今日もシンガポールまみれ

日本のあっち、シンガポールのこっち

シンガポールでの母子無理心中から考える 海外在住の健康と危険

うにうに @ シンガポールウォッチャーです。本記事の写真は全て私による撮影です。

日本人母子 無理心中

11月14日木曜日、シンガポールの日本人コミュニティに、SNSとLINEで噂が一斉に飛び交いました。
「ブキティマ自然保護区で死体が発見され、その母子は日本人らしい」
とのものです。正確には、ブキティマ自然保護区ではなく、ブキバト自然公園でした。
報道が始まったのは、華字紙の新明日報(他紙転載の全文)。そこから、フリーペーパーのToday、ネットメディアのヤフーシンガポールAsiaOne、英字紙であり最大手Straits Times、テレビ局Channel News Asia (CNA) も後追いで報道が続きます。
事件か事故かを巡って、いろんな憶測が飛び交いましたが、最終的には遺書が発見され、無理心中と思われています。

報道による事実関係

報道としては後発ですが、ネットメディアのmothershipが最も詳しいので、そこから抜粋しします。このmothership報道も、新明日報からの引用とのことです。 (私は中国語が読めないので新明日報から引用できません)

  • 2019年11月14日の朝、2つの遺体が発見された。
  • 41歳の女性と、5歳の男子で、母子。日本国籍。
  • 発見時、男子は黒のホンダ ベゼルの中で、女性はその近くに横たわっていた。
  • 新明日報によると、女性が息子を殺害した後に、自殺したと考えられている。遺書が車で発見された。
  • 運転席の窓が壊され、車の中にいた人を誰かが助けようとしたと考えられている。
  • あたりには6台の監視カメラが備え付けられている。殺害と自殺の動機は不明。
  • 外国人家政婦(メイド)によると、このあたりで日本人居住者を見たことがないとのこと。住民の大半は白人。
  • 木曜晩に、僧侶が現場を訪れ、ろうそくに火をともし、供花した。
  • 発見者は、隣接するテレビ塔の警備員の2人だった。違法駐車の車に近づき、懐中電灯で車の中と草むらを照らしたときに、遺体を発見した。
  • 午前6時42分に警察に通報され、警察は不自然死として扱った。車の周囲で6時間にわたり捜索を行った。警察調査は今も続いている。
  • 事件を調べており、シンガポール当局を支援していると、日本大使館は述べている。

※筆者注:
ベゼルはライドシェアのグラブでよく使われる車です。逆に、ベゼルはライドシェア以外では敬遠されるようになっています。シンガポールでライドシェアをするには、自営・フリーランスであるため、外国人は一般的な労働ビザではできず、永住権PRが必要になります。
・現場は立ち入り制限地域と各種記事に記載がありますが、制限地域は現場ではなくテレビ塔敷地内と私は理解しています。現場は、テレビ塔横の、15軒ある一戸建て住宅に通じる人気がない道路でした。

海外生活の光と影

シンガポールの日本人コミュニティでは、2018年9月にバンコクで二児の子どもを持つ駐妻が、自殺したことも広く知られています。

他人事とは思えないからです。
日本では、駐在員はプールやジムが併設された高級コンドミニアムに住み、駐妻は家事をメイドにまかせ、駐妻仲間とホテルや高級レストランでランチを楽しんでいると思われています。確かにそうしている人もいますが、そうではない人もいます。一見華やかな人でも、不安を抱えていることも珍しくありません。

  • 日本であった以上に濃密な日本人村の人間関係。LINEの駐妻グループが怖い。友達がいない。
  • 英語 (現地語) ができないので、日本人村界隈以外に出かけられない。外出が苦痛。
  • 旦那が近隣諸国に頻繁に出張し、帰りも遅い。何をしているのかも分からないし、話をする時間もない。
  • 子育てで頼れる人がいない。メイドは外国人で雑だし、他人を家に住ませたくないから雇えないし、もし雇えば管理が大変。
  • 子どもが学校になじめない。

不安を抱えながらも、キラキラインスタを上げ続ける強い人もいれば、押しつぶされる人もいます。
また、海外在住者は職場の支援がある、駐在員ばかりではありません。現地企業と直接雇用契約で働いている現地採用者もいます。シンガポールであれば、一部の金融職や専門職で、駐在員並がそれ以上に稼ぐ現地採用者もいますが、そんなスター現採は一握りです。将来への不安を直視しないようにしながら毎日を生き抜く人、現地結婚組であれば配偶者の親族とのストレスのもとで生活している人は少なくありません。
シンガポールには、日本人会クリニックに心療内科があり、メンタルヘルスの診療経験もある日本人医師がおり、海外の中では恵まれている環境にあります。

日本人は海外でどれぐらい事故にあっているか

安全になる世界

外務省: 海外邦人援護統計

「日本じゃないんだから、気をつけてね」
海外旅行者や、移住者によく言われれる言葉です。では、海外とはどれぐらい危険なのでしょうか。
統計があります。外務省の"海外邦人援護統計"です。最新版は2018年作成、2017年のデータに基づきます。

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海外邦人援護統計
※海外邦人援護統計には在外公館活動である"所在調査"が含まれていますが、リスクではないので、表から除外しています。

