今日もシンガポールまみれ

日本のあっち、シンガポールのこっち

「HDBは価値がゼロにならない」というシンガポール人の期待の根拠

HDBとは

いつも以上にマニアックな話です(笑)
シンガポール人の81.9%はHDBという役所が供給する公団に住んでいます。HDBの持ち家比率は約90%と公表されています。シンガポール全体での国民・永住者の持家率は90.3% (2014年) です。
Statistics Singapore: Household Income from Work
建国前後のシンガポールが貧しかったころから、経済対策の一貫として強力に推進されました。持ち家政策になったのは、不動産を通じた国民の資産形成に加え、リー・クアンユー首相が「住居を所有することで、移民国家も社会的安定が実現する」と考えたためでもあります。

"if every family owned its home, the country would be more stable". He believed that a "sense of ownership was vital for our new society which had no deep roots in a common historical experience".
People's Action Party: Lee Kuan Yew's legacies

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写真は、数々の賞もとりシンガポールで最も人気のあるHDBの一つ、The Pinnacle@Duxton。50階建てで、屋上には展望デッキもある。2004年に$34万(2,800万円)で購入したものが、2014年末に$90万(7,000万円)で売買されています。

99年の賃貸借契約がHDBの実態

HDBは持ち家とは言っても、99年という政府からの長期賃貸借契約 (lease) で、期間満了後は国に返還になる契約、というのも知られています。余談になりますが、「それって長期賃貸であって持ち家じゃないよね」と思われた方。HDBは声明を出していて、このように説明しています。

  • 不動産価格が上昇すれば資産形成に貢献する (賃貸が長期契約になると売買可能な契約もあるとか言ってはいけない)
  • プライベート(コンドミニアム等)でも99年物件は一般的だから

HDB: Since HDB flats are sold on a 99-year leasehold, why does HDB call it “home ownership” when it is essentially a “rental” arrangement?

ところが、外国人は「99年経ったら国に返還でしょ?」と字面通りに思っていますが、一部のシンガポール人には「99年経っても追い出されたり、価値がゼロになることはないよね」と信じている人が実は一定数います。
「そういう契約なのに、どこまで国におんぶにだっこなんだ?」と外国人は思ってしまいがちですが、シンガポール人がそう思ってしまう事情を今日は説明します。
理由は1995年8月に導入されたSERS (Selective En bloc Redevelopment Scheme)という制度です。
HDB: Selective En bloc Redevelopment Scheme (e-SERS)

エンブロックとSERS

シンガポールにはEn-bloc (エンブロック) という制度があります。プライベートのコンドミニアムやアパートで、築10年以内は9割、10年超は8割のオーナーが賛成すれば、反対者がいても建物全体が販売可能になる制度。
MND: An application for an order for en-bloc sale by majority consent under Part VA of the Land Titles (Strata) Act

上記は売り手側の制度ですが、政府が買い手となり、権利者から強制的に買い上げる制度がSERS(Selective En bloc Redevelopment Scheme)。これまでで79の地区でSERSが行われ、建物数で言うと数百は軽く超えます。
HDB: SERS Projects: Completed Projects

SERSに満足のシンガポール人

日本人がそう聞くと「住み慣れた土地を国の都合で離れないといけないなんてかわいそう」と強権的に聞こえますが、シンガポールではSERSに該当すると住民は喜ぶことが多いです。政府調査では85%から90%の対象者が満足しています。
HDB: SERS Survey
理由はこちら。

  • 先祖代々住んできた土地、というのが基本的にない新しい移民国家
  • その土地から移りにくい農業などの産業従事者が小さい (シンガポールで第一次産業のGDPは0%(実際はかすかにありますが概算するとゼロになる))
  • 新しく購入したHDBの賃借権は99年にリセットされる。
  • 政府の買取価格は市場価格: 種類・大きさ、何階か、残存賃借期間、リノベーション、方位が考慮される
  • 補償対象: 引越し費用、印紙税、登録の弁護士費用
  • 住居の状態(リノベーションなど)も加味して買取価格が決定される。
  • HDBを補助金付きで購入できる。
  • 新築HDB購入が、一般抽選の前に優先的に可能。(各居住区の10%までがSERS優先購入対象枠)

キモは「新しく購入したHDBの賃借権は99年にリセット」というところです。これによって、中古HDBが新築になり、かつ、賃借権が元の99年にリセットされて伸びるという内容です。住所が変わったとしても、経済的に十分補填されている内容に聞こえます。

SERS選定

SERSが選ばれる対象は下記であることが明かされています。

  • 住民に新しい住居をとして適切な移転地があること: 地域コミュニティを維持するためで、特に高齢者に重要
  • 再開発が経済的に採算がとれること: 再開発、金利の土地の最適化、取得コストを考慮
  • 資金となりうる財源があること

Strait Times: Parliament: Khaw Boon Wan explains how HDB flats are selected for Sers
経済的に採算がとれる再開発となると、築年数が大きく価値が落ちた物件が対象になりやすいことは確かですが、築年数が大きいだけでも対象にはならないことも分かります。

SERSの今後

政府機関としてのHDBは1960年にスタート、1964年に導入されたThe Home Ownership for the People SchemeでHDBは持ち家政策となり、これまでに99年は経っていません。つまり、99年の賃借権が切れた物件がありません。HDBの建物が、99年間、建て替え無しで存続する堅牢性を持っているとは考えにくいですし、内装メンテナンスは住民ですが建物や共用部メンテナンスはHDBに責任があります。
築年数の経過につれ、賃借期間の現象と建物老朽化で市場価格が減少するはずですが、老朽化HDBは希少な都心部にあるものが多く、中古HDBは永住者PRも購入可能になることから、新築HDBより高額なことがザラです。つまり、築年数を経たHDBも、SERSを実施する政府負担はそれほど減少しません。
今後、シンガポール政府は老朽化HDBがSERSの対象になるプレッシャーを国民から受けることになりますが、それにどう方針決定するかで政府財政や都市計画に大きな影響が出るでしょう。
HDB: Public Housing in Singapore: The Home Ownership for the People Scheme

参考

HDBでは様々な社会政策が実行されています。人種融合政策としてのHDBに興味がある方は下記記事もどうぞ。
uniunichan.hatenablog.com


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