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日本のあっち、シンガポールのこっち

シンガポール大学生就職人気企業に日系企業はゼロ: 海外で優秀層を採用できない日系企業

日本はシンガポール第二位の投資国、シンガポールは親日国なのにこの惨状、シンガポールの大学生の1/3は日系企業を無条件で就職先から除外、なぜ日系企業は就職先として避けられるのか、1給料が欧米系・地元大企業と比べて安い、2無意味な長時間労働を強いられること、3独特な企業文化への同質圧力があること、日本語を強く求められること、日系企業の対策:駐在員比率を高めた、日系企業への処方箋
シンガポールの大学生の就職人気企業100社のリストがここにあります。
trendence: SINGAPORE'S 100 leading graduate employers
asiaone: PwC is students' top choice employer... again
ドイツに本社があるtrendenceという企業による調査です。5400人の大学生が対象。
ざっと分けてみました。シンガポール政府が24団体、シンガポール企業が20社、欧米系企業が56社、アジア系企業が3社。最後の92位に12社が同位でランク入りしているため、合計103社になっています。
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※シンガポール企業には政府が持ち株を保有する半官半民が含まれていますが、厳密に分けていません。

特徴はシンガポール政府(つまり公務員)や政府系企業(シンガポール航空等)が多いこと。シンガポールではこれまでの発展経緯において開発独裁のスタイルで運営したことから、ローカルの大企業と言えば民間主導ではなく政府系多数です。
次の特徴が欧米系外資が過半数を占めていること。近年のシンガポールの躍進は、アジアのリージョンハブとしての躍進で、これはつまり外資にアジア太平洋の地域本社を置いてもらう政策です。
最後の特徴が、アジア系外資はわずか3社のみですが、日系企業がランキングに一社も入っていないことです。カジノとユニバーサルスタジオを運営するリゾートワールドセントーサ、マレーシア系銀行のメイバンク、ご存知韓国のサムスンのみ。ここに日系企業が入っていないのは、欧米と肩を並べる経済大国日本としては異常な出来事と言ってもいいでしょう。別の大学生就職人気企業ランキングであるuniversumのものを見ても日系企業は100位内にソニーが辛うじて一社のみランク入りです。

シンガポールは相当な親日国なのに、これは惨状といって良いでしょう。
今回はこの最後の特徴「シンガポール大学生就職人気企業100社に日系企業はゼロ」を深堀りしていきます。

日本はシンガポール第二位の投資国

外資の海外での雇用は投資金額と関連性を持つと考えて良いでしょう。投資を幾ら外国にしたか、外国から投資を幾ら受けたか、という金額を直接投資(FDI)と言います。シンガポール政府はFDIを発表していますが、シンガポールへの投資国にはイギリス領バージン諸島のようなオフショア国家経由での迂回投資が入っているので、オフショア国家を抜いたグラフを作成しました(注1)。
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Statistics Singapore: Foreign Direct Investment in Singapore By Country/Region, 2008-2012

シンガポールに最大の投資をしているのは米国、第二位は我らが日本です。つまり、それだけ日系企業での雇用はあってもおかしくありませんが、就職先として好まれる日系企業はゼロなのです。
投資額が一位の米国では31社、三位の英国でも11社もランクインしています(PwC、EY、バークレイズ、シェル、ユニリーバ、ロールスロイス、GSK、HSBC、スタンダードチャータード銀行、キャドバリー・シュウェップス、アビバ)。ちなみに、英国がシンガポールへの投資が意外に大きいのは、シンガポールの旧宗主国であり結びつきが強いためです。シェルのように1891年からずっとシンガポールに投資してきている企業もあります。太平洋戦争で山下奉文将軍が「イエスかノーか」とシンガポールで迫ったアーサー・パーシバル中将は、イギリス軍司令官です。(なおシンガポールに進駐した日本軍はシンガポール華僑虐殺事件を引き起こしています)

