今日もシンガポールまみれ

日本のあっち、シンガポールのこっち

海外現地採用者は日本駐在員の下僕なのか?

また一つ、海外就労関係者を見事に釣り上げた記事はこちら。
ビジネスジャーナル:“駐在員の下僕”海外現地採用社員の実態〜コストカット要員、そのまま最下層へ…

この記事に激しく怒っている人もいます。失礼な表現を使っていますから。"下僕"やら"身分差"やら"下層階級"やらと。私の感想は「まぁ、実際のところ、海外の日系企業は大なり小なりこういうもんだろうな」というものです。そして、「大昔から知れ渡っていることを、今更焼き直してドヤ顔で記事にして」という感想がツイッターでは多いようです。

駐在と現採の待遇格差

まずはシンガポールにおける駐在と現採の待遇差を確認しましょう。

シンガポール在住駐在員と現地採用者の待遇比較表

  在シンガポール駐在員 在シンガポール現地採用者
給与 日本のまま 相場は日本の4割引き。月給S$3000 -$5000(22-37万円) の範囲に多くが入る
駐在手当 あり。昔は日本支給給与に手を付けずに生活可能だった時代も なし
住居手当 あり。家族でS$3000からS$8000 (22万円~55万円) なし。一人でS$1000 (7万円) 前後のフラットシェア
所得税 シンガポールで発生する分は会社負担 自己負担
会社負担 原則なし。一部営業職で手当有り
健康保険 会社負担。日本語病院も通院可能 会社負担の場合もあるが、日本語病院は通常使用不可でローカル病院のみ
子供の学校 会社負担で日本人学校かインター校 自己負担
接待費 自己裁量 ほぼなし
就任帰任費用 家族を含む引越し・航空券 通常なし
退職金 あり なし
年金 日本であり なし。シンガポール永住権保持者ならCPFあり
解雇 原則不可。日本契約であり日本の解雇ルールが適応されるため 自由。シンガポールでは雇用主都合解約が自由のため
日本帰国休暇 あり。航空券付与 通常なし
業務時間 勤務先次第で残業無制限だが、日本勤務より短い 通常8時間勤務
有給消化 勤務先次第だが、日本勤務より取得容易 通常全消化。勤務先により12日~25日と幅が大きい。

上記は、私が見聞きして一般的と思っているものです。当然、勤務先や職位により、駐在でも現地採用でも上下します。
身も蓋もない比較になりました。業務時間と休み以外は、金銭面で駐在員の圧勝です。上記の例だとどう見ても、待遇で現採が駐在に勝ち目はないです。表にはしていませんが、シンガポールでは日本人の方が現地人より給料が特に良い、というわけではありません。これはシンガポールが現地人も給与が十分に高い先進国だからというのと、日本人現採が英語が現地レベルより低いのと職歴不足で、日本人/日本語求人以外の求人への流動性に欠けているためです。

十把一絡げに駐在員と言いますが、企業によって給料が全く違うように、駐在の福利厚生内容も企業によって全く異なります。上記のように私が典型的と考える福利厚生パターンのみでなく、新卒直後に駐在で送り出すような新興企業系だと、日本と給与が同条件のみで、それ以外は引越し代と旅費のみで国内転勤と同程度の福利厚生しかつかない企業もあります。
海外日本人村は日本以上の格差社会です。どのコンドに住むかから始まり、車支給の有無、食事をするのがレストランかホーカーか、買い物には日系スーパーかローカルスーパーか、週末の趣味にゴルフをして過ごすかなど、駐在と現採とで全く接点を持たず完全に分断した生活を過ごすことも珍しくありません。

駐在員制度の何が問題か

駐在員と現地採用者の待遇格差は問題ではない

「この格差が問題だ」という人がいます。現採のやる気を損ない、劣等感にさいなませるからです。問題解消のために、駐在を減らして、彼らにかかっていたコストを現採の格差減少の原資にしろ、と主張されます。
私は、この格差が問題とも、駐在コストを原資に日本人現採待遇を向上させるべきとも思いません。理由は二点です。

