今日もシンガポールまみれ

日本のあっち、シンガポールのこっち

末永恵氏の新型肺炎への事実誤認記事(クーリエ・ジャポン)

うにうに @ シンガポールウォッチャーです。
シンガポールは2003年にSARSで国が大きな影響を受け、東南アジアのハブとしてコロナウイルス感染者が連日報道されています。そのため、関係諸国では厳格な対応を取る国としてあげられることがあります。

シンガポールは専門外の末永恵氏

関係国の国民感情がエスカレートする中で、『シンガポールなど東南アジア情勢に詳しいジャーナリスト』とクーリエ・ジャポンで紹介されたのが末永恵氏です。専門のマレーシアは別として、何をもって『シンガポールに詳しい』とクーリエ・ジャポンが思ったのかは分かりませんが、困ったことに多くの事実誤認が含まれます。以前にもとりあげました。
uniunichan.hatenablog.com

末永恵氏の記事では、過去に週刊朝日が以下の謝罪を行っています。

<お詫び>
2014年4月18日号のワイド特集の中の記事「マレーシア機墜落の闇 真相覆う政府の腐敗」で、CNN上級国際特派員のジム・クランシー氏のコメントとして「自国の腐敗した政治状況をこの事件で暴かれたり、国の恥を世界のメディアが明らかにしないようコントロールしている」とある発言部分を取り消します。執筆者のフリージャーナリストがクランシー氏ご本人に取材した事実はありませんでした。ジム・クランシー氏およびCNNにご迷惑をおかけしたことをお詫びします。

  • 週刊朝日: 発行日2014年05月02日 ページ152

その末永恵氏が武漢発新型コロナウィルスで、再度シンガポールを取り上げました。これまでJBPressに寄稿していたのが、クーリエ・ジャポンに変わっています。なぜでしょうね。
courrier.jp
彼女はシンガポールの専門家でもなく、居住者ですらないので、『筆者がチャンギ国際空港に降り立った』という旅日記になっています。旅行者ですから。
その末永恵氏の記事へのファクトチェックを行います。

シンガポールは観光立国?GDPで14%も?

まずタイトルが謎です。シンガポールで観光は重要産業の一つですが、観光で「立国」した認識は一般的にはないはずです。戦前は交通の要所としての貿易、戦後は住友化学など日本も大きく関わった製造業、最近では金融業が主力です。この謎の認識がどこから来ているのか、本文に記載があります。

観光は一大産業だ。GDPに占める観光産業収入は約14%で、タイの約9%、マレーシアの約4%、インドネシアの約3%など、東南アジア諸国でダントツに高い。

はい、事実誤認です。
シンガポールの観光産業のGDP比率は、14%ではなく、4%です。出所はシンガポール政府観光局 (STB) です。

  • シンガポール政府観光局: About STB: Overview

これは致命的な誤りです。
他国と比較し『東南アジア諸国でダントツに高い』と書いているので、単純にタイプミスで1桁増やしたというものではないでしょう。
GDP比率が14%だと、単純に割り算すると、7人に1人もが観光産業従事者になります。シンガポールに住んでいると、これは明らかに実感に合いません。データを再確認するべきですが、専門家でもなく、居住経験もないようです。14%がおかしいことに末永恵氏は気が付きませんでした。

シンガポールにシャングリラホテルは2つあった

2018年、米朝首脳会議が行われたシンガポールのホテルでも感染者が出た。

まず、米朝会談が行われたのは、末永恵氏も書いているように、セントーサ島にあるホテルの「カペラ シンガポール」です。ここでは、患者は出ていません。
患者が出たホテルの一つは、末永恵氏も認識があるように、セントーサ島にある「シャングリ・ラ ラサセントーサ リゾート&スパ シンガポール」です。
ところが、セントーサ島のシャングリ・ラは、米朝首脳会談とは関係がありません。トランプ大統領が宿泊したのは、オーチャード近くにある「シャングリ・ラ ホテル シンガポール」です。

※筆者撮影f:id:uniunikun:20200131143925p:plain
シャングリ・ラ ホテル シンガポール
シンガポールに、シャングリ・ラのブランドのホテルは2つあります。末永恵氏は、初歩的なミスをし、わざわざホテルにまで視察に行ってるのに、気づかずにこの記事を書かれた模様です。
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この『米朝首脳会談』という文言は、序章にあたる記述で、末永恵氏でなく、クーリエ・ジャポンの編集がわざわざ付け足した可能性はあります。「末永恵氏をライターに選ぶクーリエ・ジャポンだけのことはあるなぁ」という印象です。

シンガポールの17年前の一般労働者の月給は6万円だった?!