これは、在外公館 (大使館などですね) で把握している数です。つまり、旅先で窃盗にあったとしても、現地の警察にすら届けないのが大半ですし、更にメリットがない日本大使館に届ける理由はありません。盗難物がパスポートか、盗難保険加入者でもなければ、戻ってくる期待もできない中で、言葉が不自由な現地警察に届ける動機も時間もないので。
その一方で、重大事故・犯罪の被害者にあった時や、自分が加害者として逮捕された時には、大使館に連絡が入ると想定されます。軽い事故や犯罪での報告数は氷山の一角であり、重大事故・犯罪や加害者についてはカバーされている割合が高いというのが、私の推測です。
着目すべきは、実数より、増加や減少の傾向はどうかということです。先進国はスリなど軽犯罪が頻発し、テロや内戦が多発する世界というのがマスコミ報道から想像される印象ですが、事故件数は過去10年で2割減と減少傾向が実態です。日本人が訪問する国は、日本人にとり年々安全になっていると言ってよいでしょう。

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海外邦人援護統計-死亡者数
2017年には、自殺と自殺未遂は54人におきました。そのうち、35人が死亡しています。犯罪被害で亡くなった13人よりずっと多いです。
2017年の死亡者総数は、477人。過半数の266人が傷病です。事故・災害は83人と17%。自殺の35人は7%です。
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海外邦人援護統計-負傷者数

なお、邦人援護件数で多いツートップが、タイとフィリピンです。国別在留邦人数(2017年)で、4位のタイと、17位のフィリピンが、援護件数で1位と2位になっているというのが、その国で日本人にかかる環境をうかがい知れます。

シンガポール人の印象

遺書が見つかったと報道される前の段階での、シンガポール人の反応です。

  • 「シンガポールはもはや安全とはいえない。ジョギング中にレイプされる事件が以前にもあった。自殺なわけないだろ」
  • 「(富士の樹海からの連想で) 日本人は人気のない山の麓を選ぶ」「あの場所は第二次大戦の昭南忠霊塔の隣だね」

というものです。

昭南忠霊塔

昭南忠霊塔とは、第二次大戦中のシンガポール攻略戦闘での日本人戦死者を弔う記念碑です。12メートルの高さの木製でした。その裏には、3メートルの高さの英国記念碑の十字架がありました。日本の敗戦で、日本軍が破壊し、跡地として残されています。
詳細を知りたい人は、シンガポール国立公文書館を訳していますので、こちらを参照ください。
uniunichan.hatenablog.com

死に近い場所で、しかもそれは日本の第二次大戦のいわくつきです。
大通りから、昭南忠霊塔までは、参道を思わせる真っ直ぐな道路がひかれています。そのすぐ右手にあるテレビ塔も見えます。

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Lor Sesuai
その小高い丘の上にあったのが、昭南忠霊塔です。テレビ塔が隣りにあるのは、電波の発信には高さがあるのが有利だからでしょう。
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昭南忠霊塔 跡地
跡地には記念碑が置かれています。
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Bukit Batok Memorials1
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Bukit Batok Memorials2
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日本人が持つシンガポールのイメージは、マリーナベイサンズに代表される大都会の金融国ですが、ジャングルがいまだに残されている地域がブキバトです。
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社会保障を受けられる日本に帰ろう

motherhshipの記事は「精神的苦痛の中にいる人を知っていれば、助けを得られるホットラインがあります」として、メンタルヘルスの診療や、NGOへの電話問い合わせ先が記載されています。
シンガポールでも自殺はありますが、日本ほどではありません。人口10万人あたりの自殺率は、日本が20.5人のところ、シンガポールが11.1人と約半数にとどまります。(2016年 WHO)
最近まで、シンガポールで自殺は刑法での犯罪でしたが、改正され犯罪ではなくなりました。日本では、自殺幇助が犯罪ですが、更にそれを厳しくしたものだったと言えます。

自殺の引き金となるのは、精神疾患のみではありません。「自分の生命保険で、借金を返して、残りで家族が生活を立て直して」という"合理的な判断"でもおきます。そうならなくていいように、破産があり、生活保護といった制度があります。また、行政に加えて、家族、親族、友人、地域というセーフティネットがあります。ただしこれは、母国であればの話です日本国籍を持って生まれてきたのは、生涯に渡って宝くじを握りしめているのと同じ、またとない幸運なのです
シンガポールでも、外国人も破産できます。永住者PRであれば生活保護 (ComCare) を受けることも可能ですが、内容によって世帯にシンガポール国民がいることなど基準が厳しく、金額も国民と異なります。永住者でない就労ビザでの外国人、観光目的の外国人からは、社会保障費を取らずに、社会保障を提供しないのが、シンガポールです。

健康・精神・経済的に困窮し、現地での打つ手がなくなれば日本に帰るのが選択肢の一つになります。海外で経済的に困窮して自分で打つ手がなくなったのであれば、日本大使館に駆け込んでください。「海外邦人援護短期貸出金経費」による送金が届くまでの一時的な貸し付けや、「困窮邦人帰国対策費(国援法・送還費)」による帰国費用の貸し付けの制度があります。

「この子を残すと不憫」という考えに至らないように、自国民に選択肢を提供できるのが、先進国だと私は信じます。


真っ暗な中、今まで育ててきた5歳の子どもを乗せて車を走らせ、人気のない場所を選んだお母さんの心中を思うと言葉を失います。ご冥福をお祈りします。


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