  • 経歴(学歴・職歴)が違う
  • 役職が違う

駐在と現採の履歴書・職務経歴書を並べるとしましょう。現在の職場名を伏せても、どちらが駐在どちらが現採の履歴書・職務経歴書かは一目瞭然です。
出身校から違います。業種によりますが、駐在では有名校が多く、現採では中堅校・無名校が並びます。職歴も同様です。駐在は、社内ローテーションはあっても、キャリアが一貫しており、昇進を遂げています。現地採用者は職種・業種を転々としており、スタッフポジションにとどまっています。大学卒業後にワーホリや学位の出ない語学留学等をしていて、履歴書に空白があるものも多いです。
この経歴の違う二者が、「同じ日本人だから」という国籍を理由に、同じポジションを与えチャンスを試させる合理性は無いでしょう。
高コストの駐在は本社で選抜を経て赴任します。すると、現地法人の役員なりシニアマネージャーなりに落下傘で就きます。現採はスタッフポジションです。役職が全然違うのに、同じ待遇を出すほうがおかしいです。

日系企業でのローカライズの遅れ: なされない権限譲渡

では駐在の何が問題でしょう。それはハイパフォーマーの現採が現れた時に、駐在並の待遇を提供できないこと、駐在になれるキャリアパスが公式には無いことの二点です。

学歴や職歴の壁を乗り越えて、社内で苦労してチャンスをつかみ、駐在並みの成果を出す現採が出てきたとしましょう。しかし、彼/彼女は駐在並待遇を得ることは難しいです。理由は、日系企業で上位ポジションは駐在が概ね占めているためです。日系企業では海外事業のローカライズが欧米系外資より遅れています。特に日本語が必要な本社との業務は駐在に依存しており、駐在人数・比率が高いことや、現地への権限・役職委譲がすすんでいません。欧米系多国籍企業では、現地国出身者が現地でトップになることは珍しくありません。しかし、日系企業では、現地国トップは落下傘で降りてきた日本人駐在が行うことが通常です。これは日系企業がローカライズに遅れていて、現地の有能な従業員をうまく登用できていないからです。

駐在と現採は身分制度

次に、現地採用者が駐在になるためには、日本の本社採用になる必要があります。ローカライズが進んでいる日系企業が仮にあり、現地国で昇進のパスが仮にあったとしても、移籍のパスはイレギュラーで通常用意されていません。駐在コストと昇進以上の待遇を負担して良いとされるほどの人材は滅多にいるわけではありません。駐在に匹敵する成果を出せる現採がいても、駐在への壁を乗り越えられないなら、それは同一労働同一賃金ではありません。成果主義ではなく、出自が重要なつまりは身分制度です。
「身分が違う」と「待遇が違う」は意味合いが異なります。駐在制度の難点は、駐在員と同一能力・成果の現地採用者がいても、駐在員の待遇を得られないことです。同一労働同一賃金に反し、成果の差でなく出自の差であり、それが固定されています。士農工商と同様の身分の差です。
しかしながら、どんな仕事にもこの手の上下関係はあります。上司と部下、客と出入り業者、親会社と子会社、元請けと下請け、正社員と非正規雇用、駐在と現採。今回の記事は失礼ですが、一面の事実は指しています。せっかく海外で働くのですから、現状を知った上でリスクを踏まえて、その人の価値観で腹をくくって、現地採用としてプライドを持って働くのも人生の選択肢です。

