今日もシンガポールまみれ

日本のあっち、シンガポールのこっち

「引退富裕層が相続税対策にシンガポール移住」は都市伝説だ

「引退した富裕層が相続税対策にどんどん移住してくる国がシンガポール」というイメージを持たれています。そのイメージが正しいかを検証します。今回の記事の結論は、下記にある私のツイートです。

フローの富裕層とストックの富裕層

富裕層には二種類あります。

  • 不労所得や自己資産管理で収入を得ている富裕層
  • 高所得の労働から所得を得ている富裕層

前者がストックの富裕層、後者はフローの富裕層です。職業では以下のように例示できます。

  • ストックの富裕層: フローの富裕層が蓄財し引退、資産家(地主)
  • フローの富裕層: 成功した起業家、ファンドマネージャーや外資金融(フロント)、士業(医師・弁護士・会計士)、大企業役員

税目的移住では、ストックの富裕層は主として相続税・贈与税回避、フローの富裕層は所得税・住民税回避になります。

相続税回避の方法

日本の相続税を回避するには以下のいずれかを満たす必要があります。
1) 親と子が共に5年以上海外に居住
2) 子が海外に居住し、かつ日本国籍ではない
国税庁: No.4138 相続人が外国に居住しているとき
いずれもハードルが高いです。特に2)は子供に日本国籍が残っていれば相続税対象になるため、日本国籍を捨てるのは大きなリスクですし、金で国籍が買える国では日本国籍を捨てると相続後に窮することになります。シンガポールでも居住・労働実績がなくてもなんとかなるのは永住権 (PR: Permanent Resident) までで、市民権/国籍 (Citizen) はハードルが高いです。SGでの永住権取得状況詳細や、永住権と市民権との違いについて詳細を知りたければこちらを参照下さい。
結果として、1)により相続税回避を狙うことになります。となると、元気で柔軟性のある子どもだけなら良いのですが、高齢の親も最低5年間は海外居住が必要になります。この場合でも、相続税非課税になるのは海外の財産のみで、日本国内の財産は相続税対象です。海外居住で相続税回避を検討するのであれば、シンガポールには相続税が無く治安も良好なので最適の国の一つになります。

生前贈与

シンガポールで最近目立っているのが生前贈与です。相続税回避を実行している人はほとんどいませんが、生前贈与での節税をするためにシンガポール移住しているのが数百人いると一説では言われています。
贈与者(親)と受贈者(子)が、共に海外で5年間日本非居住者になれば、海外財産は贈与税対象外になるというものです。
生前贈与にはメリット・デメリットがあります。生前贈与して子どもの親への態度は変わらないのか、あるいは親には不都合があっても子どもが複数いる場合には相続で財産分与するよりもめないんじゃないか、という考えもあります。
国税庁: No.4432 受贈者が外国に居住しているとき

シンガポール在住日本人の内訳

このうち、シンガポールで(これまでより)増えている日本人はフローの富裕層です。ストックの富裕層はシンガポールへの移住がほんのわずかか、いても数年で日本に帰国しているはずです。
日本の外務省作成の海外在留邦人調査統計を見てみましょう。
外務省: 外在留邦人調査統計
強制力のない自己申告データなので、SG在留終了者が届けを引き下げていない、現地採用者は届けを出さない確率が高い、永住権取得者は労働ビザからの切り替えを届けていない、等があり正確とは言えないですが、シンガポール政府からの発表が無いため、唯一の公開データです。
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08年の金融危機の影響を受けて、SG在住日本人総数は09年10年と減少していますが、11年には景気回復とシンガポール&アジアブーム到来で復調。日本人総数の内訳の大半は民間企業関係者とその同居家族です。2012年では2.6万人のうち、2万人がこれで3/4を占めます。残り6千人のうち、1.6千人が永住者、自由業が0.8千人、2.4千人がその他です。上記の表に記していない残りは、0.9千人の学生と教育機関研究員、0.2千人の政府関係者です。
この内、ストックの富裕層がもしシンガポールに移住しているなら、該当するのは永住者のはずです。しかし、富裕層が増加している可能性は低いでしょう。

富裕層向け永住権(FIS)プログラムの廃止

富裕層向け永住権(FIS)は2004年に導入されましたが、2012年4月に中止されました。資産が2,000万シンガポールドル超で、シンガポールで5年以上S$1,000万以上の資産保持できる外国人が、プライベートバンク経由で応募できたものです。永住権が出ない以上、死亡まで暮らす必要があるシンガポールでの相続税回避目的の移住はリスキーになりました。
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永住者は女性中心

永住者のデータの特徴は「女性が男性の倍の人数だ」ということです。男女比で34:66です。シンガポール在住日本人で女性が偏っているのは、「シンガポール人男性と結婚した層」、「現地採用者の層」です。シンガポール人女性と交際・結婚する日本人男性は少なく、男性の就労者は現地採用でなく駐在員が大半です。永住者は「シンガポール人男性と結婚した日本人女性が占めている」「現地採用から就労ビザスキームで永住権を取得した日本人女性が多い」のです。
全体の男女比は08年(比率30:70)から12年(比率34:66)の間にほぼ変わっていません。本当に富裕層が増加していれば、1,500人程度しかいない母集団の永住者で、男性比が顕著に伸びていてもおかしくないでしょう。
※自分の資産管理会社をSGに作って、そこの会社への雇用として民間企業関係者という可能性もありますが、就労目的滞在だと亡くなるまでSG滞在できるかどうかが不確定要素になるため、可能性は低いでしょう。

