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"Ah Boys to Men" シンガポールを理解する徴兵コメディ映画

うにうに @ シンガポールウォッチャーです。
シンガポールの特徴の一つが「男子皆徴兵」です。シンガポールを勉強していない人が「シンガポールは金ばっかり」と聞きかじりで言ってきた時に、「徴兵制」で瞬殺できますね。

徴兵コメディ "Ah Boys to Men"

その徴兵を題材にしたシンガポールの国産映画 "Ah Boys to Men" がシンガポールのNetflixで6月1日から視聴できます。タイトルから察することができるように、徴兵での訓練と共同生活を通じて、男子が男として成人していく話です。主人公は金持ちの親に甘やかされたボンボンの設定です。コメディで、普通に笑えます。
「あれ?コメディなはずなのに?」という本題に関係ないシンガポールへの軍事侵攻を最初の10分でやっていますが、その後に本題が始まります。

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残念ですが、日本からは見れず、日本語吹き替え・字幕もありません。英語字幕はあります。

シンガポール史上、最も興行収入をあげた国産映画

徴兵NSがテーマなので、国外ではこの映画の知名度はありませんが、シンガポール関係者なら普通に面白いコメディです。
マーケットが小さく規制が厳しく、ハリウッド映画ばかりのこの国で、2012年の興行収入第5位につけ、マダガスカル3より売れました。シリーズ化されています。

私のツボに入ったストーリーです。

  • 徴兵NS回避に、医師の診断書をとろうと画策する母と本人
  • 徴兵回避をするためのいろんな"伝説"
  • 徴兵延期をMP(国会議員)に陳情し、快く軍にレターをMPが書いてくれるが、何の役にも立たず、普通にNSに突入。
  • かぁちゃん「軍は金あるんだから、兵士にメイドつけなさいよ」
  • 一戸建ての立派な主人公の家と、仲間の公団HDB暮らしの対比。
  • 軍のリュックをメイドが運んでいるのを激写される主人公
  • 息子に事故がおき軍を責めるかぁちゃん「あんたでダメならMP(国会議員)に、MPでダメならPM(首相)に、PMでダメならMM(リー・クアンユー初代首相)と話をつけるから!私はMMと友達なのよ!」 (首相を降りたあともリー・クアンユー氏が一番エライとみんな思ってたのね…)

強烈な原体験が"伝説"として面白おかしく話されるのは、どの文化にもあります。2年間の徴兵がそうならないわけはありません。
一般に楽しめるシンガポール映画は少なく、文化背景を下敷きにシンガポール人のメンタリティを理解する手助けとなる貴重な映画です。シンガポール在住者は、みんな見るべし。

軍事大国シンガポール

現在も北朝鮮と戦時下にある韓国と違って、シンガポールは短期的な脅威がないのに国防に力を入れているのは、北欧やスイスと似ています。ノルウェー・スウェーデンでは女性も含めて徴兵があり、デンマークやスイスも徴兵があります。リベラルの最先端の北欧が徴兵制度をとっており、スイスでも何度も徴兵制度廃止が国民投票で否決されており、徴兵と民主化に関連性を求めるのは無理でしょう。小国ほど、国防比重が高まることを避けられないとの理解が良いと思われます。
日本人は国防という考え自体への拒否も見られますが、シンガポールで徴兵制度は国民から支持をされています。

シンガポールでの国防費は、2019年国家予算で18%と最大支出です。ちなみに、その次は教育で17%。
※2020年はCOVID-19対応で、例年の予算と全く異なっているので、2019年を例にしています。

比較までに、日本政府の歳出の最大が国債費で23.2%、防衛は5.2%です。

シンガポール徴兵の特徴

シンガポールの徴兵は、正式にはNationnal Service。略してNSと呼ばれています。1965年の建国直後の1967年に、以前の宗主国だったイギリス軍撤退で、自主国防のためにできました。イスラエルとスイスがモデルです。
NSの特徴です。

