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シンガポールの湯の森温泉:「水道水を沸かした風呂」と記事にしたNHK

2016年5月、シンガポールのスポーツハブ内にあるショッピングモール、カランウェーブモールに"湯の森温泉&スパ"が開業しました。公式サイトによると『湯の森温泉では様々な温泉のタイプを御用意させて頂いております』とのことです。英文表記でもOnsenを利用しています。

  • 住所: Kallang Wave Mall 397628(1 Stadium Place #02-17/18)
  • 営業時間: 10時~23時
  • 利用料金: 大人 = S$38 (GST別途)、子どもと65歳以上 = S$28 (GST別途)
  • 公式サイト: http://www.yunomorionsen.com/2015/sg/

"温泉"と名前が付いているのに、驚く人もいるはずです。シンガポールで地中から湧き出る温泉は、空軍基地内にあるセンバワン温泉しか知られていないからです。

センバワン温泉は(略)、シンガポール本島におけるただ一つの天然温泉 (hot spring) であり、明らかな治療特性で人気がある。
The Sembawang Hot Spring lies off Gambas Avenue near the junction of Sembawang Road and Gambas Avenue, along Jalan Ulu Sembawang. It is the mainland's only natural hot spring and is popular for its apparent curative properties.

(参考) GOTRIP!: 都市国家シンガポールにある唯一の「天然露天風呂」センバワン温泉

シンガポール政府資料では、センバワンがシンガポール本島で唯一の温泉と明記されています。それでは、この湯の森温泉が、センバワンからお湯を輸送しているのか、あるいは他の場所から輸送しているのかというと、湯の森温泉の公式サイトには、関係する記述はありません。

NHK「水道水を沸かした風呂」

日本のNHKがこの湯の森温泉を報道しています。NHKなので、湯の森温泉とは記事中に明記ありませんが、榎川雄也支配人の名前から、湯の森温泉の記事と断定できます。

施設内には水道水を沸かした湯加減などが異なる6つの風呂が設けられ、浴衣の無料貸し出しのサービスがあり、大人1人、日本円にしておよそ3000円で日本の温泉文化を気軽に楽しむことができます。このほか、レストランやマッサージのコーナーもあって、いわゆる「スーパー銭湯」のような趣です。

NHKでは『水道水を沸かした風呂』と書いています。お湯の源は水道と明記されています。
NHK記事には温泉という言葉がでてきていますが、温泉"文化"や『シンガポール人が日本で体験した温泉』という内容で使われており、湯の森温泉&スパが温泉だとは書かれていません。

水道水を沸かした風呂は温泉か: 温泉法

日本人の感覚では、水道水を沸かした風呂は、ただの風呂です。不特定多数が入浴できるなら、それは公共浴場であって銭湯です。温泉ではありません。
水道水を沸かした風呂を温泉と言うのは、日本の法律では明確に詐称です。
日本には温泉法があります。指定される物質を含んでおり、25度以上の地中から湧き出る温水が「温泉」です。

第二条  この法律で「温泉」とは、地中からゆう出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く。)で、別表に掲げる温度又は物質を有するものをいう。
別表
  一 温度(温泉源から採取されるときの温度とする。)
                       摂氏二十五度以上
  二 物質(左に掲げるもののうち、いづれか一)

2004年の温泉偽装問題

日本では2004年に、温泉偽装問題が大きな話題となりました。
白骨温泉での入浴剤利用や、伊香保温泉の一部で水道水を沸かした風呂を温泉と称していたことなどが取り上げられました。景品表示法に基づく立入検査及び注意を当局が行いました。

現在、日本では温泉分析書で温泉成分分析の結果の掲示が必要です。(温泉法第十八条2)
これらに照らし合わせてみると、水道水を風呂に利用してるなら、湯の森温泉が温泉と称するのは日本ならば詐称で違法行為だ、ということになります。

