投票に行かない人が増え、投票する人は更に減りそうに思えます。

投票日は休日に

投票は国民の義務です。投票日は休日になります。今回は金曜日で平日したが、休日になりました。

投票の頻度が少ない

日本では国会だけでも衆議院と参議院が2つあり、しかも地方議会で県知事、都道府県議会、市区町村長、市区町村議会、と色々あります。
シンガポールでは、5年任期の国会議員を選ぶ選挙と、6年任期の大統領を選ぶ選挙の2つしかありません。都市国家なので地方議会はもともと存在しません。それだけ貴重なので、投票に足を運ぶ義務感も強いです。大統領は権限がほとんどない儀礼的な存在で、一院制の国会議員選挙が重要です。

秘密投票

シンガポールは秘密投票です。票の不正操作もありません。

  • 投票前: 立候補者と代理人に、投票箱が空であることが示され、封をされる。
  • 投票後: 立候補者と代理人の立ち会いのもと、封がされ、開票場に運ばれる。
  • 開票後: 立候補者と代理人の立ち会いのもと、投票用紙は封をして保管される。最高裁判所で6ヶ月間保管され、大統領の指示がなければ破棄される。

投票用紙にはシリアル番号があることが、「誰に投票したか分かる」というシンガポールでの"都市伝説"の根拠になっています。政府の選挙部は、「シリアル番号は、投票用紙を管理し、投票用紙偽造や投票人なりすましを防ぐもの」「シリアル番号が控えに記されるのは、追跡を可能にするためだが、選挙不正を裁判所が認定した時にのみ使われる」と説明しています。つまり、投票用紙と控えの両方を突き合せないと、投票内容が分からないので、秘密は守られるということです。
シンガポール選挙局: BALLOT SECRECY
他国からの視点でも、米国国務省の国別人権レポートは「最新の2011年の選挙は野党にとって自由で公正で開かれたものだった」と描いています。

The most recent national elections, held in 2011, were free, fair, and open to a viable opposition.
米国国務省: Country Reports on Human Rights Practices for 2014

日本人には当然に見えますが、東南アジアでこれができている国を他にあげるのは難しいはずです。あまりに同じ党が長期間にわたって政権を持っていて強いので、事情を知らない人は不正を疑うのですが、秘密投票で票の不正操作もなく長期政権を実現しています。確かに数十年前では「野党に投票して大丈夫だろうか」「野党に投票した公務員が解雇された(ただの偶然ですが)」という噂もありましたが、大丈夫なことは確定しています。政府が秘密投票を約束しているだけでなく、野党も票の不正操作を訴えませんし、反政府論調のニュースサイトすら「秘密選挙で安全だから、野党に入れよう」と説得している下記のような記事もあります。

投票には、郵送される投票券(投票所で公式の投票用紙に交換される)とICという国民背番号制の写真付き身分証明書の2つが必要なため、日本より投票者確認は厳格です。

グループ選挙区 (GRC)

それでは、シンガポールの選挙が常に公平なのかというと、そうではありません。野党は選挙制度に様々な不満を持っています。例えば、選挙区です。今回は89議席の内、小選挙区(SMC: Single-Member Constituency)が13、残り76議席が16あるグループ選挙区 (GRC: Group Representation Constituency) で争われました。

一般的に、大選挙区では、得票率に準じた議席が獲得されるるが、小政党が乱立し意思決定に弱くなる。小選挙区では、死票が増えるが、二大政党制に近づきます。シンガポールでは小選挙区制度を更に進めたグループ選挙区という1988年に導入された制度があります。
グループ選挙区とは、1つの選挙区に4人から6人の議席が割り振られ、その選挙区で最多の得票を得たチーム(党)が議席を全部取る、というものです。シンガポールでは有権者1.7万人から3.4万人に1人の割合で、1人の議員が割り当てられます。グループ選挙区でも、議員や有権者数を増減することで、一票の格差は大きくならないように組まれています。一票の格差は、シンガポールでは1.98倍、日本では最新の2014年衆議院議員総選挙で2.13倍、最高裁が違憲状態と判断した2013年参院選では4.77倍です。
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グループ選挙区の趣旨は、最低1人のマイノリティ民族の候補者を入れるのを義務付けることで、議員の多様性を確保することです。シンガポールは多民族国家です。国民と永住者では、中華系が74%、マレー系が13%、インド系が9%です。一般論として、中華系は最多である同一民族の中華系から共感を得やすく、少数派のマレー系・インド系は国民から多くの共感を得るには他民族である中華系等からの支持も必要でより困難です。そのため、グループ選挙区によって、(民族の代表ではなく)党や国民の代表を選ぶ意識となり、人口比に沿った民族の数の議員が選ばれる、この2つを両立できています。