  • 男子皆徴兵。
  • 国民に加え、永住者PR二世男子も対象。NS経験者は帰化申請で優遇される。2006から10年の間に、3千人が帰化申請し、拒否は2%
  • 2年間と長い。
  • 配属は、軍以外に、警察/消防もある。大半は陸軍配属。隣国と関係が強いマレー系は1977年までNSがなく、現在も軍ではなく警察/消防配属が中心。
  • 予備役が40歳まで続き、招集がある。
  • 良心的兵役拒否がない。免除は障害や深刻な病状などで、まれ。徴兵忌避は刑法犯で刑務所行き。

シンガポールは小学校入学から選択制です。小学校入学時には学業成績はさすがに問われないですが、兄弟在籍や親が卒業生での優先枠があり、階層化が始まっています。メリトクラシー(能力主義)を標榜するシンガポールですが、ここではそうは見られません。
そのため、多様なバックグラウンドの人と接するのは、エリート家庭出身だと、NSの時が初めてになります。日本の公立小中学校の役割が、ここであることになります。

シンガポールでの最近の徴兵忌避

"クレイジー・リッチ・アジアン"の原作者のケビン・クワン氏

自由が制限される軍隊であり、徴兵忌避をする人は毎年一定数います。最近の有名なところだと、映画"クレイジー・リッチ・アジアン"の原作者のケビン・クワン氏です。
シンガポール生まれ。曽祖父はシンガポールのメガバンクの1つOCBCの創設者という、裕福な家系で育っています。名門小学校であるアングロ・チャイニーズ・スクールで学びますが、11歳にて両親について渡米。その後はアメリカで過ごします。NSに参加拒否し、シンガポールで指名手配中です。
入国すると逮捕されるため、"クレイジー・リッチ・アジアン"のシンガポールプレミアに参加しなかったことで、公になりました。
uniunichan.hatenablog.com

政府批判のブロガー: アモス・イー氏

他には、リー・クアンユー初代首相とサッチャーの猥褻画像と、キリスト教徒の心情を害する動画をユーチューブに投稿した当時16歳のアモス・イー氏。シンガポールでは宗教へのヘイトスピーチは刑事事件です。よく誤解されますが、アモス氏がシンガポールで起訴された理由に、政府批判は含まれていません。宗教へのヘイトスピーチが理由です。
二回刑務所に収容され、その後、米国に政治亡命。アモス氏は米国の裁判所で、宗教感情は政治思想を制限する口実だと主張。シンガポール統治の民事・刑事訴訟で批判を黙らせる「操作手法」だと米国の裁判官は受け入れました。
ところが、シンガポール国内では、NS招集の健康診断前日に渡米し、亡命申請していることから、「アモス氏はNSを逃げるために、亡命を利用した」という見方が根強くあります。

シンガポールでは、NSは極めて重要な自己犠牲の経験です。移民国家であるにもかかわらず、外国人への排斥感情が時折起こるシンガポールで、その根拠は
「オレはNSにいった。外国人はフリーライダーだ」
というものです (その主張だと、NSに行ってない女性もフリーライダーなのですが)。そのため、逆に、移民であっても永住者であっても「いや、彼はNSにいったんだ」となると「そっか、なら仲間だな」と評価が一気に反転します。NSに行った外国人をそれでも非難するのは、ごく一部の極右です。
女性にはNSがないため、女性の移民は根本的に受け入れられる機会を失っているとまで言えるぐらいの評価が、NS経験者にはあります。

そのNSをアモス氏は「逃げた」ため、一時期は反政府から絶賛され将来のリーダーとして期待を受けていましたが、亡命後はシンガポール国内での発言力を失い、今に至ります。
なお、シンガポール政府が反政府勢力を国外に追いやり、影響力を弱めるのは伝統的手法です。最も有名なところでは、リー・クアンユー初代首相の政敵だったリム・チンシン氏です。イギリスに移り、フルーツ売りとして生涯を終えています。
uniunichan.hatenablog.com

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