2020年7月16日
この編集長への書簡は、日経アジアンレビューに対して2020年7月16日に公になった。
2020年7月11日
奥村茂三郎様
編集長
日経アジアンレビュー
奥村さん
7月1日にネットで発表された、Sudhir Thomas Vadakethによる記事"シンガポール選挙を揺るがすコロナウイルスと不平等の脅威"に言及します。
記事は、事実誤認と誤解を招く記述が含まれています。シンガポール政府が起こした"と認識されているパンデミック過失"が、4万4千人のCOVID-19感染者を生み出した。と記事は主張している。むしろ政府は、パンデミックの発生から、迅速、プラアクティブ、慎重に行動してきた。2人の閣僚を含む多省庁タスクフォースをたちあげ、国内で最初の患者が見つかる前ですら、感染発生を管理している。(編注: シンガポール最初の患者発見は1月23日。同日に多省庁タスクフォースが設立。)
現在までに、確認した感染者の大多数は、寮に住んでいる移民労働者だ。グループで人が集まっている環境では、感染の大きな可能性があることは避けられない。職場、家庭のような社会的な場所でも同じことを見ている。移民労働者寮や、飛行機やクルーズ船のような類似環境でも、COVID-19の重大な感染になりうることを、同様に見てきた。
移民労働者と広範囲なコミュニティの健康を保証するために、寮に住んでいる移民労働者への積極的で広範囲な検査をシンガポールは行ってきている。
感染者の発見と、移民労働者寮の体系的な点検に加えて、脆弱であるか、COVID-19にさらされるリスクが高いと思われるグループに、積極的な検査を行ってきた。例えば、建設、海洋
、プロセス(石油化学製造)セクターで仕事に戻った労働者に、定期的な検査を始めている。
このストラテジーの結果として、感染した労働者を特定し、隔離し、必要な医療治療を提供でき、大規模な市中感染をくい止め、死亡率を0.1%以下の極めて低い値にとどめている。感染者の大半は医学的に健康で、軽症か症状がない。それゆえに、発見した多数は、積極的な検査方針の反映で、正しく責任を持って行ったものである。
Vadakethは、過去20年間の"負の結果を軽視"しているが、経済成長を"やみくもに崇拝"と歪んだ絵を書いている。誰も取り残されない包括的な社会を追求しており、階層移動の成約を解決する継続的な努力を政府がしてきたことには、ふれていない。
過去数十年に渡り、広範囲な実質所得成長を維持することで、絶対的な社会的移動を守ってきた。2014年と2019年の間に、下位10%にあたる収入の世帯が、年に3.9%から4.5%の他階層より大きな実質成長を享受してきた。上位10%の収入層が、年2.5%とゆっくりな実質成長だったにもかかわらずだ。
国民に平等の機会を提供することを助け、生活環境を改善する機会を失わないように、様々な政策を政府は導入してきた。例えば、2016年に、シンガポール政府はKidSTARTを導入した。低所得で脆弱な家庭が、子どもを人生で良いスタートをきることができる支援のプログラムだ。低所得グループに、プレスクール(保育所/幼稚園)から高等教育への全域にわたって、教育支援金を増やしてきた。
正式な教育年次以外では、2015年に国民運動のスキルズフューチャーを導入した。国民が雇われるために、国民にスキル向上の機会を提供する。
職場にいる低所得シンガポール人への支援を強化を続けている。ワークフェア (Workfare) のような10億ドルプログラムを通して、高齢で低所得の労働者に企業が支払う給料に、40%もの上乗せを政府が提供している。段階給与モデル (Progressive Wage Model)は、労働者を向上することを助け、最低賃金では提供できない、明確で継続的な段階になっているスキル、より良い仕事や給料を作っている。
清掃員、警備員、庭師は、過去5年間で実質30%の賃金が上昇した。リタイア後に蓄えが十分でない人を対象にしたシルバーサポートは収入補助を提供し、2016年以降、この層にS$16億(11.5億米ドル)になっている。
公共住宅 (HDB) について、"突然の政策転換"をシンガポール政府が行ったと、Vadaketh は誤解を与える主張をしている。公共住宅は、独自のシステムで99年の賃借権で販売され、シンガポール居住者(国民/永住者)の80%以上が住み、約90%が所有権を持つ。
不動産の賃借が切れたときには、将来のシンガポール人が利益を受け、国土の再開発のために公共住宅は国に戻ることになると、シンガポール政府は常に広報してきた。公共住宅ばかりでなう、私営の賃借物件でも同じことが当てはまる。公共住宅を買う人は、インフラアップグレードへの気前がいい補助金ばかりでなく、住宅購入時にかなりの政府補助を受けている。
大きく補助金を受けている公営住宅に住んでいるオーナーは、99年賃借の条件で、手頃な価格の住居に住む恩恵を受けてきた。もし、住居に住むことを望まなければ、市場で売ることも収入のために賃貸に出すこともできる。公共住宅は多くのシンガポール人に手頃な価格で品質の高い住居を提供し、老後の収入を補うことができる価値を保存している。
移民のために「生まれながらのシンガポール人は、マイノリティに陥った」との主張をVadakethはしている。この主張は真実ではないし、生まれながらのシンガポール人と帰化の間に線を引こうとするVadakethの動機に疑問が生じる。外国人嫌いと社会の分断に火を注ぐ。結果として、多くのシンガポール人が大切にしている価値ある社会調和に逆行している。
日経は、自社の高い基準でプロフェッショナルな報道を維持し、偏った誤解がある特定個人の意見を今後は避けることを、私は希望する。
敬具
Peter TAN Hai Chuan
大使
在東京シンガポール大使館
Cc 岡田直敏様
日経 代表取締役社長
・在東京シンガポール大使館: Letter from Ambassador Peter Tan to Editor-in-Chief of Nikkei Asian Review