現地採用者にこそある問題点: 日本人現地採用者は絶滅危惧種

私は現地採用者活用支持です。
企業視点では駐在が高コストなので、現地採用に置き換えることを企業自身が志向するでしょう。それに加え、基本的に企業は地産地消を目指すべきです。企業の社会意義は雇用と納税。現地リソースを活用して雇用し、その活動に応じてそれぞれの国で納税すべきです。外国から駐在員を連れてくることで、地元にも多大な雇用が生まれるなら地元は歓迎しますが、駐在員の雇用プラス多少程度しか雇用がなければ、そんな地元貢献しない企業はその国には不要です。海外でビジネスをする、というのは、他人の軒先で商売をするのと同じです。母国で以上に相互恩恵が必要です。そのためにも駐在から現採への権限譲渡を進めるべきです。従来駐在員が占めていた上位役職を現地に権限移譲することで、ハイパフォーマーな現地採用者は能力の発揮と待遇向上の機会を得て、更にコンペティティブな企業になるでしょう。
また、現地人は現地国に精通しており、特に現地での営業・マーケティングは駐在より圧倒的に強いのは言うまでもなく、この点でも現地への権限譲渡を進めたほうが強い組織になる可能性が高いです。

ローカライズが進展すると、日本文化や日本語が必要なポジションは海外日系企業でも減少します。現地を知っている現地人に任せれば良く、現地を知らない日本人には不利だからです。現在の日本人現地採用者が担っている主な職務は下記です。

  1. 語学に長けた日本人現採が現地国従業員とのブリッジ役。落下傘で降りてくる日本人駐在役員と現地人現地採用者をつなぐ。
  2. 落下傘で降りてくる日本人駐在役員にに、日本人現採が日本語で駐在をアシスタント
  3.  (現地)日本人への営業要員としての日本人現採
  4. コストカットのためのオフショアとして海外で日本人を現地採用


現地化が進んでいる在日本の外資もこれと同様です。IBMのように、外資でも英語を話せるのは役員など上位役職ぐらいの企業は、日本では珍しくないです。日系企業のローカライズが進むと、残る業務は上記の4.の一部と3.でしょう。対日本人営業に加え、コールセンターでも、日本語ネィティブが好ましい高品質が必要な業務では4.の一部にも日本人現地採用者が残るでしょう。

日本人現地採用者は日系企業のローカライズが遅れている今が旬

となると、日本人現地採用者はどうなるのでしょう?勿論、縮小への道を辿るでしょう。
「駐在は高待遇で、同じ日本人なのにずるい!駐在員待遇を下げて、その分でい本人現地採用者の待遇を上昇しる!」と現地採用者が言う事は無意味です。そのロジックは企業視点での収益合理性がなく、ストライキでしか通じません。それに加えて、そのロジックを出した瞬間に、日本人現地採用者は現地人現地採用者に背後から撃たれます。現地人現地採用者も日本人現採と契約上同じ "現地採用者" で、労働契約上差異がありません。それなのに、国籍理由で日本人のみを優遇という道理は通りません。特に日本語話者の現地人には尚更です。

日本人現採が待遇改善で主張する「同じ日本人」ロジックは

"日本人駐在 > 日本人現採 > 現地人現採"

という身分制度に成り立っているのです。これでは、現地で大多数を占める現地人に働きたい職場環境には、日系企業はならないでしょう。
私は駐在員は絞るべきだと思っていますが、理由は日本人現採との格差解消ではないです。ローカライズが、駐在が占めていたキャリアの天井を取り払うことで、現地の上位役職に現地採用者がつき、よりコンペティティブな組織を作れるからです。駐在のおかげで一生低職位と分かってる組織で働く人は、特にハイパフォーマーではまれです。
駐在が減ることで浮いたお金は、単純にコストカットになるか、日本人と現地人を含む現地採用者への待遇向上でのコンペティティブな組織作成に使われれるでしょう。まかり間違っても、日本人現地採用者待遇向上のみには使われないはずです。日本人なら経験不足でも大目に見てもらえて海外で仕事がある現状は、日系企業のローカライズがすすんでいないあだ花です。今後、"日本人"現地採用は希少な特殊ポジションになるでしょう。上記3.と4.の業務に加えて、日本人バリューに頼らなくても現地で成果を出せる、真のグローバル人材のみが現地採用として職を得られるでしょう。
現地採用として入った以上、ライバルになる同僚は、"同じ日本人"の駐在員ではなく、同じ労働契約にある現地採用契約の現地人達です。彼らと成果や待遇を切磋琢磨して、現地でのエキスパートとしてキャリアを磨いていくのが現地採用の花道です。その生き方にプライドを持てず、同じ日本人意識で駐在を見上げるのであれば、現地採用は止めましょう。辛いだけです。

海外現地採用者は本社駐在員の下僕なのか?

