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今日もシンガポールまみれ

日本のあっち、シンガポールのこっち

シンガポール2015年総選挙~得票率70%で大勝の与党PAP~

シンガポール時事

シンガポールで総選挙が2015年9月11日に行われました。本記事では選挙結果を分析します。シンガポールの選挙制度の特徴については、こちらを参照下さい。uniunichan.hatenablog.com
投票率は93.56% でした。与党PAP (People's Action Party: 人民行動党) が全89議席中83議席を獲得し、得票率69.86%で、次期も政権を擁立することになりました。PAPは1959年以降現在にいたるまで、一度も途切れること無く、単独で政権を擁立しています。前回2011年総選挙から10%近く得票率を回復し、2001年からの下落傾向を強く押し返したことで、与党PAPの地滑り的大勝と言われています。
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シンガポール選挙局: PARLIAMENTARY ELECTIONS RESULTS

PAP大勝の理由

2011年総選挙では"歴史的敗北"とまで言われたPAP。議席占有率は、2011年の83%(87議席中81議席)から、今回の83%(全89議席中83議席)とほぼ変わりませんが、得票率は2011年の60.14%から69.86%に、10%近く巻き返しています。2001年から続いていた得票率低下の傾向を押し戻したことから、「PAPの完勝」という評価がされています。
PAPが勝った理由にあげられているものは下記です。

リー・クアンユー初代首相の死去と建国50周年

初代首相の死去と建国50周年のタイミングを活かして、リー・クアンユー氏を代表としたPAPが深く貢献してきたことで、シンガポールが建国後いかに発展してきたかを徹底してアピールしました。これまでのPAPの実績を訴え、政権運営の経験がない野党を絵に描いた餅に見せる、与党の選挙アジェンダが見事にはまりました。本来であれば、前回の議員の任期は最長2017年1月まで。そこから1年以上前倒しされたのは、リー・クアンユー氏死去と建国50週年(SG50)が大きく影響をしたと見て間違いないでしょう。uniunichan.hatenablog.com
リー・クアンユー氏死去での国民の熱狂がどれだけすごかったのかが、上記記事から少しでも伝わるかもしれません。

2011年選挙で噴出した国民不満に応じた政策が評価

PAPは、国民を啓蒙するのではなく、国民の声を聞くようになったと、評価が好転しました。具体的には下記です。
外国人労働者増加率の抑制、公共交通機関の拡充(バスの増車とMRT鉄道新路線)、高齢化への対応(パイオニア ジェネレーション パッケージとシルバーサポートスキーム)、医療制度の拡充(メディシールドライフ)、不動産価格抑制(印紙税導入)。

野党の人材不足

首相の給与のなかで、世界一高給なのはシンガポールで知られています。年収220万シンガポールドル(約2億円)です。これは2位の米国大統領40万ドル(約4500万円)の4倍強です。
シンガポール首相府: White Paper
House Press Gallery: Salaries
議員になると厚遇を受けられますが、議席を得られないとどうやって食っていくかを真剣に考える必要があります。そしてそれは、いつ議席を得られるか分からない野党からの出馬となると尚更です。PAP以外に良い人材が集まりにくいのです。しかも、今回は8党もの野党が出馬しました。全ての党が優秀な人材を持っているわけではありません。積極的にPAPを支持する人も多い一方で、野党候補の適性を考えてPAPに入れざるを得ない人もいます。

"新国民"の影響は

シンガポールの野党支持ニュースサイトなどでまことしやかに主張されているのが「新しくシンガポール国民になった移民が現政権PAPに感謝して投票し、それが与党得票率を10%押し上げた」というものです。この主張に合理性があるか検証しましょう。2つあげます。

1. 野党得票数12万票減

与党得票数での新国民効果を論じる以前に、野党得票数が2011年の80万票から、2015年の68万票に、12万票も減っています。
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一部主張の「新国民は与党に感謝して投票する」理論が仮に正しいとしても、新国民ができるのは与党の得票数を押し上げることです。野党の得票数を下げることは不可能です。2011年に野党に投票した人の中で12万人が、今回は野党に投票せず、野党離れをしたことは明らかです。

