今日もシンガポールまみれ

日本のあっち、シンガポールのこっち

なぜシンガポールの就労ビザEP新制度COMPASSはヤバいのか

ビザの話で3杯飯が食えるうにうに @ シンガポールウォッチャーです。
優遇大学(トップ校)と、優遇される不足職種が発表されたので記事を書きました。
uniunichan.hatenablog.com
シンガポール関係者で「COMPASSはヤバいらしい」とは、在シンガポール日本大使館からのメールでのアナウンスもあり割りと認知がありますが、「どうヤバい」かはまだ知れ渡っていないようです。その解説をします。
・シンガポール労働省 (MOM): Complementarity Assessment Framework (COMPASS)

スコアリング制度COMPASS

日本人に最も馴染みがある就労ビザは、今回のEP (Employment Pass) です。経営者・管理職・専門職などに使われますが、実際には職種でなく月額固定給与額で、申請できる就労ビザの種別が決まります。
EPは、ビザ申請者の個人属性と、スポンサー企業属性という大きく二要素で、発行可否が決まります。個人属性の評価は開示されており、SAT (Employment / S Pass Self-Assessment Tool) というツールで誰でも簡単に判定できます。大事なのは、月額固定給与と出身大学と年齢です。有名校出身で、年齢が若いほど、必要給与額が少なくなります。
ところが、雇用企業の評価が完全にブラックボックスで、「SATではEPをクリアしているのに、発行されない」「追加資料を求められる」「審査が長引く」ことがザラでありました。
COMPASSでは、雇用企業評価のスコアリングも開示され、ブラックボックスな判定が減る効果が期待できます。その一方で、日本語理由で日本人雇用に偏る日系企業が苦手とする、「外国人国籍の多様性」や「地元民雇用」が大きなウェイトを占めるため、日系企業は戦々恐々としています。
EP新規申請でのCOMPASS適応は2023年9月から、EP更新での適応は2024年9月からです。

COMPASS免除者

まずは、COMPASS無しでEPを取得できる人がいます。該当する方は、COMPASS詳細は確認不要です。

  • 月額固定給与$22,500以上の人
  • 日本法人からシンガポール法人など社内異動(ICT)でのEP申請
  • 短期就労者 (1ヶ月以内)

このうち、ICTはビザ取得が容易です。条件は別国での系列法人での勤務が1年以上で、職種が管理職・経営職・専門職であればよいからです。注意点があります。

  • 家族帯同に必要な被扶養者ビザDPがでなくなる
  • EP延長ができず、将来の転職でのEP発行や永住権PR取得に影響がでる可能性がある

EP難化により、ICT EPでの単身赴任になる駐在員が増えると思われます。このことにより、子どもの教育費の負担なしや、家賃の圧縮(家族帯同を前提とした広い賃貸が扶養)が、企業側にはメリットになります。駐在員側には、仕事や海外私生活でのモチベーション減退が当然発生します。

カテゴリ4つと2つのボーナス枠

COMPASSにはメインカテゴリが4つあります。各カテゴリで、0点か10点か20点。合計で40点を達成すると、COMPASSでのEP発行となります。職場の人事など、MOMのCorppassアカウント所持者は、SATというツールで確認可能です。

  • C1. 給料 (業界での地元民ホワイトカラー給与と比較)
    • 20点: 上位10%
    • 10点: 上位10~35%
  • C2. 学歴 (申請者の学歴)
    • 20点: トップ校 (日本からは東大・京大・東工大・阪大・東北大の5校のみ)
    • 10点: 大卒
  • C3. 国籍多様性 (申請者の企業内でのホワイトカラー国籍多様性)
    • 20点: 5%未満
    • 10点: 5~25%
  • C4. 地元民雇用支援 (業界内他企業と比べた、地元民ホワイトカラー雇用比率)
    • 20点: 業界内で上位50%以上
    • 10点: 業界内で上位50%~80%

給料と学歴が、申請者属性。国籍多様性と地元民雇用が、ビザスポンサー企業属性です。ブラックボックスだったスポンサー企業属性が、スコアリングで開示されたのが、COMPASSの目玉です。
あと、ボーナスポイント枠が2つあります。こちらはオプションです。

  • C5. スキルボーナス (シンガポール内での人員不足職種の該当者はボーナス点)
  • C6. 戦略経済優先ボーナス (イノベーションや国際活動で政府との繋がり)

日系大企業駐在員でも、EPがでない可能性

これまで、日本発マスコミはなんども「必要給料増加で駐在員を送れなくなる」「有名校出身でないと不利でビザがとれなくなる」とウソを書いてきました。実際には、給料に加えて、家賃や子どもの学費なども給料として申請するため、シンガポールで事業実績があればEP取得には困っていなかったはずです。影響を受けていたのは、福利厚生に弱い現地採用者でした。COMPASSでついに「オオカミ少年が来る」ことになります。大企業も含め、日系企業の駐在員も影響を受ける可能性が増します。
従来、就労ビザ取得に苦労していたのは、高給取りでなく個人属性が低い現地採用者と、勤務先が弱い新興企業系の駐在員が中心でした。今後はこれに、日系大企業駐在員が加わる可能性があります。
「給料10点、学歴10点、多様性0点、地元民雇用0点」になる駐在員が発生します。40点必要なのに、半分の20点しかとれません。チャレンジは、主に下記3つです。
1. 給料で業界上位10%に入れるか
2. 国籍多様性: 日本人雇用を25%に抑えられるか
3. 地元民雇用: 業界下位20%から脱出できるか

ここまで苦労するのは日系企業ぐらいのはずです。欧米系企業では、英語が話せれば採用される企業が大半のため、国籍多様性があり、そのため地元民雇用も多く、給料も手厚く、今回の評価項目では日系企業より優位にあることが一般的です。COMPASSで日系企業ほどのインパクトはないはずです。地元民雇用が多いローカル企業も、日系企業ほどの苦労はないはずです。

1. 給与: 業界上位10%に入れるか

給与です。月額固定給与が対象で、ボーナスなど可変給与は含めません。各種手当(赴任/扶養/子どもの教育費など)・家賃・車のリース代など、月額固定であれば含めることができます。その場合には、会社から直接支払わずに、駐在に手当として払いましょう。

まずは、年齢に応じて変動する必要給与を満たす必要があります。23歳以下は$5,000、35歳で$8,000、45歳以上で、$10,500です。金融だと、23歳以下は$5,500、35歳で$8,773、45歳以上で11,500になります。1歳刻みで、詳細は下記リンクを参照ください。
・シンガポール労働省 (MOM): EP qualifying salary (Stage 1)
必要給与の足切りで、SパスでなくEPが候補になるのが確認できると、次にCOMPASSです。COMPASSでは、給与が業界上位10%なら20点、35%なら10点です。具体的な金額の目安は開示されており、後述します。24歳から44歳に必要な金額は、年齢での比例増加です。
この給与表は永久ではありません。毎年3月に更新され、同年9月から1年間有効になります。