和牛とWagyu

ところが、日本の法制度の枠組み内では詐称でも、日本の外に出ると問題がないケースがあります。その一つが Wagyu です。
日本人が和牛と聞くと、日本で出生し飼育された黒毛和種の牛肉と認識されています。農林水産省ガイドラインもあります。海外産の牛を和牛と言えば問題になるでしょう。
ところが、シンガポールで Wagyu と言うと、大半はオーストラリア産です。日本産以外の肉でも、和牛種を Wagyu といって販売しているのです。そしてそれで問題ありません。
更に、日系企業がWagyuの扱いで責められる事件すらおきています。モスバーガーです。2015年10月23日に、シンガポール発でBBCが報じました。

シンガポールのモスバーガーは「Wagyuバーガー」をわずかS$4.85 (400円) で販売。BBCは牛の情報についての情報提供を求めたが、モスバーガーはコメントしませんでした。あるレストランは「格安Wagyuパテは混ぜ物の可能性がある」とコメントしています。シンガポールでWagyuはオーストラリア産が主流です。オーストラリア産Wagyuは5段階の格付けがあり、最低でも和牛遺伝子が半分必要です。「シンガポールのモスバーガーの格安Wagyuバーガーは混ぜものだろう」と、豪州産Wagyuを扱うステーキハウスに指摘されています。

シンガポールでは、メイドインジャパンの和牛と、和牛種のWagyuが共存しており、しかもWagyuの扱いについてオーストラリア産Wagyuを使うレストランが日系企業を責めるという地獄絵図が繰り広げられています。

"湯の森銭湯"じゃダメなんですか?

文化輸出と現地化

湯の森温泉が定着すると、シンガポールでは和牛とWagyuの区別がほぼなくなったように、温泉と銭湯の区別もほぼなくなるでしょう。
シンガポールでは温泉体験自体が限定されるので、温泉文化はありません。温泉を名乗っていますが、NHKによると湯の森温泉は、日系企業ではなくシンガポール企業とのことです。また、温泉での入浴文化は、日本は確かに著名ですが、日本のみの風習でもありません。
※ただし、在シンガポールで日系企業コマースグループが、タイで湯の森を運営しているオーナー、ジョン・スミス氏とジョイントベンチャーを組んでONSEN RETREAT AND SPA (SINGAPORE) PTE. LTD. (201425725W)を運営しているというのが正確なようです。コマースグループは、在シンガポール日本人にはお馴染みの、らーめんチャンピオンや、散髪のEC Houseを運営している企業です。

文化は輸出されると、その地で独自に発展します。中国で生まれたラーメンは、日本独自な食べ物になりました。日本で生まれた寿司が、世界各地で日本と異なる寿司として発展しています。独自発展した寿司を日本人がすしポリスのように認めようと認めまいと、それが現地で好まれれば、まずは好まれているということを受け入れる必要があります。
そう考えると、銭湯と温泉との間に海外の一部で差がないことも、日本人は受け入れなければならないのかもしれません。

湯の森温泉のサイトの英語記述では、Onsenは頻繁にでていますが、hot springという単語の利用を自社施設に使うことは避けていて、「日本の入浴文化と歴史」の紹介で出てくる程度です。日本人の感覚でも日本の法制度でも、銭湯と温泉は決定的に異なります。しかし、シンガポールの現行法や制度で、湯の森が英語でない"温泉 (Onsen)"と称するのは、問題無い行為なのでしょう。そして、シンガポールでも湯の森温泉が hot spring と称するのは、問題ある行為なのでしょう。
しかしながら、言葉の豊かさは文化の豊かさです。温泉 (hot spring) と銭湯 (public bath) の区別は、日本文化に理解が深いシンガポールにとってもプラスに働くと信じています。温泉偽装問題後に、源泉掛け流しを強くアピールすることで、価値を訴える温泉が出てきています。その一方で、銭湯もスーパー銭湯などで、日常での娯楽としての価値を生み出してきています。
湯の森も、"湯の森銭湯"として銭湯の価値を、シンガポール人、シンガポール在住日本人、シンガポールに旅行で訪れる人々に、追求して欲しいと願っております。

uniunichan.hatenablog.com

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