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シンガポール開催の米朝会談で逮捕・警告を受けた人たち ~16億円の開催費負担はペイしたのか~

シンガポールで米朝会談が6月12日に開催されました。会談の内容、意義も含め、報道が溢れています。シンガポールウォッチャーの私からは視点を変えて、米朝会談に関係して逮捕や警告を受けた人たちを一部とりあげて「国家レベルでのイベントオペレーション」と、「シンガポール国民にとっての開催意義」を考えてみます。

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※トランプ大統領が宿泊したシャングリラ・ホテル。2016年、筆者撮影。

米朝会談で逮捕・警告を受けた人たち

金正恩氏そっくりさん ハワードX氏

まずは、世界的に最も報道された警告です。
金正日そっくりさんとして有名なハワードX氏(オーストラリア在住香港人)が、シンガポール入国時に2時間聴取を受け、警告を受けています。政治的な意見があるか、他国での抗議活動の有無を聞かれ「特別行事の場所に近づかないように」と警告されています。

その後、トランプそっくりさんと共催したセルフィーイベントが、シンガポールで盛況に行われ、こちらも世界中のマスコミが報道しました。米朝会談にうってつけの前座となっています。

北朝鮮大使邸に不法侵入した韓国マスコミ

警察は電話で通報を受けました。韓国放送公社 (KBS) 従業員の韓国人2人を、北朝鮮大使の住居への不法侵入で逮捕、国外追放処分となっています。2人はシンガポール政府の取材許可証を得ていませんでした。KBSは放送で公式に謝罪を行っています。

韓国人拉致被害者家族

1960年に北朝鮮に父が拉致された韓国人女性(69歳)が、米朝会談会場のカペラ ホテル周辺で、父の帰りを訴えて、横断幕を広げて抗議活動をしました。警察は2人に退去するように求めました。

韓国人女性5人組

金正恩氏がマリーナ・ベイ・サンズに出かける際に、韓国人女性5人が、複数回の退去警告に従わず、金正恩氏宿泊のセントレジス近くで逮捕されました。女性たちは警官との乱闘になり、逮捕に抵抗し、韓国語で叫んでいます。
同日早くに、会談会場のカペラ近くで横断幕を広げ、トランプ大統領宿泊のシャングリラ近くで抗議のプラカードを持っていました。警察は退去を警告していました。
この女性たちは国外追放になっています。

日本で朝鮮書籍専門店を運営する日本人

セントレジス近くで、北朝鮮関連書店を日本で営む日本人が、北朝鮮書籍を販売のため路上で陳列していました。警察にID確認を求められ持ち物検査を受け、その場を去りました。

ドイツ語を話す男性記者

カペラの前でシャトルバスが停車し、記者100人のホテル入り口への視界をふさぎました。ドイツ語を話す男性が「これはお前の仕事で、このためにお前は給料をもらっている」とバスをどかせと政府職員に訴えました。警察に記者証を求められた男は提示できず、パスポートはホテルにあり、ドイツの住所を教えると答えています。警察に付き添われて、その場を去りました。

入国を許可されなかった4人

米朝会談に関して、入国を許可しなかったのは、最低でも4人であることをシンガポール政府は明かしています。自爆テロサイトを閲覧したことがある東南アジア人、以前テロ活動にかかわったオーストラリア人、詳細が示されていないもう2人です。

治安法による警備

金正恩そっくりさんが警告を受けたのには、シンガポール政府の網の大きさにも驚きましたが、平昌冬季五輪で北朝鮮の「美女軍団」に近づいて混乱を引き起こしたことが理由ではないかと思われます。

北朝鮮マニアの日本人は、外国人に必要な就労許可がなく違法行商の2点から、シンガポールの通常では拘束を即座に受ける案件です。被害者がいて悪質な韓国放送公社を除くと、「警告後に逮捕」というのは、シンガポールでは通常よりゆるやかな対応です。治安法に関する過去の事件で、シンガポール国民が即逮捕されたことと比較し、なかには国民が逆差別されていると訴える野党系メディアもあります。


※セントーサ島を海から警備するシンガポール海軍

特別地域と特別イベント地域

シンガポール政府の対応の根拠となったのは治安法 (Public Order Act) です。対象になった地域では、爆発物・銃器・拡声器などの持ち込みやドローン飛行が禁止され、その確認のために、車両と身体検査を行うことが可能になります。これらは"特別イベント地域"です。
それに加えて、更に厳しい"特別地域"があります。この地域では、出入りの車両と人の通行の検査と、侵入の不許可、立ち去りを命じることができます。

治安法の適応自体は、それほど珍しいことではありません。政府が威信をかけて行っている建国行事のナショナル・ディ・パレードにも適応されています。


※セントーサ島の米朝会談カペラ周辺を警備するヘリコプター

「明るい北朝鮮?」

シンガポールが会場に選ばれたのは、「会場周辺でのデモを抑止できる国」というのが理由の一つではないかと言われています。
米朝会談の会場になったセントーサ島で、抗議活動を計画した国内NGOがありましたが、「デモは14営業日前の申請と、それへの警察許可が必要」という条件があり、開催が急だったため日数が足りず申請を断念しています。

届け出で比較的自由にデモを開催できるホンリョン公園のスピーカーズコーナーでは、ごく小規模の平和集会が開かれました。
シンガポールでは、外国人はスピーカーズコーナーのイベントへの参加も認められていません。永住権保持者になると参加できますが、ステージにたてるのは国民のみです。シンガポールは「外国が自国の政治に影響を与えることを認めない」「外国人の自国での政治活動を認めない」という姿勢を持っています。ですので、米朝会談で警告や逮捕を受けた外国人の抗議活動は、シンガポールにとって論外です。