SARSからの経験にある。 (略)
「もし、外出すれば(一般労働者の10倍の月給の)罰金1万ドルが科されたぐらいですから」

現在、S$1は約80円です。1万ドルだと、約80万円です。2003年はS$1は約60円でした。これだと、60万円ですね。
この罰則はシンガポールの感染症法 (Infectious Diseases Act) によるものです。検疫に従わなければ、S$1万以下の罰金、もしくは、6ヶ月以下の禁錮、もしくはその両方になります。

問題は、1万ドルが『一般労働者の10倍の月給』ということです。これは間違いです。
シンガポール労働省 (MOM) の統計で、2003年の月収中央値はS$2320 (約14万円)です。1万ドルは、「一般労働者の4倍強の月給」ということです。17年前とはいえ、シンガポールの一般労働者の月給が6万円というのは、いくらなんでもおかしいのに、またしても気づいていません。
なお、その後経済発展とシンガポールドル高で、最新2019年の月収中央値はS$4,095です。約33万円と2.3倍に所得が伸びています。

昨年の経済停滞は過去最低?リーマンショック時より悪い?

米中貿易戦争の影響による輸出低迷は、2019年の経済成長率が0.7%にとどまる要因になった。
また、国家公務員のボーナスが、「1.1ヵ月分」と過去最低を更新

シンガポールでは経済成長が公務員のボーナスにも連動します。「お役所仕事」では、公務員の稼ぎも悪くなるのです。米中摩擦の影響を受けてシンガポール経済は停滞中です。
ですが、2019年の公務員のボーナスは1.1ヶ月分ではなく、1.55ヶ月分です。また、過去最低は、金融危機 (リーマンショック) の年の2009年の1.25ヶ月です。この過去最低は更新できていません。
なお、1.55ヶ月は通年で、冬 (シンガポールは常夏なので12月ですが) のボーナスだけだと、1.1ヶ月になります。ですが、過去最低を更新していないので、末永恵氏の記述はやはり不適切です。

過激なネット世論は、一般にどこまで支持されているか

シンガポールは28日現在、今回の新型ウイルスで東南アジアでタイに次ぐ4人の感染者を確認しているが、中国人の入国全面禁止などの規制の動きは見られない

SNS上では「政府の対応は遅すぎる」「なぜ、中国本土などの渡航者の入国を全面的に禁止しないのか」など、政府の対応への不満やフラストレーションを表す投稿が見られた。
日本では今回のシンガポールの危機管理対策が賛美されるが、地元・シンガポールでは国民の一部から否定的な声が上がっているのも事実のようだ。

末永恵氏の記事は1月28日に書かれた模様です。1月29日に、武漢を含む湖北省発行パスポート所持者への入国とトランジットを、シンガポールは認めなくなりました。また、2月1日23時59分から、中国訪問者と中国パスポートでの入国とトランジットも不許可になりました。全面禁止です。

新型感染症より危険なもの

SARSで「感染者238人、死亡者数33人」と東南アジアで最大の犠牲者を出したシンガポールは28日現在、今回の新型ウイルスで東南アジアでタイに次ぐ4人の感染者を確認しているが、中国人の入国禁止など、規制の動きは見られない。

ここはファクトチェックではありません。
そもそも、現在の新型コロナウィルスへの反応は、日本・シンガポール・世界で合理的で冷静でしょうか。
シンガポールでは、通勤時のマスク着用率が1割を超えてきました。

2003年のSARSでシンガポールは深刻な打撃を受けたとされています。感染者238人、死亡者33人です。ところが、その年のシンガポールでの交通事故は1万6千件、死亡者は213人でした。シンガポールでさえ、SARSより交通事故の方がハイリスクだったわけです。

現時点で、シンガポールで新型肺炎に死者はでていません。感染者は全員、武漢からです。国内感染もおきていません。新型肺炎が、交通事故よりリスクが高いという評価にはなりません。
人間は、既存のリスクには関心が低く、新種のリスクは過剰評価します。テロや放射能がそうです。
シンガポールでの公衆の場でのマスク着用率が1割を超えてきた印象があります。「しないよりかはまし」という考えであれば理解しますが、今日、シンガポールでコロナウイルスに感染する可能性より、宝くじ一等に当たる方が高確率です。中国人の入国禁止でのリスク軽減より、交通事故の方がハイリスクです。
それを認識した上で、マスクをして欲しいです。マスクをしている人が、歩きスマホをし、バイク・タクシー・自家用車に乗っていれば、リスク判断を間違えていることになります。

SARSの被害が上記で収束したのは、関係者の努力と国民の協力によるものです。メディアには、感情を煽るのではなく、冷静で合理的な報道をして欲しいと願っています。


末永恵氏とクーリエ・ジャポンは、メディア・ライターとしての良心があるなら、この記事を削除・撤回すべきです。根本の「シンガポールは観光立国」が崩れ去っているので、そこを削除すると、論旨がなりたたないためです。