シンガポール在住日本人で最も多い駐在は、(意外かもしれませんが)製造業のはずです。製造を例にとりましょう。
年齢45歳以上で、上位35%は$9,400です。給与の母集団はブルーカラーを除き、地元民ホワイトカラー(PMET)のみが対象。ですので、シンガポールで工場を持ちブルーカラーを雇用している企業では、実感より高額に感じるでしょう。ですが、会社が駐在に補助する家賃等を入れると、大半は加算できるはずです。問題は上位10%です。$15,700と50%以上も跳ね上がります。クリアできない人が出てくるはずです。上位10%に入れず、35%にとどまると、給与得点は10点にとどまります。

Sector (私の和訳) 10点:給与上位35% 年齢≤23 10点:給与上位35% 年齢≥45 20点:給与上位10% 年齢≤23 20点:給与上位10% 年齢≥45
Manufacturing 製造 $4,800 $9,400 $7,000 $15,700
Construction 建設 $4,400 $7,000 $5,900 $12,500
Wholesale Trade 卸売 $5,100 $9,800 $7,100 $19,900
Retail Trade 小売 $4,100 $7,000 $6,200 $13,000
Air & Sea Transport 空海運輸 $4,900 $10,900 $6,300 $19,400
Land Transport & Logistics 陸上運輸 $4,500 $7,200 $6,300 $12,200
Accommodation 住居 $4,200 $6,000 $5,300 $10,900
Food & Beverage Services 飲食 $4,200 $5,800 $5,300 $9,400
Info-communication Technology 情報通信 $5,900 $11,800 $8,600 $21,300
Media メディア $4,400 $11,300 $8,400 $17,500
Banking and Others Financial Services 金融 $5,900 $16,600 $8,700 $32,900
Insurance Services 保険 $4,500 $10,200 $7,200 $21,900
Fund Management Services ファンド $7,100 $17,100 $12,100 $46,900
Real Estate Services 不動産 $4,600 $7,200 $6,400 $13,900
Professional Services プロフェッショナルサービス $5,600 $11,800 $8,800 $21,000
Administrative & Support Services 管理運営 $5,100 $8,700 $7,300 $16,700
Public Administration & Defence 公務と防衛 $5,700 $12,000 $7,300 $17,600
Education 教育 $4,600 $9,800 $6,300 $12,500
Health & Social Services 医療介護 $5,100 $8,500 $6,800 $23,000
Arts, Entertainment & Recreation 芸術・エンタメ・リクレーション $4,100 $9,100 $5,500 $13,900
Other Community, Social & Personal Services コミュニティ社会サービス $4,200 $6,600 $5,700 $11,300
Utilities & Other Good Producing Industries 公共ユーティリティ $5,200 $10,100 $7,600 $18,900

ファンドの45歳以上で$46,900というのが光りますね。$22,500を超えると業界を問わずCOMPASS免除なので、関係なくなります。

2. 国籍多様性: 日本人雇用を25%に抑えられるか

日系企業には最難関のカテゴリのはずです。

国籍多様性が入った経緯「インド固め」

そもそも「なんで外国人雇用の国籍の多様性なんかが評価されるんだよ」という説明からします。
一般に、「国籍の多様性は、価値観の多様性であり、発想や対応で企業を強くする」という価値観で今の世の中は動いています。(それが事実かは、私はここでは論じません)ですが、企業にとって良いことを政府が推奨だけでなく、規制してくるのは不思議ですよね。ましてや、外国人雇用は必要悪(上品には"雇用の安全弁")としているシンガポール政府なので、なおさら不思議です。これは、「インド固め」からだというのが、私の推測です。

2020年8月、労働省MOMは「単一国籍に集中した外国人雇用」がある企業を、就労ビザ発給へのペナルティがあるウォッチリストに入れたことを発表しました。政府は、企業や従業員の国に触れなかったのですが、シンガポール世論は「インド」だと即座に断定。インド人雇用と、インド系企業へのバッシングが始まりました。
インド人と仕事をした事がある人は知っていますが、インド人はインド人で固めてきます。インド人上司は、インド人部下にノーを言わせず、軍隊のようにこき使うため上司に都合が良いのです。マネージャーがインド人になったチームが、気がつけば部下の大半をインド人にしていたとはよく聞く話。部下の昇進にも、自分のチームのインド人をゴリ押しし、インド固めをするため、他国籍が割を食います。文化同一性から自国民出身者を好む傾向はどの国にでもありますが、それが強いのがインドです。もちろん、全てのインド人がそうではありません。米国企業で重役として活躍する優秀なインド人は有名ですが、負の側面もあります。
この巻き添えをくらったのが日系企業。日系企業は、文化同一性だけでなく、言語のために日本人の雇用を好みます。そのため、日系企業雇用の外国人は駐在も現地採用も日本人が多い。「インドの巻き添え」の側面もありますが、やっていることは同じで、単に「日本はシンガポールでヘイトを集めにくい」だけとも言えます。

COMPASSでの国籍多様性

COMPASSでの国籍多様性への評価です。

  • C3. 国籍多様性 (申請者の企業内でのホワイトカラー国籍多様性)
    • 20点: 5%未満
    • 10点: 5~25%

永住権PRの国籍もカウント対象です。複数企業で就業可能なビザ所持の外国人は、カウント外です。これは、ワーホリ・テックパス・ONEパス・事前承認LOCです。
ホワイトカラー(PMET)かどうかの判定は、職種ではありません。基本月給が$3千以上かどうかです。この金額は、Sパス最低額とリンクしており、Sパス必要額が上昇すれば、ホワイトカラー判定額も上昇します。
・シンガポール労働省 (MOM): How are PMETs in my firm counted under COMPASS for C3 and C4?