駐在と現採が抱える構造的な問題はここまでにして、本題に戻りましょう。
日系企業で、現採が駐在員の下僕になっている状況は、全てではありませんがあります。勿論、国や企業にもよります。シンガポールは、先進国で駐在・現採格差が他国ほど大きくないためか、比較的マシな方と思われます。

日本人はダイバシティの無い環境で育ってきたため、異文化融合が極めて苦手なのが日系企業の特徴です。部下の扱い、つまり現地採用者の扱いも苦手です。労働契約関係に過ぎない上司・部下関係で、体育会系のりの絶対服従を求めたりし、しかもそれが業務時間外でもだったりします。サービスを受けることに感謝する教育を受けておらず、お客様は神様文化で育っています。そのため、日本人駐在が海外で高圧的に振る舞ったり、どうしてよいか分からず駐在村に引きこもるのは珍しくないです。これに語学苦手が輪をかけます。

結果、現地人現地採用者は日系企業をどんどん辞めます。上記特異文化やキャリアの天井に加え、日本人以外に読めない空気が支配するデシジョンメーキングや、付き合い残業、欧米系外資・地元大企業と比べると給料が安い事が輪をかけます。かくして、現在、シンガポールの大学生の32%は日系企業を無条件で就職先から除外する不人気ぶりになっています。これは韓国・中国企業より辛うじて良い程度でしかなく、欧米・シンガポール地元企業に大きく突き放されています。現在の日系企業は、欧米系多国籍企業・SG政府系大企業に入社できなかった人の選択肢と考えざるを得ない状況です。

シンガポールの学生の就職意識調査: シンガポール系企業と外資系(日系・欧米系など)に対するイメージ

現地採用者/希望者はどうすべきか

ライバルを同じ日本人でなく、現地人だと無事に設定できれば、海外どローカルの道を幸せに突き進めば何の問題もないでしょう。

駐在/現採の待遇比較が頭から離れないようなら、一番は現地採用として働かないことです。海外で働きたいなら駐在として来れるように、できれば新卒時代から勤務先を選んで、社内政治に時間をかけ、駐在赴任を勝ち取りましょう。
しかしこれは10年かけても希望が通るかどうか未知数なかけです。それまで待てない人もいるでしょう。また、現地に恋人・配偶者がいる、駐在赴任のあるキャリアパスから大きく外れた、など現採としての選択が何らかの事情で避けられないなら、日本人現採も現地人と同じよう行動選択にするのが解です。現採就職にあたって、日系企業は避けましょう。中にはキャリアパスがあり高待遇で迎える日系企業もあるかもしれませんが、それに巡り合える可能性は宝くじです。欧米系多国籍企業のポジションを狙いましょう。すぐにでも現採になって海外に来たい人もいると思いますが、可能であれば、外資勤務が可能な程度に専門と業務経験を日本で磨いてから来ることをおすすめします。海外の日系現採で武器となるキャリアを積める可能性と、日本でキャリアが得られる可能性では、日本の方が可能性が高いです。

経歴などの事情で、日系企業にしか勤務先の選択肢が無い場合では、キャリアアップに少しでも近い職種(営業や専門職)を選び、日本勤務より余裕のある業務時間外に資格取得など勉強に励みましょう。日系企業をとっかかりにして、欧米系多国籍企業や地元大企業に転職できるように自己練磨するのです。海外で働く第一歩として、日系企業は腰掛けとしては機能するでしょう。

今回のビジネスジャーナル記事のようなブラック環境にあたった際には、別の日系企業に転職するか、日本に戻るか、業務から自分のキャリアになる部分があるかと体力・精神的疲労を天秤にかけるかです。

幸運をお祈りしています。

 

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