シンガポールの大学生の1/3は日系企業を無条件で就職先から除外

日系企業不人気を示すデータは他にもあります。
LEGGENDA: シンガポールの学生の就職意識調査: シンガポール系企業と外資系(日系・欧米系など)に対するイメージ (2)
「シンガポール系、外資系で働きたいですか?」との質問に、シンガポール系と米系企業への就業希望大学生は86%います。これに比べ、日系企業は68%です。これを「三人に二人は日系企業志望とは善戦しているな」と読むのは間違いでしょう。理由は総和が100%超えることから分かるように複数回答可であり、実質は「働いてもいい企業」「就職活動にあたって選択肢から除外しない企業」と読むのが正解でしょう。つまり、32%は無条件で日系企業を就職希望先から除外しているのです。実際に具体的な日系企業名を上げて働きたい人となると、大学生の就職人気企業100社リストでランキング外になっていることがよく分かります。

なぜ日系企業は就職先として避けられるのか

日系企業が就職先として人気がないのはシンガポールばかりでありません。日系企業が多数進出している中国においてもuniversumの大学生就職人気企業ランキングで同様に100位ランキングに入っているのはソニーのみ。珍しくない傾向と言えます。この理由に三つ取り上げます。

1. 給料が欧米系・地元大企業と比べて安いこと

「えっ?!日系企業が工場進出すると地元零細企業より給料が良くて求職者が軒を連ねるってニュースで言ってましたよ」と言う人。半分正解です。日系企業が雇用先として人気があるのは、その国が発展途上国で工場として進出する際です。その場合であれば、日系企業は特に地元零細企業と比べてそこそこ競争力のある給与を支払います。
問題は進出国が工場のような生産国で無くなり、募集する職種がブルーカラーからホワイトカラーに比重が移る先進国での場合です。つまり今回のような大学生就職人気企業ランキングに直結する場合です。大学生でブルーカラーに就こうとする人はあまりいないのは世界的に同様です。
他の先進国と比べた際に、日本のホワイトカラーの特徴は労働生産性の低さで、これは折り紙つきです。
しかもこの値は、日本所在の企業です。日本ではOJTやすり合わせといったハイコンテクスト環境で、空気を読みながら仕事を習熟しアウトプットを作っていきます。日本の外に出ると、言語に苦労する駐在員が現地社員にこれで仕事を教え、権限移譲するのは困難です。
労働生産性の低い職場が競争力のある給料を出せるわけがありません。これが答えです。

シンガポール特有の事情もあります。
シンガポールではシンガポール日本商工会議所(JCCI)が登録団体に賃金調査を行っています。JCCI参加の日系企業ではこれを給与水準として参考にする所があり、登録団体外のシンガポール政府・企業や欧米系企業とは孤立した給与水準になります。その結果、対日系企業でしか通じない市場競争力を欠いた給与水準になりがちです。
AsiaX: 外国人の雇用規制、日系企業の半数近くに影響――JCCI調査

2. 無意味な長時間労働を強いられること

日本人の長時間労働は有名です。韓国企業よりかはマシ程度に思われている程度です。しかも、付き合い残業のような「チームで仕事が終わっていないと全員が帰られない」という日本人以外には理解不能な"チームプレー"を海外にきても強いる日系企業があることが、悪評に輪をかけます。これは各個人の業務対象が明確で無いことからきています。
シンガポールでは残業代が付与されない契約が合法的に可能ですが、合理性のない長時間労働の職場が好まれることはありません。質を量でカバーする上述1.の労働生産性悪化の要因です。

3. 独特な企業文化への同調圧力があること、日本語を強く求められること

日系企業で働くとなると、シンガポールで言われる有名な冗談があります。「職場で体操するんだろ?」私が最初に聞いた時はなんのことか面食らいました。「出勤時に朝礼でラジオ体操をする工場・建築現場がある」ということだったのです。そしてなぜかそれが、オフィース勤務のホワイトカラーにも、ラジオ体操や、その前提となる朝礼を持ち込む日系企業があるのです。
工場や建築現場での体操は事故防止の観点から良いと思いますが、オフィース勤務では理解され難いでしょう。朝礼での情報共有や、ましてや自分の気付きの共有は、日本の小学校以来の特異文化によるアプローチであって、他国では通じません。ホワイトカラーにも朝に強制的に集合させることで、アウトプット評価でなくプロセスでのマイクロマネージメントをやってると思われるのがオチです。
同様に会社のイベントを土日にやるのも理解されません。強制なら業務時間帯にやるべきですし、業務時間外なら自由参加でやってくれ、と思われています。
加えて、出世するのに日本語が強く求められています。日本本社に英語でレポートできない日系企業が大半なためです。日本語は日系企業でしか評価されない特殊スキルのため、そこまでして日本語を学習する意欲は大半の従業員にはありません。日本語学習意欲が高いのは、アニメ・漫画など日本文化に興味がある人間のため、ビジネスと重複しないのもまた残念なところです。