国籍多様性の計算方法の分母に、シンガポール国民も入ります。例えば、シンガポール人38人、日本人2人の企業があるとします。この企業が、さらに日本人1人を採用しようとすれば、国籍多様性は5~25%のため10点になります。

自社の国籍統計は、myMOM Portalで確認可能です。過去2,3,4ヶ月の間の3ヶ月平均で行われます。毎月6日に国籍統計が更新され、例えば、5月6日の更新では、2月、3月、4月の3ヶ月分の平均です。
日系企業はいまだに、駐在と現地採用を足した日本人が、4人に1人より多い企業は少なくないです。この企業では国籍多様性で0点になります。現在の国籍比率を早急に確認しましょう。

3. 地元民雇用: 業界下位20%から脱出できるか

  • C4. 地元民雇用支援 (業界内他企業と比べた、地元民ホワイトカラー雇用比率)
    • 20点: 業界内で上位50%以上
    • 10点: 業界内で上位50%~80%

自社が上位何%に入っているかは、myMOM Portalで分かります。
「下位20%は加点ゼロ」という意味です。上から80%まで加点があるので、それほど無茶ではないようにも見えますが、日本人雇用に偏り、地元民雇用が苦手な日系企業は多いです。「下位20%以外は加点」なのに、それでも加点できない日系企業は多いでしょう。
計算式は、"地元民雇用ホワイトカラー / 全従業員ホワイトカラー" です。月の総支給額が$3千以上が、地元民雇用ホワイトカラーになります。
・シンガポール労働省 (MOM): How is the share of my firm’s local PMETs relative to my firm’s sector calculated under COMPASS?
また、地元民雇用が70%以上あれば、最低10点は獲得となる例外があります。

ボーナスポイント

オプションのボーナスポイント枠が2つあります。

  • C5. スキルボーナス (シンガポール内での人員不足職種の該当者はボーナス点)
  • C6. 戦略経済優先ボーナス (イノベーションや国際活動で政府との繋がり)

シンガポールでの不足人員職種が対象となるスキルボーナスの詳細は解説済みです。
uniunichan.hatenablog.com
「戦略経済優先ボーナス」は政府等政府関係機関とのコネで事業をしているかどうかで、大半の企業は取得不可能です。

COMPASSで恩恵を受けるのは中小企業・自営・フリーランス

今回のCOMPASSで恩恵を受けるのは、実は中小企業と自営とフリーランスです。
これまでEP取得に苦労してきたグループですが、一気に楽になります。理由は、ホワイトカラーが25人未満の企業は、国籍多様性と地元民雇用で無条件で各10点確保と、労働省MOMが宣言しているためです。残る給料は、適切な家賃補助がありこれを加算すれば、上位35%に入れ10点。また大卒であれば、学歴でも10点。合計40点で楽々EP取得です。
以前であれば、ブラックボックスだった雇用先企業評価で、EP取得に辛酸をなめてきたのが容易にとれるようになります。駐在待遇給料で大卒でさえあれば、ホワイトカラー24人全員を日本人で固め打ちすら、理論上は可能です。一気に雲が晴れます。

COMPASSで本当にブラックボックスはなくなるのか

そうなると疑問は、「本当に雇用先企業評価のブラックボックスは解消されるのか」です。「ホワイトカラー24人を同一国籍外国人でかためうち」が労働省MOMの意図した制度の使い方であるとは、私は思いません。
従来、ブラックボックスだったビザスポンサー企業への評価である「国民雇用しない企業はダメ」「赤字企業はダメ」「資本金が少ない企業はダメ」が何かしら取り入れられる可能性があります。
今のシンガポール政府の評価は「国民雇用をどれだけするか」です。中小企業やミリオネアレベルだと、納税はほぼ評価になりません。税より雇用です。その観点でいくと、これら中小企業をシンガポールに置くメリットは、シンガポール政府にはありません。
特に「本当に外国人24人かためうちができるのか」が疑問です。現状のように「一人目の外国人EPは比較的容易だが、二人目からは難易度が跳ねる」対策を労働省MOMがとることが想定されます。今後、何かしら追加でハードルが設定されるのではと思っています。

COMPASS対策

「COMPASS、ヤバい」のは分かったと思います。対策です。ケースバイケースですが、容易と想定される順に上からです。

  • WPが発行可能なDP採用
  • PR採用
  • Sパス取得
  • ICT EP取得
  • 上位10%の給料に上げる
  • 優遇大学出身者からシンガポール勤務者を選ぶ
  • 固定月給$22,500以上に
  • ONEパス、テックパスの取得
  • 従業員を25人未満にする

労働力としては、これまで以上に、DPとPR就労者の価値が高まります。
駐在を送る現実的な選択肢は3つ。

  • Sパス
  • ICT EP
  • 駐在を優遇大学出身者から選び、上位10%の給料に上げる

EPに必要な給料はクリアしていても、給料以外の理由でEPがとれずに、外国人割当枠でとれるSパスをあえて選択しなければいけない駐在員も出てくるでしょう。ですが、Sパス枠は貴重です。従来、現地採用日本人を雇用するために温存していたのを、駐在に回すのは苦悩の選択になるはずです。
駐在員に、家族帯同を認めない、家族帯同を断念してもらい、ICT EPを取得するケースが増えるはずです。
「あと10点足りない」ケースでは、優遇大学出身者から駐在に選ぶケースや、給料を上乗せして10%に合わせるケースが出てくるでしょう。「20点足りない」ケースでは、優遇大学出身者(20点)でかつ給料上位10%に上乗せ(20点)が力技です。
固定月給が$22,500以上あれば、COMPASSをスキップできます。テック業界ならテックパスが固定月給$2万で、他業界でも$3万あればONEパスが取得可能になり、COMPASSのEPから開放されますが、駐在員でも限られた人しか利用できないでしょう。
従業員をあえて25人未満にダウンサイジングする、25人以上を雇用しない企業も現れるでしょう。

筆者への連絡方法、正誤・訂正依頼など本ブログのポリシー

にほんブログ村 シンガポール情報

就労ビザEPで早慶一橋をトップ校に認定しないシンガポール政府 ~新制度COMPASS~

シンガポールの就労ビザEPの新判定制度COMPASSの開始が近づいています。
ビザの話なら3杯飯が食えるうにうに @ シンガポールウォッチャーです。

COMPASSは、2023年9月1日からEP新規申請者にまずは対象になり、その後、2024年9月1日からはEP更新者も対象になります。
EPは、ビザ申請者の個人属性と、スポンサー企業属性という大きく二要素で、発行可否が決まります。個人属性の評価は開示されており、SAT(Employment / S Pass Self-Assessment Tool )というツールで誰でも簡単に判定できます。大事なのは、給与と出身大学と年齢です。シンガポールのビザ制度は、単に大卒か否かだけでなく、大学名でも評価されます。
ところが、雇用企業の評価が完全にブラックボックスで、「SATではEPをクリアしているのに、発行されない」「追加資料を求められる」「審査が長引く」ということがザラでありました。COMPASSでは、日本語理由で日本人雇用を大好きな日系企業が苦手とする、「外国人国籍の多様性」や「地元民雇用」が大きなウェイトを占めるため、日系企業は戦々恐々としています。その一方で、ブラックボックスな判定が減る効果も期待できます。

トップ校

日本からの優遇大学は東大・京大・東工大・阪大・東北大の5校のみ

COMPASSにはカテゴリが4つあります。各カテゴリで、0点か10点か20点。合計で40点を達成すると、COMPASSでのEP発行対象になります。

  • C1. 給料 (業界での地元民ホワイトカラー給与と比較)
  • C2. 学歴 (申請者の学歴)
  • C3. 多様性 (企業内での国籍多様性を申請者が改善するかどうか)
  • C4. 地元民雇用支援 (業界内他企業と比べた、地元民ホワイトカラー雇用比率)