となると、ここでまた「シンガポールは"明るい北朝鮮"だから」「北朝鮮が"明るい北朝鮮"を訪問」と言いたがる人が出てくるのですが、「明るい北朝鮮」という用語自体が日本人しか知らない、日本でのみ通じる言葉です。シンガポール人は知りません。開発独裁の一形態として、世界的には認知されています。シンガポールは独立後一貫して自由主義陣営です。中華系が3/4を占める国でありながらも、中国との国交樹立が1990年に遅れるほど長らく距離をおいていた強固な反共国家なので、シンガポールでも日本以外の他国でも、「明るい北朝鮮」が通じないのは当然です。
シンガポールは建国から一党支配が続き、国境なき記者団の世界報道自由ランキングでは151位であり、言論の自由への制限があるのは確かです。ですが、それは多民族国家でヘイトスピーチが引き起こす民族対立を抑止するためであり、なにより選挙で国民が信任した結果でもあります。
米朝会談で訪れたCNNの取材に、シンガポールの圧政や言論の自由を聞かれたシンガポール首相は「国民の選挙の結果だ。 スピーカーズコーナーで思いを表現できる。それ以外の場所でするにはルールがある。煽動罪・侮辱罪はあるが、ネットに望むことを書ける」と反論しています。

米朝会談で最も果実を得た国はどこか

開催費用16億円、65万円金正恩ホテルスイートの負担は、シンガポールにとりペイしたのか?

開催費用16億円、シンガポールには十分にペイしたはずです。世界中のニュースで、わずか人口560万人の小国シンガポールの名前がこれほどまでに連呼されたことは、建国以来なかったはずです。そのビッグイベントが大過なく終了しました。
シンガポール政府は、首相自らが今回の費用がS$2,000万 (約16億円) であると明かし、「地域の平和のために喜んで払いたい」と説明し、「世界のためにシンガポールができることを共にやりたい」「米国と北朝鮮の両国に親交を持つ国は多くない」と国民に理解と警備への協力を呼びかけました。これは、シンガポールが貿易に依存する外需国であり、地域の安定がシンガポールの繁栄の礎だというポリシーからきているはずです。
また、関連する警察を含む公務員、軍隊、徴兵制度の予備役兵に首相は労をねぎらっています。

開催前から、「外資がない北朝鮮から来る、金正恩氏が泊まるホテルスイート宿泊費1泊65万円を誰が負担するのか」ということで話題になっていました。これに、BBCインタビューで外務大臣は「ホスピタリティだ」と支払うとさらっと言ってのけました。開催費用が16億円となると、65万円のスイートの宿泊費は金額では誤差の範囲であり「首相が承認した予算だ。考慮すら全く要らない」とひよらず答えています。「自国の困窮者にその金を使え」と激高するネット民があらわれましたが、一部にとどまりました。

なお、一部日本人には、米朝会談で「シンガポールが大混乱」「不満の声」と、大げさな表現で注目を得ようとする者もいます。しかし実態は、例年のアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアログ)やF1などの巨大イベントで、不便さを国民は経験していることもあり、シンガポールのネット議論で最も多かったのは開催費用16億円でした(Isentia社調べ)。交通規制やセキュリティでの不便さは、その次にとどまります。愚痴はありながらも、シンガポールのブランド向上を理解し、表立った不満は一部にとどまったというのが、バランスある表現のはずです。

伊勢志摩サミット予算 600億円を覚えているか

日本で2016年に開催された伊勢志摩サミットは、予算総額が600億円と報道されています。国際メディアセンターの建築費に28億円、そのためだけに建てられたので解体費に3億円かかることが、当時、話題になりました。
要人が主要国から来るため、単純に伊勢志摩サミットの方が規模が大きくなることは理解します。しかし、米朝会談の40倍弱の費用をかけて、会議で実のある成果を得たのか、開催国の宣伝効果があったのでしょうか。
米朝会談では、S$500万(4億円)をかけたメディアセンターでは、地元料理のチキンライスやラクサを含む、15ヶ国から45種類の食事を、世界中から来た2,500人のメディア勢に無料で提供するなどして、メディア"懐柔"にも成功。評判は上々でした。
政府は国内の社会福祉や効率的な行政提供で節約するだけでなく、社会インフラや国家事業への投資を行う必要があります。シンガポールの国際イベントといえばF1です。F1は政府イベントですが、リーチできるのはモータースポーツのファンというごく一部だけ。開催費用にS$1.5億(120億円)かかる一方で、チケット売上は35万ドルしかなく、放映権や広告宣伝費があっても、台所事情は苦しいはずです。
米国大統領との会談にこぎつけた北朝鮮、具体的なステップや期日を合意に盛り込まなかった米国、拉致問題への合意がないなかで非核化費用負担を求められた日本。これらの当事国と比べると、シンガポールはかなりの成果があったと言えます。メルトウォーター社は、オンラインメディアでのシンガポールの広告効果は約600億円($7.67億) にのぼると見積もっています。会場のセントーサ島にあるユニバーサル・スタジオ・シンガポールや、巨大水族館シーアクアリウムの営業も守りました。米朝会談は、国ができる最良の投資の一つだったのではないでしょうか。

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