日系企業の対策: 駐在員比率を高めた

この状況に、日系企業は駐在員比率を高めることで対応してきました。
欧米系企業では、特に進出して時間が経つ企業ほど、現地への権限移譲をすすめて、優秀な現地人から積極登用を模索し、費用もかさむ駐在員は派遣してもごく一部に限定します。
反面、日系企業の各国の経営は、日本からそこそこ選抜された駐在員が送り込まれることで、現場に優秀なホワイトカラー現地人がいなくても業務がまわるトップダウンの組織を志向します。結果として、欧米系企業より、駐在員比率も人数も現地採用日本人も多い組織になっています。しかも組織構造としては駐在員主導のトップダウンなのに、日本本社にお伺いを立てないと意思決定をできない企業が多く、相反しています。
各国の経営層や管理職を日本人が占めることで、現地の優秀層はキャリアパスのチャンスがないとみなし、ますます日系企業を避けます。悪循環です。

日系企業への処方箋

日系企業は負のスパイラルに陥ってることが分かります。対策は下記が考えられます。
1. 労働生産性を高め、給料を上げる。
2. 労働時間でのプロセスへの評価でなくアウトプットでの評価に移行する
3. 特異文化を排除する、そのためにも現地人に権限移譲する
この1.2.3.の全てが密接に絡み合ってるのをこれまでで説明してきました。複雑な問題のため、駐在員に依存して対応してきましたが、それでは地元で尊敬を受ける企業にはならないことが表されています。

今回の記事に興味を持っていただいた方は、こちらもどうぞ
uniunichan.hatenablog.com



<編注>
(注1) オフショア国家除外前は、1位米国、2位オランダ、3位バハマ、4位日本、5位イギリスでした。
オフショア国家判定はIMFによりました。IMFでオランダはオフショア国家でなく、香港・マレーシア・ブルネイはオフショア国家ですが、迂回投資に使われるオランダは抜き、地域的なつながりがSGと強い香港・マレーシア・ブルネイは残しました。
Wikipedia: List of offshore financial centres
(注2) 現在はリンク切れのため下記に引用します。
3.シンガポール系企業と外資系(日系・欧米系など)に対するイメージ:
「シンガポール系、外資系で働きたいですか?」と尋ねたところ、シンガポール系と米系企業が86%と最も高い人気を得ました。1位からは離されたものの、68%の学生が日本企業で働きたいと答え4位にランクインしました。
外国人学生が日本企業に就職する場合には言語が障壁となる場合がありますが、92%が海外で働く機会があればその国の言語を習得することに前向きであると答えました。
日系企業は、“楽しい職場環境”、“ 高い報酬”、“ キャリアアップ”以外にも、“グローバルなビジネス”や“専門性を活かせる”というイメージにおいては米系や欧州系に劣ったものの、“やりがいのある仕事”や“充実した研究開発施設”などのイメージではトップとなり、優秀な技術者や意欲の高い学生を採用したい日本企業にとってはポジティブな一面が見られました。
しかし一方では、“不平等な評価・給与”や“長時間労働”などのイメージをもつ学生も多く見られました。 全体的に、米系と欧州系が近いイメージを持たれており、日系企業はシンガポール系企業と近いイメージを持たれている結果となりました。
調査概要
調査対象 シンガポール国立大学・南洋工科大学・シンガポール経営大学に通う大学生
調査期間 2011年11月15日(火)~12月3日(土)
回答者数と国籍 680名
シンガポール (永住権含む) – 434、中国 – 52、マレーシア – 32、ベトナム – 23、インドネシア -20、インド – 13、その他 (各10名以下) – 45、国籍無記入 – 61


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