あとこれに、ボーナスポイント枠が2つあります。

  • C5. スキルボーナス (国内での人員不足職種の該当者はボーナス点)
  • C6. 戦略経済優先ボーナス (イノベーションや国際活動で政府との繋がり)

学歴はこのうちのC3で影響します。雇用業界での給与水準や地元民雇用率といった最重要はまだ開示されていませんが、加点対象となるトップ大学名と人員不足職種が開示されました。
大卒であれば10点、トップ校であれば20点です。対象大学は毎年更新される模様で、今回のは2024年8月まで有効、次回は2024年3月更新で2024年9月から有効とのことです。今回発表されたのはそのトップ校一覧です。全校の一覧は記事の最後に付けます。
日本からのトップ大学として認定される優遇校は、

  • 東大
  • 京大
  • 東工大
  • 阪大
  • 東北大

の5校のみでした。

なぜ一橋・早慶は入ってないのか

このリストを見たネットの反応は、
「私文ザマアwww」
「一橋は優秀だから入るべきだ」
などを見かけました。残念ですが、的外れです。シンガポール政府が対象校を選んだ規準は、分析でクリアになりました。この2つです。

  1. QS世界大学ランキング100位以内
  2. 近隣の発展途上国だが労働力供給国にある大学

シンガポール政府が公開している選定理由です。

  1. QS世界大学ランキング100位以内。および、アジアでの評判が高い大学
  2. シンガポールの国立大学 (Autonomous Universities)
  3. 特定分野で評価が高い学校

トップ校大学リスト

政府公式の対象大学リストはこちら。
・シンガポール労働省 (MOM) : List of top-tier institutions under COMPASS Criterion 2 (Qualifications) (PDF)

対象大学は、大学の全専攻が対象になるカテゴリ(Group A)と、一部専攻のみが対象になるカテゴリ(Group B)があります。日本からは全専攻対象大学のみで、分析はこちらに集中します。
今回の対象大学リストに、著名な世界大学ランキングのQS・THE・ARWUを突き合わせました。この3つを選んだのは、2013年~2015年に、シンガポール政府労働省MOMがワーホリビザで「世界ランキング200位以内のみが対象」と言及した時に、あげられたランキングだからです。
uniunichan.hatenablog.com
QS世界大学ランキング: 2023年版
THE世界大学ランキング: 2023年版
世界大学学術ランキング (ARWU): 2022年版

大学とランキングを突き合わせると、

  • QS大学ランキングで、100位以内の大学のみが選ばれている国
  • QS大学ランキングで、100位落ちの大学も選ばれている国

の2つがあることが分かります。
前者は、先進国プラス中国です。

  • 27校: 米国
  • 18校: 英国
  • 7校: 豪州
  • 6校: 韓国、中国
  • 5校: 日本、香港
  • 4校: フランス
  • 3校: スイス・カナダ・ドイツ
  • 2校: スウェーデン・オランダ
  • 1校: ニュージーランド、アルゼンチン、デンマーク、ベルギー・ロシア

後者は、自国シンガポールと周辺発展途上国(含む台湾)です。

  • 8校: シンガポール
  • 5校: マレーシア
  • 3校: 台湾
  • 2校: インド
  • 1校: ベトナム、インドネシア、フィリピン、ブルネイ

今回、全部で120校が選ばれました。QSトップ100校はすべて対象校でした。なので「QSトップ100校がガチ規準で、鉛筆なめなめして、下駄を履かせる国と大学を20校選んだ」というのが実態です。鉛筆なめなめの規準は、シンガポールにホワイトカラーを多く送っている周辺国と推測されます。つまり、自国シンガポールに加えて、ASEAN、台湾・インドです。ASEAN内でも、ラオス・カンボジア・ラオス・ミャンマー・東ティモールには対象校がなく、これはホワイトカラーの輩出が多くない国だからでしょう。

なぜ一橋/早慶はトップ校でないのか

大学ランキング100位の壁

では、今回ここでトップ校として選ばれた5校と、早慶・一橋・他の旧帝大のランキングを、QSのランク順位並べてみます。

大学名 QS THE ARWU
東大 23 39 24
京大 36 68 41
東工大 55 301–350 151-200
阪大 68 251–300 151-200
東北大 79 201–250 151-200
名大 112 301–350 101-150
九大 135 501–600 301-400
北大 141 501–600 圏外
慶応 197 801–1000 301-400
早稲田 205 1001-1200 601-700
一橋 531-540 圏外 圏外

日本の大学で世界から評価されているのは、理系です。たとえ東大でも、文系が切り離されていれば、一橋と類似の結果になっていたでしょう。
「一橋は優秀だから入れて上げて欲しい」というのは通じません。偏差値という日本国内でしか通じない難易度や人気ランキングや、日本人が評価する"優秀"は、シンガポールでは何の意味も持ちません。むしろ、QSで一橋(530位前後)は、慶応(197位)・早稲田(205位)より低評価です。
日本で強い日本の文系は、世界で弱いのです。日本の私立大学は、設備費が安く大学経営が容易な文系に大きく依存してきました。世界水準での視点が強制される今、そのツケを払う時期が迫っています。日本の文系は、日本国内に最適化し過ぎていて、世界で戦えないのです。

英国から18校も入っているなど、「既存の大学ランキングはアンフェア」という意見は当然あると思います。その一方で、アンフェアではあっても、大学ランキングが職業人生を左右する世界線になってきていることは、大学も学生も受験生も無視すべきではありません。

※大学ランキングへの過去の分析記事
uniunichan.hatenablog.com

COMPASS攻略法

この大学リストを見ると、シンガポールで就労ビザを目指す人には、大穴が見えると思います。シンガポール・英国・マレーシアです。マレーシアは、マレー人優遇のブミプトラ政策がとられており、(大学院は容易と聞きますが)日本人の入試難易度は私には分かりません。チャンスはシンガポールと英国です。
シンガポールは、全ての対象校が、国立大学とそれに準じる学校です。NUS/NTU/SMU/SUTDは難関です。SMU/SUTDは学校が新しく、大学ランキングには入りませんが、国内での入試難易度や評価は、NUS/NTUと変わりません。チャンスが大きいのが、SITと芸術学校のNAFAとラサールです。シンガポールでの就職が希望の人は、進学先に考えましょう。
次いで、英国も大穴続出です。18校と選出がやたら多く、当初は「シンガポールの旧宗主国への配慮か」と思いましたが、分析の結果、単にQSランキング100位以内でした。英国の大学がQSランキングで異様に高位に入っていることでの歪みです。入学卒業難易度と大いに乖離があるので、英語力と学費を揃えられる人にはチャンスです。英国の大学・大学院を卒業した人で、シンガポール就職をする人も今後増える可能性があります。