グループ選挙区の問題点です。議席1つの小選挙区でも小政党には難しいのですが、グループ選挙区では更に議席取得の難易度が高まります。選挙区が大きくなる=平均化される、ということで、小選挙区以上に大政党が有利になるからです。今回の選挙で、30%の得票を得た野党が7%しか議席を得ていないのは、小選挙区に加えグループ選挙区が理由です。つまり、グループ選挙区とは小選挙区が狙いとする二大政党制を超えて、強力な一党政権(ヘゲモニー政党制)を作り出す制度です。シンガポールのリー・シェンロン首相は、国が小さいために二大政党制を否定しています。

二大政党制が機能しない最も重要な理由は、2つの優れた"Aチーム"を作るほどに十分な数の優秀な人を、シンガポールが持っていないからだ
the most important reason why a two-party system is not workable is because we don't have enough talent in Singapore to form two A teams

  • シンガポール国立大学: HARD TRUTHS: Not enough talent for two A teams

http://newshub.nus.edu.sg/news/1104/PDF/TRUTHS-st-7apr-pA31.pdf

他の問題点には、大臣経験者などを看板にして立候補者が組まれるため、そこに新人や魅力的でない立候補者がいても、有力者に便乗して当選してしまうこと。また逆に、有力者が引きづられて落選してしまうこと (2011年現職外務大臣ジョージ・ヨー氏落選)などがあります。

選挙区割はゲリマンダーと訴える野党

シンガポールでは選挙区はシンガポール選挙局 (ELD) が策定します。総選挙の前に行われる選挙区の再区割りでは、「新しく公団 (HDB) ができた」といった人口動態などに基づいて行われているとの説明です。しかし、シンガポール選挙局は、行政機構として独立しておらず、スタッフは政府が任命し、首相府の直属になります。

この点から、与党に有利な区割りが行われていると、野党は捉えています。選挙で特定の政党や候補者に有利なように選挙区の区割りが行われることをゲリマンダーと言います。


今回の選挙では、2011年の選挙でPAPが"歴史的敗北"と評されたのは得票率低下と初めてグループ選挙区(アルジュニード)を落としたことですが、該当のアルジュニード選挙区は区割りの変更が行われませんでした。しかし、従来グループ選挙区だったFengshan地区が小選挙区になったのはゲリマンダーだ、と野党WPは訴えています。

一般的にゲリマンダーでは、議席数に偏重を付けられても、全体の得票率は操作困難です。与党が勝ち続けているシンガポールで、与党得票率が特に重視されるのは、議席以上に得票率が与党への信任をあらわすためです。

野党選出選挙区は公共サービスで不利に

野党選出選挙区は公共サービスで後回しになることがあります。ウォール・ストリート・ジャーナル紙から引用します。

以前の選挙で野党議員を選出したホーガンやポトンパシのような地区は、公共サービスの提供で冷遇されてきた。例えば、公団設備をアップグレードする時に、計画順番でPAP議員を選出してきた地区の後回しにされた。
For instance, wards that elected opposition members of parliament in previous elections, Hougang and Potong Pasir, have been discriminated against in the provision of public services such as upgrades to public housing estates—by being placed toward the end of the queue of projects, behind wards that return PAP members.

同じウォール・ストリート・ジャーナル記事で、2011年の選挙期間中に、初代首相リー・クアンユー氏が以下のように言ったことを引用しています。この発言で、国民から怒りをかったことが、2011年の"歴史的敗北"の原因の一つにあげられています。

「我々は国民の評決を受け入れるが、国民もまた自分の行為への結果を受け入れなければならない。PAPはPAP選出選挙区を最初に気を配るのを予期すべきだ。」もしアルジュニード選挙区がPAPを受け入れないなら「後悔して暮らす5年間になる。」
"We accept the verdict of the people, but they must also accept the consequences of their actions. You must expect the PAP to look after PAP constituencies first." If Aljunied rejects the PAP it "has five years to live and repent."

リー・クアンユー氏は野党を選出した選挙区ホーガンの例を強調した。「もし人々が間違った政府を選べば、人々の不動産価格は徹底的に下落する。ホーガンで不動産価格がなぜ近隣ほど高くないか聞いみるとよい。」
He highlighted the example of opposition-held ward Hougang where, "If you have the wrong government, your property prices go right down. Ask why in Hougang the property is not as high as their neighbours."
Yahoo! Singapore: Aljunied voters will regret choosing WP: MM Lee

※野党選挙区の不動産価格が下落する、というのは事実ではない、という主張があります。 Today: PAP or Opposition ward? No difference to home value

日本でいうなら、細川内ダム建設計画に反対していた木頭村が、国からの補助金が削減されたのと同じ状況です。

「これら肯定・否定があっても、多数の国民が圧倒的に支持をしているのがシンガポールの与党PAPだ」という複雑な前提でシンガポールを把握する必要があります。


次回の記事では、今回の選挙結果の分析を書きます。
uniunichan.hatenablog.com



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