2. 新国民の数

上記の1.だけで十分なのですが、別の視点からも解説します。2011年から2014年までに新しく国民になった人の総数は、7.7万人です。2013年は新国民の年齢層が開示されており、21歳以上が59%です。
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59%を7.7万人に割り当てると、4.5万人。前回選挙以降に新しく国民になった有権者全ての4.5万人が与党に投票したとしても、全有権者(247万人)の1.8%にしかなりません。帰化した時は未成年でも今回の選挙までに投票権を得た人もいますが、全未成年が投票権を得たと極端な仮定しても、7.7万人では3.2%にしかなりません。これでは新国民が選挙結果を覆すのは無理です。勿論、与党の得票が増加した36万票を、新国民だけで説明できる数ではありません。
なお、建国からこれまでの新国民の総計は私がしる限り公開されていませんし、考慮しなくとも推察可能です。2011年総選挙で40%の得票率を野党が既に得ています。新国民の論点は、野党得票率が40%を割ったのは何故か、新国民がそこにどう影響したかです。2011年との差分だけを考えれば必要十分です。
本項目は英語ブログにもしています。
Lost in Singapore — Myth: Did New Citizen change Singapore general...
シンガポールは住民の1/3が外国人でも、永住権や国籍取得には、優秀なホワイトカラーであるか国民の家族である必要があります。選抜を経ていても、国民の"新"国民への抵抗は一部であります。日本も移民国家を目指す動きもあるようですが、ブルーカラーの移民も歓迎するのか、ブルーカラー移民にも永住権・国籍を付与するのかは、慎重な検討が必要です。

争点

その他の争点に触れておきます。なお、他国からよく非難される言論の自由は、選挙の主要な争点でありません。

外国人移民

野党支持者が必死で喧伝していたのが、外国人移民の問題。政府は人口維持のためには、現状の出産率では毎年2万人の移民を国民に迎え入れることが必要と、これまでに資料を提示しています。uniunichan.hatenablog.com
新国民の母体となるのが永住者であり、永住者の母体となるのが外国人労働者です。野党支持者は、公共交通機関の混雑や、仕事が外国人にとられることを指摘しました。与党は外国人労働者受け入れの微増、野党は同数維持か削減を提示しましたが、野党は敗れています。
シンガポールでは外国人犯罪や摩擦などで、時折ナショナリズムが高まることがありますが、今回の選挙では移民は広範で決定的な問題になりませんでした。ネット世論では外国人移民は大きな問題ですが、ネットの一部コミュニティの中では関心が強くとも、波及効果が限定されているということです。

シンガポールの民間調査会社Blackboxでの2015年7月の世論調査を見ると、「人口管理」は21個のリストしたテーマで16位、平均満足度76.4のところ人口管理は61でした。最低スコア39を獲得したのは車の価格です。この数値を見ても、国民の移民への怒りは、重要視されるべきでも、小康状態にあるのが分かります。
Blackbox: YouKnowAnot July 2015
選挙の結果を見ても、外国人移民に労働ビザを発給する労働省MOM大臣の選挙区イーストコーストGRCは、注目選挙区となりました。与党の平均得票率には及ばないものの、60.73%で前回総選挙より5.9%得票率を伸ばして、割りと危なげなく与党が勝っています。

野党運営町議会を巡る疑惑追求

AHPETC(アルジュニード・ホーガン・ポンゴル・イースト・タウンカウンシル)という野党WP選出区のため、野党が管理している町議会で不正会計疑惑が起こり、与党と(政府系)マスコミは連日追求を続けました。しかし、WPが立候補した選挙区では、得票率は低下したものの、他の野党と比べると下落率は然程ではありませんでした。野党WPがダメージコントロールをできていたと見てよいでしょう。

選挙区 2011年野党得票率 2015年野党得票率 差分
全体 39.86% 30.14% -9.72%
アルジュニードGRC 54.72% 50.95% -3.77%
イーストコーストGRC 45.17% 39.27% -5.90%
ニースーンGRC 41.60% 33.17% -8.43%
ホーガンSMC 64.80% 57.69% -7.11%(2012年補欠選挙62.08%と比べて-4.39%)
ポンゴルイーストSMC 41.01% 48.25% +7.21%(2013年補欠選挙54.50%と比べて-13.49%)
センカンイーストSMC 41.89% 37.89% -4.00%
強制貯蓄年金 (CPF)

シンガポールにはCPFという、政府が義務付ける強制貯蓄があります。CPFには幅広い社会保障の役割があり、その最大のものが年金です。日本のような世代間での賦課方式ではなく、個人の口座で運営される積立方式です。年金以外にも、医療費や不動産購入といった資産形成などの役割もあります。野党が指摘する問題点は大きく二つ。
・2.5%から5%の利率は低い (利率は口座によって変わる)
※元本保証で、積立額や目的により利率が異なる。利息は政府系投資ファンドの運用益で出している。
・55歳になるとミニマムサムと言われる金額を残して、現金に引き出し可能。そのミニマムサムの金額が年々上昇
※インフレ・医療高度化・長寿命化のため老後に必要な金額は上昇