Group B: 特定専攻のみがトップ校扱いになる大学

特定専攻のみがトップ校扱いになる大学があります。Group Bとしてカテゴライズされています。
MBAで入るのが、HEC、IE、INSEAD、IESEです。これらの学校の卒業生は、MBA以外のたとえばファイナンスなどでは、優遇除外です。EMBAが入るかどうかは不明です。記述は"Business Administration (for MBAs – master’s degrees) "となっています。

ボーナス点になる人材不足職種

COMPASSでボーナス点となる人材不足職種も発表されました。職種は毎年3月までに見直されます。
該当職種のEP申請者は、COMPASSで20点か10点が追加されます。申請者の国籍が、ホワイトカラー従業員国籍の1/3以上なら10点に減点です。
記事の最後に人材不足職種リストを掲載します。

追加審査

一般の日本人でも馴染みがありそうなのは、24番ソフトウェアデベロッパーと、25番Webデベロッパーでしょうか。なんでもかんでもこの職種で(不正に)申請がされそうです。当然、不正ができないように追加審査と留意事項があります。

判定

本当に申請者が不足人材職種対象かどうかの判定は、下記でMOMが行います。

  • 職務
  • 過去の職歴
  • 学歴
  • 業界での資格

詳細は、政府MOMがガイド(employer SOL guide)を今後出すので、それ待ちです。EP申請時に選ぶことになる、ジョブデスクリプション・業務範囲・対象の職位タイトルと、確認のための追加書類の詳細が、ガイドで開示されます。

申請職種以外への異動・再配属はできません。それを行うには、MOMへの申請が必要で、EPが再審査になります。ソフトウェア スーパーバイザーがダイレクターに昇進する場合などが要注意です。

EP5年有効期限

EPは通常、最長で3年です。それが人材不足職種のITでは、有効期限が5年になる制度ができました。
5年期限の申請では、月額基本給与が最低$10,500で、年齢により増えます。また、COMPASSの多様性C3で最低10点の特典が必要です。
これは2022年8月に発表済みです。

トップ大学一覧
Country/region Institution name QS THE ARWU
Argentina Universidad de Buenos Aires (UBA) 67 N/A N/A
Australia Monash University 57 44 75
Australia The Australian National University 30 62 79
Australia The University of Melbourne 33 34 32
Australia The University of New South Wales 45 N/A 64
Australia The University of Queensland 50 53 47
Australia The University of Sydney 41 54 60
Australia The University of Western Australia 90 131 99
Belgium KU Leuven 76 42 95
Brunei Universiti Brunei Darussalam 256 301–350 N/A
Canada McGill University 31 46 73
Canada University of British Columbia 47 40 44
Canada University of Toronto 34 18 22
China Fudan University 34 51 67
China Peking University 12 17 34
China Shanghai Jiao Tong University 46 52 54
China Tsinghua University 14 16 26
China University of Science and Technology of China 94 74 62
China Zhejiang University 42 67 36
Denmark University of Copenhagen 82 114 39
France Institut Polytechnique de Paris 48 95 301-400
France Sorbonne University 60 90 43
France Université PSL 26 47 78
France Universite Paris-Saclay 69 93 16
Germany Ludwig-Maximilians-Universität München 59 33 56
Germany Universität Heidelberg 65 43 70
Germany Technical University of Munich 49 30 56
Hong Kong City University of Hong Kong 54 99 151-200
Hong Kong The Chinese University of Hong Kong 38 45 101-150
Hong Kong The Hong Kong Polytechnic University 65 79 151-200
Hong Kong The Hong Kong University of Science and Technology 40 58 301-400
Hong Kong The University of Hong Kong 21 31 96
India Indian Institute of Technology Bombay (IITB) 172 N/A N/A
India Indian Institute of Technology Delhi 174 N/A 701-800
Indonesia Universitas Indonesia 248 1001-1200 N/A
Japan Kyoto University 36 68 41
Japan Osaka University 68 251–300 151-200
Japan The University of Tokyo 23 39 24
Japan Tohoku University 79 201–250 151-200
Japan Tokyo Institute of Technology 55 301–350 151-200
Malaysia Universiti Kebangsaan Malaysia 129 601–800 N/A
Malaysia University of Malaya 70 351–400 N/A
Malaysia Universiti Putra Malaysia 123 601–800 701-800
Malaysia Universiti Sains Malaysia 143 601–800 N/A
Malaysia Universiti Teknologi Malaysia 203 601–800 701-800
Netherlands Delft University of Technology 61 70 151-200
Netherlands University of Amsterdam 58 60 101-150
New Zealand University of Auckland 87 139 N/A
Philippines University of the Philippines 412 801-1000 N/A
Russia Lomonosov Moscow State University 75 163 101-150
Singapore Lasalle College of the Arts N/A N/A N/A
Singapore Nanyang Academy of Fine Arts N/A N/A N/A
Singapore Nanyang Technological University 19 36 88
Singapore National University of Singapore 11 19 71
Singapore Singapore Institute of Technology N/A N/A N/A
Singapore Singapore Management University N/A N/A N/A
Singapore Singapore University of Social Sciences N/A N/A N/A
Singapore Singapore University of Technology and Design N/A N/A N/A
South Korea Korea Advanced Institute of Science and Technology 42 91 N/A
South Korea Korea University 74 201–250 N/A
South Korea Pohang University of Science and Technology 71 163 N/A
South Korea Seoul National University 29 56 98
South Korea Sungkyunkwan University 99 170 N/A
South Korea Yonsei University 73 78 201-300
Sweden KTH Royal Institute of Technology 89 155 N/A
Sweden Lund University 95 119 151-200
Switzerland École Polytechnique Fédérale de Lausanne 16 41 101-150
Switzerland ETH Zurich 9 11 20
Switzerland University of Zurich 83 82 59
Taiwan National Cheng Kung University, Tainan 224 N/A N/A
Taiwan National Taiwan University 77 187 201-300
Taiwan National Tsing Hua University, Hsinchu 177 501-600 401-500
Thailand Chulalongkorn University 224 801–1000 501-600
Thailand Mahidol University 256 801–1000 601-700
United Kingdom Imperial College London 6 10 23
United Kingdom King's College London 37 35 48
United Kingdom The London School of Economics and Political Science (LSE) 56 37 101-150
United Kingdom The University of Edinburgh 15 29 35
United Kingdom University of Leeds 86 128 151-200
United Kingdom The University of Manchester 28 54 38
United Kingdom The University of Sheffield 96 101-150 101-150
United Kingdom University of Warwick 64 104 101-150
United Kingdom Trinity College Dublin, the University of Dublin 98 161 151-200
United Kingdom University College London 6 10 18
United Kingdom University of Birmingham 91 108 101-150
United Kingdom University of Bristol 61 76 81
United Kingdom University of Cambridge 2 3 4
United Kingdom Durham University 92 198 N/A
United Kingdom University of Glasgow 81 82 101-150
United Kingdom University of Oxford 4 1 7
United Kingdom University of Southampton 78 108 151-200
United Kingdom University of St Andrews 96 201–250 N/A
United States of America Brown University 63 61 99
United States of America California Institute of Technology 6 6 9
United States of America Carnegie Mellon University 52 28 101-150
United States of America Columbia University 22 11 8
United States of America Cornell University 20 20 12
United States of America Duke University 50 25 31
United States of America Georgia Institute of Technology 88 38 151-200
United States of America Harvard University 5 2 1
United States of America Johns Hopkins University 24 15 14
United States of America Massachusetts Institute of Technology (MIT) 1 5 3
United States of America New York University 39 24 25
United States of America Northwestern University 32 26 30
United States of America Princeton University 16 7 6
United States of America Rice University 100 147 101-150
United States of America Stanford University 3 3 2
United States of America Pennsylvania State University 93 N/A 101-150
United States of America University of California, Berkeley 27 8 5
United States of America University of California, Los Angeles 44 21 13
United States of America University of California, San Diego 53 32 21
United States of America University of Chicago 10 53 10
United States of America University of Illinois, Urbana - Champaign 85 48 49
United States of America University of Michigan-Ann Arbor 25 23 28
United States of America University of Texas at Austin 72 50 37
United States of America University of Pennsylvania 13 14 15
United States of America University of Washington 80 26 17
United States of America University of Wisconsin-Madison 83 81 33
United States of America Yale University 18 9 11
Vietnam Duy Tan University 801-1000 401–500 901-1000
人材不足職種リスト
SOL Occupation 和訳
Agritech アグリテック
1 Alternative protein food application scientist 代替タンパク質食料応用科学者
2 Novel food biotechnologist 新食品バイオ科学者
Financial Services 金融
3 Financial/investment adviser (ultra-high/high net worth, family office & philanthropy) 金融/投資アドバイザー (超富裕層・ファミリーオフィス・慈善活動)
Green Economy グリーンエコノミー
4 Carbon project/program manager カーボン プロジェクト/プログラム マネージャ
5 Carbon standards and methodology analyst カーボン スタンダード・メソドロジー・アナリスト
6 Carbon trader カーボントレーダー
7 Carbon verification and audit specialist カーボン認証と監査スペシャリスト
Healthcare 医療
8 Clinical psychologist 精神分析
9 Diagnostic radiographer 診断放射線技師
10 Occupational therapist 作業療法士
11 Physiotherapist 理学療法士
12 Registered nurse 正看護師
Infocomm Technology 情報通信
13 AI scientist/engineer AIサイエンティスト・エンジニア
14 Applications/systems programmer アプリケーション/システム プログラマー
15 Cloud specialist クラウドスペシャリスト
16 Cyber risk specialist サイバーリスクスペシャリスト
17 Cybersecurity architect サイバーセキュリティ・アーキテクト
18 Cybersecurity operations specialist サイバーセキュリティ運用スペシャリスト
19 Data scientist データ・サイエンティスト
20 Digital forensics specialist デジタル・フォレンジック・スペシャリスト
21 Penetration testing specialist ペネトレーション・テスト・スペシャリスト
22 Product manager (digital) プロダクトマネージャー (デジタル)
23 Software and applications manager (technical lead/supervisor) ソフトウェア・アプリケーションマネージャー(テックリード/スーパーバイザー)
24 Software developer ソフトウェア・デベロッパー
25 Web and mobile applications developer Webとモバイルアプリ・デベロッパー
Maritime 海洋
26 Marine superintendent 海務監督
27 Marine technical superintendent 海務技術監督