高齢者を見かけないシンガポール日本人村

シンガポールには明治屋という日本人向けスーパーマーケットがあります。そこでしか買えない日本の食料品などもあり、シンガポール在住日本人の生活にはかかせません。海外日本人村は、居住・食事・趣味で階層化されており、普段は異なる階層・生活グレードの人とは交差しないのですが、明治屋のみが日本人ならほぼ誰でも使うためその例外になります。その日本人でごった返す明治屋で、身なりの良い老夫婦の買い物を私は見たことがありません。もちろん、買い物をメイドにさせている可能性はありますが、高齢者日本人を見かけることは皆無なのです。

ストックの富裕層がシンガポール移住をできない理由

なので「富裕層が日本から続々と移住で押し寄せてる!」は誇張です。少なくとも、「日本で蓄財した高所得者が引退し、子どもの相続のために相続税が無いシンガポールに移住し、税対策する」というのはあり得ません。

  • 日本語が通じない
  • 医療は特に高齢者に必須ですが、日本非居住者には日本の国民健康保険対象外 ※グレーな方法で日本に住民票を残し加入可能。それでも日本の保険点数での金額の保険負担分のみがカバーされ、高額な海外医療価格との差分は自己負担。かつ住民票を残すと住民税対象に
  • 介護を日本語で受けられない
  • 日本の知人・親族と分断される

引退した富裕層がSG移住するのを妨げる最大の理由は、日本語と医療/介護でしょう。旅行や駐在程度では英語に問題が無い人でも、医療や介護を英語で受けるのはひるむでしょう。シンガポールには日本人医師もいますが、シンガポールの規制で、日本での医師免許では一般医しかできず、専門医には日本人はなれません。なので、手術や高度医療が受けられません。しかも、本人だけなら良いのですが、語学が本人よりしばしば不得手な配偶者も同行でしょう。相続税回避のためだけに、シンガポールを終の棲家にして医療と介護を耐えしのいでこの地で死亡し、子供に財産を残す根性がある人は滅多にいません。
他にも、四季がなく飽きやすい、和食が入手可能でも高価で日本ほど選択肢がないとか、サービスレベルが低い、といった点も、高齢者移住の妨げになるでしょう。
これらが原因で、移住を断念、移住をしたものの相続税が免税になる5年超の滞在を満たさずに途中で帰国する、というケースが多いのです。
相続税回避の要件1)は「親と子が共に最低5年は海外に居住し、親は海外で死亡するという意味です。相続時に親の海外居住が必要事項なので。日本での医療水準と日本語での医療と介護をあきらめてまで、相続税を節税したいと考える人はまれです。これらには何億円、何十億円と相続税で払っても、やむを得ないと考える人が大半でしょう。自分の老後に不自由までして、何のために自分で財産を築いてきた/守ってきたのか、分からないと考えるからです。


シンガポールに移住しているのはフローの富裕層の一部

これまでは日本のビジネスでフローの富裕層は蓄財していましたが、特に金融危機後に以下の理由により、日本から海外・アジアにビジネスの軸足を移す、仕事をする事が増えています。特徴は現役世代であり、自分での仕事を継続していることです。

  • 自営業: 少子高齢化の進展で日本市場が縮小する一方、アジアでは中間層勃興で市場が急成長
  • 特定金融職種(外資金融フロントやファンドマネージャー): 従来日本で行なっていた仕事が、税が安く規制が柔軟なシンガポールや香港に移転

いずれも、日本へのネガティブとアジアへのポジティブが混ざり合った結果としての、アジア進出です。シンガポールは人口500万人しかいないため、最終マーケットとしてより、アジアへのハブとして使われます。その結果、在留邦人者数が世界で7番目の都市であり、日本人が日本人を相手とするビジネスも盛んです。
法人への法人税は中小企業が大半の自営業主は、日本では赤字決算にしてほぼ払っていないので無関係でしょう。しかし、個人への所得税は、シンガポールが負担が軽く住民税が無いことも、自営業主にも魅力でしょう。
シンガポール移住での節税効果と収入別暮らし向き

市場の拡大と割安な税の魅力によって、08年には500人だった自由業が、12年には800人と、絶対数では300人と少ないものの6割も伸びています。これに専門金融職を加えたものが「シンガポールに続々と移住する富裕層」の実態と言えるでしょう。現役世代のフローの富裕層のうち、高齢者世帯よりも英語や海外生活にチャレンジする気概があり、子供にもシンガポールで与える教育を好ましいと考える、フローの富裕層の中でも一部の人達です。
※サラリーマンが出世した大企業役員では、自分自身で勤務国を選べないケースが多く、本人意思より勤務先都合のため検討しません。実数も多くない印象です。

おまけ: 外務省 海外在留邦人調査統計「その他?」

08年1.7千人から12年2.4千人に伸びている「その他」の日本人も気になります。SG人配偶者を持つ永住者が親を日本から呼び寄せているケースや届出時の選択項目ミスという従来からのものに加え、ワーホリ利用の増加が伸びている原因と推測されます。SGにリタイアビザは無いことは無いのですが、ICA(SG政府入国管理局)のサイトに記載が載ったり消えたりして存在自体が不安定なためです。これまでSGでリタイアビザで滞在している人や、このビザを取った日本人を知ってる人に会ったことがありません。
シンガポールにリタイアビザはありますか?

※『日本経済をボロボロにする人々: 安倍晋三に期待すること』 blog.livedoor.jp/nnnhhhkkk/archives/65807273.html という記事を読んで、本ブログに訪れた皆様へ。指摘された事項には、こちらで回答をしております。



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