物価上昇
経済格差

最低賃金制導入に代わる割増賃金制(Progressive Wage)の導入。

政府への監視機能

野党WPは、実質的に野党の役割を果たし、PAPをチェックするためとの主張で、20議席獲得を目標にしていました。
The Guardian: Singapore's ruling party batters opposition in huge election win

PAP大勝に驚いた人達

シンガポールの与党PAP大勝は、シンガポール在住者で私の周囲の大半が予想していたことでした。ところが、そうは捉えなかった人達もいます。特徴的だったのは、日本の一部マスコミと、シンガポールの野党支持ネット民です。シンガポールでは選挙期間中に世論調査は行われません。そのため、選挙結果が出るまで、結果を予想しにくい環境ではあります。

日本の一部マスコミ

野党各党は候補者調整をすでに終え、野党が初めて全29選挙区でPAPと対決する「一騎打ち」となり、躍進が予想される。
産経: シンガポール議会解散、9月11日総選挙 リー・クアンユー氏死去後の政権テコ入れ狙う

この予想が出てきたのは、2012年(ホーガン選挙区:62.08%の得票で野党WP勝利)、2013年(ポンゴルイースト選挙区:54.50%の得票で野党WP勝利)とあった二度の補欠選挙で、二度とも野党が勝利したことによります。改選前議席が7しかない野党にとって、2議席を補欠選挙でとれたのは重要です。特に、ポンゴルイーストは以前は与党選挙区だったのを野党がとったため、価値が大きいものでした。
ところが、その後の3年弱での与党の政権運営と、リー・クアンユー前首相死去、SG50などなどにより、風向きは大きく変わりました。その予兆を示していたのが下記の世論調査です。リー・クアンユー死去時には、一年前と比べて、政府満足度が10%近く上昇し、80%にまで上がっています。この風向きの変化に気づくには、補欠選挙のマクロだけでなく、多少とも現地に根を下ろしていることが必要でした。
Blackbox Research: YouKnowAnot July 2015: Pre-Election Exclusive

SNSバイアス

次に、与党大勝を読み違ったのは、シンガポールの野党支持ネット民を中心としたネットバイアス特にSNSバイアスが強い人達でした。タイミングは二度ありました。


一度目は最大野党WPの集会です。数万人が参加したと言われています。有権者が246万人のシンガポールで数万人は1%に匹敵します。日本での有権者が1億人なので、人数比にすると日本での100万人動員に匹敵、というと規模感が分かるでしょうか。
二度目は、野党集会の動員後にネットを駆け巡った、出所不明の「賭けのオッズ表」です。
これによると野党が14議席を獲得し、改選前7議席から倍増しています。これがシンガポールでSNSやWhatsappを通して、相当広範囲に広まり、マスコミや候補者も言及しています。落選するとオッズ表で評された労働省MOM大臣は「オッズ表を見て当惑した。住民からの反応で、前回2011年総選挙よりずっと歓迎されていたからだ。なので、オッズ表は無視することにした」と語っています。日本ではSNSやネットでの反応と、選挙結果のギャップは広く知られていますが、シンガポールではギャップの認識はあっても、免疫は日本より低いです。
Singapore 2B: Do you know as much as a bookie?
Straits Times: We ignored bookies to focus on what's right: Swee Say
これら二つを象徴として、投票日ごろには"野党躍進"と考えるシンガポール人が増加しました。

PAP大勝の意味

リー・シェンロン首相には

リー・シェンロン首相にとり大きいのは、「リー・クアンユー初代首相が亡くなったあとでも勝てた」ということ。今年3月に亡くなったリー・クアン・ユー氏は、リー・シェンロン氏の父親でした。今回の選挙では、弔い合戦での得票も少なく無いでしょうが、(国内では無いのに)国際的には今でも一部にある「親のカリスマが無くなった後の息子は…」という見方を吹っ飛ばせることです。
また、リー・シェンロン首相も今年63歳で、今回の首相の任期を満了すると68歳。次回か次の次の選挙までには後継者を擁立する必要があります。現時点で国民が次期リーダーと予期する人物は、まだ見えていません。政府のリーダーシップが強力で影響が大きい国の構造になっているため、有能で汚職がないリーダーを選べるかに、シンガポールの今後の発展はかかっています。

在シンガポール外国人には

就労ビザの発行が現状より厳しくはならないことが期待されます。

不動産購入時の印紙税廃止への期待

不動産仲介業の団体SRXは、投票日に住宅購入時の印紙税撤廃を求めるリリースを出しています。
AsiaX: 住宅購入者にかける印紙税は撤廃を、不動産仲介業界が要望


※本ブログの記述は、筆者の調査・経験に基づきます。記述が正確、最新であることは保証しません。記載に起因する、いかなる結果にも筆者は責任を持ちません。記載内容への判断は自己責任でお願いいたします。

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