・シンガポール労働省: COMPASS Skills Bonus - Shortage Occupation List (SOL)


筆者への連絡方法、正誤・訂正依頼など本ブログのポリシー

にほんブログ村 シンガポール情報

年収3,600万円以上、高所得者向けシンガポール就労ビザ、ONEパス

みなさん、稼いでますか?w うにうに @ シンガポールビザマニアです。
一般に"富裕層"というと「金持ち」ぐらいの意味でしかありませんが、ちょっと狭い定義には「(労働でなく)資産で食っている人」を指す場合があります。自分が働かなくても資産を転がすことで生活ができる人のことで、日本で知られているのは地主です。この定義だと、稼ぎの主力が自分の労働資本である限りは、上場企業の社長でも中間層になります。
この記事で紹介するシンガポール就労ビザは、資産ではなく労働資本で稼ぐ、アッパーミドル向けのONEパスです。基本月収300万円以上、つまり年収3,600万円以上ということで、ブルームバーグなどで世界的なニュースになりました。

Overseas Networks & Expertise Pass

ONEパスの正式名称は、Overseas Networks & Expertise Passです。訳すと「海外人脈&専門家パス」です。
ONEパスについて、労働省MOMの説明です。

Overseas Networks & Expertise Passは、ビジネス・芸術・文化・スポーツ・科学・技術・学術・研究を含む全産業にまたがるトップタレントのための個人パスです。シンガポールの複数企業を同時に設立・運用・就労することを可能にします。」
・労働省MOM: Overseas Networks & Expertise Pass

ONEパスを取るべき人は誰か

1. 複数企業を経営する予定の人
(永住権PRとテックパスを除くと)ONEパスでしかできないのは、複数企業経営です。シンガポール政府が意図した使い方の王道です。

2. とりあえず基本月収$3万超えている
失職時でも、滞在ビザの確保がメリットです。EPやPEPでも良いのですが、EPは失職で出国ですし、PEPより有効期間が長いです。基本年収$27万(月収だと$22,500)が必要な就労ビザPEPでも、失職後6ヶ月までは滞在できますが、PEPは有効期間3年、更新不可です。ONEパスの有効期間5年、延長回数制限無しの方が強いです。
就労ビザトランプのレアSSSなので、持ってると気分が良いはずです。「ボク、ワンパスなんだけど」という会話を聞けるのを心待ちにしています (割りと真顔

3. 勤務先や自営の実績が弱く、EPの取得に困っているが、基本月収$3万超えている人
法人としては弱いが、個人としてはバリバリ稼げるフリーランス等です。
EPは、申請者の個人の属性に加え、ビザスポンサーとなる法人も審査されます。2023年9月開始となるCOMPASSで、今までブラックホールだった法人評価がある程度明確化されます。ONEパス所持者はCOMPASSでの外国人数にも含まれないため、EPからONEパスへの移行を雇用企業も希望することになります。

4. 永住権PRを取得予定だが、PRが許可されるまでのつなぎのビザが必要な人
一昔前は「EP→PEP→PR」がビザの王道でした。それが「ONEパス→PR」で使うことになります。

5. 男子子どもの兵役NS回避理由で、永住権PR申請予定が無い
子どもの兵役NS回避で、PRを申請しない人は珍しくありません。その方々の最強ビザがONEパスです。

6. 現在、EPにもかかわらず複数企業経営の違法就労をしている人
シンガポールでは勤務先ごとに就労許可が必要です。EPやSパスも就労できるのは申請企業のみで、副業(バイト・自営)や他社での就労はできません。複数企業での経営には、役員であれば、2つ目の役員にのみLOCという就労許可がありますが、EPが発行されている資本系列会社でしか原則は出ません。子どもへの兵役NSを望まないために、PRを取得していないにもかかわらず、複数企業の役員を違法就労している人は、いくところにいけば割りと見かけます。もちろん違反なので摘発対象なのですが、ONEパス取得で合法化されます。なので、ONEパス取得に最も熱心なのはこの界隈です。なお、今までの違法就労に関しては、シンガポールでは時効がないので、今後も摘発対象です。

ビザとしてのONEパスの特徴

ビザスポンサー不要

ONEパスは、勤務先のビザスポンサーが不要です。勤務先がビザスポンサーなEPとは違って、個人の属性のみにもとづいて発行されるビザです。
複数企業就労が可能であり、勤務先が変わっても、ビザの再申請は不要です。これはPEP (Personalised Employment Pass) と同様です。
ですので、Sパスのような外国人割当枠の制約も受けません。COMPASSも除外ですし、求人広告義務もありません。

複数企業の自営が可能

複数企業経営が可能です。
EPで複数企業のダイレクターになるには、LOCの取得が必要ですが、EP発行企業の関連会社などといった制約があります。
複数企業就労はPEPでできましたが、PEPでは役員 (ダイレクター) になれません。
複数企業の経営ができたのは、永住権PRのみでした。これが可能になったのがONEパスです。男子子どもを兵役NSに行かせたくないためにPRを取得しなかった人は、合法での複数企業経営がまず無理でしたが、それがONEパスで可能になります。

家族ビザ

家族にも滞在ビザがでます。両親も滞在可能です。EPと同じなので、あまりメリットには感じないでしょう。

  • Dependant’s Pass: 法的に結婚している配偶者 (事実婚、婚約は不可)。実子・養子 (21歳未満)。
  • Long-Term Visit Pass: コモンローでの配偶者。21歳以上の未婚の障害がある子ども。未婚の継子 (21歳未満)。両親。
配偶者も就労可能

配偶者も就労可能です。これにはLOC (Letter of Consent) という簡易手続きで就労許可がでます。EPと類似なので、あまりメリットには感じないでしょう。
雇用されても働けますし、自営も可能です。自営の場合には、EP/SパスのDPと同じように、1年後の更新時に、地元民(国民か永住者PR)雇用を求められます。そのため、ONEパス所持者が役員となり、配偶者は従業員として働くようになるのでは、と想定されます。
就労許可が出るのは配偶者のみです。子どもなど他の家族には出ません。自力で就労ビザを取るように、とのことです。
・労働省MOM: Working in Singapore for Dependant's Pass holders of Overseas Networks & Expertise Pass holders

活動報告義務

大きな自由があるONEパスですが、EPやPEPにはなかった活動報告義務もあります。下記の報告が毎年求められます。この報告は、次回のONEパス更新で利用すると労働省MOMは宣言しています。

  • 過去1年に渡るプロフェッショナル活動の詳細
  • 全プロフェッショナル活動から得た1年の給与所得

ONEパスを申し込める人は誰か

ONEパス申請基準

給与
  • 過去一年で固定月給$3万以上。

もしくは

  • シンガポールに移った後の雇用で固定月給$3万以上を稼ぐ人。

よくあるのが「インセンティブやボーナスを入れると$3万超えるんだけど、ダメ?」「自営で、配当入れると$3万超えるんだけど、ダメ?」という話です。もちろん、ダメです。
ONEパスは、EPのトップ5%をターゲットにしていると政府が語っています。一般的に、月給$3万を超えるとなると、収入の過半数はボーナス・インセンティブといった可変給や自営での配当が一般的なはずです。(配当はキャピタルゲインなので除外して、) EPの中でトップ5%を固定給で区切った結果が、$3万なはずです。つまり、ONEパス基準を、固定月給でなく、給与総額の上位5%で設定すれば、軽く倍以上の月$6万~$9万になっていたと想定されます。年収7千万円~1億円ラインです。ONEパス規準に可変給を含まずに、固定給のみにしたのは、収入の変動での影響を避けるためでしょう。

シンガポールで自営の配当は、キャピタルゲイン扱いで所得税無税です。それを利用して、EPが取れる最少額の基本月給$1万程度に給料を設定して、配当を増やすのは税対策の定番です。その方々がONEパスに応募するには、固定給料を$3万に増やし、配当をその分減らすことになります。そうすると、所得税の納税も増やす必要があります。所得税は、年収$12万で$7,950、年収$36万で$53,350です。差額の所得税$45,400がONEパスに見合うかは、その人のONEパスの使い方次第です。
エゲツナイことをしようと思えば、ONEパス申請の直前1年のみ年収$36万にして、ONEパス取得後の5年間は年収$0でも就労・滞在ができます。5年経ってONEパス失効後は、EPを申請すればよいので。EPが通るかどうかは、謎ですが。


既存のEP所持者で在シンガポール企業勤務者は、どんな企業からの給与でも基本月給$3万以上なら可です。1年以上勤務していることが必要になります。
ONEパスは海外在住者も申請可能ですが、シンガポール外就労者の申請時には、「1年以上のestablished企業での就労」が前提になります。establishedは定義されており、

  • 市場価値がUS$5億以上

あるいは

  • 売上US$2億以上

です。日本でいうと上場企業のサイズです。つまり、日本の中小企業の自営オーナーで固定月給$3万を得て納税証明を添付しても、申請できません。その場合、シンガポールではEPから初めて、1年にわたって$3万以上の固定月給を受け取り続けた後に、ONEパスを申請することになります。

・MOM: Eligibility for Overseas Networks & Expertise Pass

$3万を超えなくても申請可能: 文化・芸術・スポーツ・アカデミア・研究

科学研究や他のアカデミア研究で、影響がある成果を持つ証明された記録がある人は、アカデミアと研究トラックで申請ができます。これには、科学とアカデミアリーダーシップの国際的承認を含みます。つまり、給与規定がありません。

ONEパス更新規準

ONEパスの有効期限は5年。5年経つと更新になります。更新条件です。

  • 被雇用者: シンガポールでの過去5年での平均基本月収が$3万あったこと
  • シンガポールでの自営: 5人以上の地元民 (local) を、$5千以上で雇用していること (ただし、$5千はEPの最低金額であり、今後EP最低金額が上昇すると上がる)

被雇用者については、更新が申請時とほぼ同基準なので、よいでしょう。
自営の場合は、難易度が上がります。シンガポールで(外国人でなく)地元民を5人以上雇用するのは、結構な難易度です。たまにある「節税目的でシンガポールに"移住"し、滞在するビザ目的に飲食店に投資しオーナー・役員になる」では大変です。地元民雇用が必要なので、フリーランスや投資収入中心の人は更新できません。ONEパス更新規準をクリアできなければ、EPを申請することになり、EPでは複数企業の役員にはなれないので、事業縮小をする必要があります。

PRとの比較

ONEパスは就労ビザですが、最強就労ビザなので、永住権PRとの比較も簡単に触れます。
「ONEパスは就労ビザ最強だが、PRには勝てない」が結論です。
シンガポールは、「外国人は社会保障費を払わず、社会保障を受けない」が原則です。その数少ない例外が、コロナワクチン無料接種やパンデミック時の入院治療費無料などの感染症対策でした。
永住権PRにできて、ONEパスができないことを列挙します。

  • ABSD (不動産購入時の追加印紙税) 減税
  • ローカル校への学籍確約と学費減額
  • CPF (年金) 加入
  • 中古HDB購入権
  • 公立病院での医療費補助

ONEパスをとられる人は、国からの社会保障をあてにする人は少ないと思いますが、経済的に最も差が出るのは不動産購入時の印紙税ABSD減税措置でしょう。不動産高騰対策で、現在、外国人がコンドを買うとABSDが30%支払うことになります。正気では不動産購入ができません。これが理由で、外国人のシンガポール不動産購入は極めて限定されています。これが、永住権PR持ちだと、ABSDはわずか5%になります。シンガポールで不動産を買うのは、PR取得が前提なのが現状です。
インター校への興味が大きい層ですが、真の学才エリートに挑戦するスパルタ家庭なら、ローカル校への入学にも興味があるでしょう。今は、外国人のローカル校入学は運です。小学校1年でのローカル校進学はクジという扱いになっていますが、学籍が確保できる外国人家族は2,3割程度では、と言われています。つまり、お金ではローカル校の学籍は買えないのです。PRは希望すれば、学籍を必ず確保できます。
その一方で、男子二世には2年間の兵役NSが永住権PRにはあり、該当する家庭には悩ましいのです。

応募に際して
コロナワクチン接種は必須

Covid-19ワクチンの完全接種は必須です。対象となるのは、ファイザー・モデルナ等を含むWHO EULで承認されているものです。
応募は、申請書類の準備が完了していれば、独力で簡単に申請できます。
・労働省MOM: Apply for Overseas Networks & Expertise Pass

申請の途中で、シンガポールでのONEパス所持中の職業人としての計画を聞かれるので、そこは書類に加えて、事前準備が必要です。
Please share briefly the candidate’s professional plans (e.g., plans for employment, set up companies, sit on the Board of companies) in Singapore for the next 5 years. If the candidate has plans to take on multiple roles, please briefly describe each role. (2000 characters)
ONEパスの申請結果がでるまで1ヶ月と書いていますが、EPは最短数日、最長3ヶ月、却下されてアピールを続けると半年以上になるので、実際どれだけかかるかは謎です。申請結果はネットで確認できます。
・労働省MOM: Check work pass and application status

必要書類

給与証明

4パターンあります。

  • シンガポールに過去1年滞在した人の給与証明
    • 過去12ヶ月分の給与明細
    • 最新のIRASからの税通知
    • 基本固定給以外の収入があれば (対象者のみ)
  • シンガポール国外就労での給与証明
    • 過去12ヶ月分の給与明細
    • バックグラウンドチェック企業が証明した就業証明 https://www.mom.gov.sg/faq/work-pass-general/what-are-the-requirements-for-a-verification-proof
    • 基本固定給以外の収入があれば (対象者のみ)
    • 企業価値や売上を示す書類。過去3ヶ月以内のもの。ソースとなるもの: Pitchbook, Yahoo Finance, Crunchbase, Bloomberg, Google Finance, Venturecap, preqin, QCC.com, chinaventure.com.cn, itjuzi.com。ここに記載がなければ、最新の監査済みP&L。
  • シンガポールで固定月給$3万を得る予定の人
    • シンガポール法人との雇用契約書
    • 企業価値や売上を示す書類。過去3ヶ月以内のもの。ソースとなるもの: Pitchbook, Yahoo Finance, Crunchbase, Bloomberg, Google Finance, Venturecap, preqin, QCC.com, chinaventure.com.cn, itjuzi.com。ここに記載がなければ、最新の監査済みP&L。
  • 芸術、文化、スポーツ、アカデミック、研究で卓越した業績を持つ人
    • 最新の付きの給与明細
    • 基本固定給以外の収入があれば (対象者のみ)
    • 主要な業績をハイライトしたCV(履歴書)
      • アカデミックと研究では、CVは過去5年での重要な出版・特許・技術開示をリストすること。
      • アカデミックと研究では、招へいするシンガポール研究機関(国立大学やA*STAR等)でのポジションへの推薦書。
テックパス

2023年1月から開始のONEパスに先立って、テックパスが2021年1月に始まりました。所轄はONEパスの労働省MOMではなく、シンガポール経済開発庁EDBです。
対象者は下記。必要な固定月給が$2万以上とお安めですが、技術企業での前職に限定されています。
1. 過去1年での最後の固定月給がS$2万
2. 5億米ドル以上の市場価値か、3千万米ドル以上の資本金がある技術企業で、計5年の指導的役割
3. 月10万以上のアクティブユーザーか、1億米ドル以上の売上がある技術企業で、計5年の指導的役割

テックパスでできることです。
a. 起業
b. 複数企業で就労
c. 大学で教鞭
d. 役員就任
e. 出資
f. スタートアップ起業へのメンターやアドバイザー(顧問)
g. 企業にトレーニング提供
・EDB: Tech.Pass

ONEパスとの違いは、ビザ有効期限が2年であることと、更新が一度で2年間有効です。更新を一度して、その後もシンガポールで就労継続希望なら、EPやPEPなどの就労ビザ取得が必要になります。
ONEパスの方が有利ですが、基本月収$2万以上$3万未満で技術業界で、複数企業経営をする人は、テックパスも検討対象です。

2021年11月の時点で、テックパス取得者は150人でした。テックパスには最大枠があり、500人です。
2022年7月の時点で、テックパス取得者は250人でした。応募者は450人だったとのことで、半数近くが不許可と結構多いです。
テックパスはONEパスと統合する、というニュースが流れています。興味がある方はお早めの申請を。

筆者への連絡方法、正誤・訂正依頼など本ブログのポリシー

にほんブログ村 シンガポール情報