今日もシンガポールまみれ

日本のあっち、シンガポールのこっち

日経に抗議したシンガポール政府と、フェイクニュース防止法

うにうに @ シンガポールウォッチャーです。
シンガポール政府が日経記事に抗議しました。
在東京シンガポール大使が、日経アジアンレビュー編集長と、日経社長に、シンガポール人Sudhir Thomas Vadakethが書いた記事「シンガポール選挙をゆるがすコロナウイルスと不平等」に、書簡を出しています。

7月1日に、ネットで記事は出版されました。総選挙投票が7月10日に行われ、7月11日に大使館が抗議書簡を送っています。抗議書簡が公開されたのは、7月16日です。
同日に、日経アジアンレビューでも、同内容の書簡が掲載されています。
・日経アジアンレビュー: Singapore disputes claims of poor pandemic handling
私が確認できる限りで、日経はこの書簡にコメントを出していません。また、記事の取り下げも行っていません。
抗議が公開され、日経アジアンレビューが公開するまでの5日間にやりとりがあったはずですが、裏で記事を取り下げなかったことは、メディアとして評価されるべきです。

日経とシンガポール政府の強い関係

日本のメディアで、シンガポール政府と最も強い関係を持っているのは日経です。
日経が東京で主催する「アジアの未来」へは例年シンガポールから首相級が登壇しています。歴代のシンガポール首相は全員が出たことがありますし、昨年は次期首相となるヘン・スイキット副首相が出ました。
また、初代首相「リー・クアンユー回顧録」の日本語版は日本経済新聞出版からです。

シンガポール政府が行うメディアへの抗議

シンガポール政府は、外資メディアにも抗議を行います。
今年5月にフォーリン・ポリシー誌に駐米大使が、昨年12月にはエコノミスト誌が駐英大使の抗議書簡を紙面に掲載しています。
・ブルームバーグ: 偽ニュース対策法POFMA、シンガポール外交官が広がる懸念に反論
過去には法的手段により、謝罪や賠償をさせたこともありました。具体例については、後述の付記を参照下さい。

フェイクニュース防止法 POFMA

国内では更に対応が厳しいです。
シンガポールには偽ニュース防止法POFMA (Protection from Online Falsehoods and Manipulation Act) が2019年に施行されました。今月に行われた選挙期間を含めて運用されています。
シンガポール政府はPOFMAを以下のように説明しています。

オンラインでのウソに対抗するPOFMAの主要な手段は、訂正命令だ。この命令は、オンラインのウソが削除されることを要求しない。より深刻なケースでは、コミュニケーション停止や無効命令が使われることもある。
この命令が発行されるのは、

  • 事実誤認の記述がインターネットを通じてシンガポールでコミュニケーションされていたか、いる場合。かつ
  • 命令を出すのが公益にかなうとき。

・POFMAオフィス: Protection from Online Falsehoods and Manipulation Act (POFMA)

POFMAの対象は事実です。批判や意見は、POFMAの対象外です。ただし、POFMAの範囲ではなくとも、誹謗中傷になると、従来からある名誉毀損の対象となります。
「公益を満たす」という基準があるため、適応は政府の判断になります。そのため、反政府からは、「与党関係者には適応されない」という不満があります。
公益を侵害するウソの記述があった場合に、政府は訂正命令を出します。訂正命令では、元の記述の削除は求めず、政府見解の追記を求めます。
深刻なケースでは、FacebookやTwitterなど投稿があったサービスプロバイダへの国内からのアクセス禁止命令になります。
公益を傷つけるために意図的にウソを使った場合には、刑務所を含む刑法犯になります。
・シンガポール政府: What happens if I post or share ‘fake news’?

「何がフェイクニュースか」を決めるのは、政府の閣僚です。POFMAの対象になると、裁判所に異議を訴えることができますが、事後的です。
・POFMAオフィス: Application to Minister: Variation, Cancellation or Suspension

なお、唯一議員を出す野党WPもPOFMA自体には賛成しています。反対しているのは何がフェークニュースかを決めるのは、政府でなくて裁判所であるべきという点です。

人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ (HRW) が反対声明を出していますが、HRW所属のフィル・ロバートソン氏はシンガポール政府の公聴会に呼ばれ、一度は承諾したのに「政府に利用されるから」と参加せず、ビデオ会議参加も断り、シンガポール国内で笑いものになって影響力を失いました。
・Channel News Asia: Singapore Government says Washington Post article on online falsehoods law is ‘perpetuating false allegations’

日経を含め外資メディアはPOFMA対象にはこれまでになっておらず、野党系メディアは「POFMAを避けるために外資メディアへの投稿が必要では」と論じるものも出ています。
・The Online Citizen: Do high level civil servants resort to writing letters to foreign publications because POFMA orders would not work?

言論の自由

"明るい北朝鮮"
世界報道自由度ランキング 158位のシンガポール

シンガポールの話になるとすぐ、
「シンガポールって、"明るい北朝鮮"なんでしょ」
とドヤ顔で言い出す人がいます。止めましょう。
しかも、当地でわざわざ「シンガポールは"Bright North Korea"と呼ばれていてぇ」と現地民に話し出す人がいます。迷惑なので、止めて下さい。
まず、「シンガポールは"明るい北朝鮮"と呼ばれている」と言い出す人がいますが、違います。呼んでいるのはあなた自身です。「呼ばれている」と"誰か"に責任転嫁をしないで下さい。"Bright North Korea"で検索してみましょう。日本発の記事しかでてきません。"明るい北朝鮮"は日本人が言い出した、日本人のみに通じる蔑称です。世界中で日本でしか通じません。シンガポールでは、日本通のシンガポール人しか"明るい北朝鮮"を知りませんし、知ってるシンガポール人は「またか」とうんざりしています。

シンガポールは、共産主義国と異なり、自由選挙で政権が決められます。今の政権・政治体制は選挙で国民の審判を受けています。過去において中国は、シンガポールの政治体制を真似できないかと研究していますが、共産党独裁が揺らぐ可能性がある自由選挙を受け入れられず断念したとされたとの証言は、割と広範に見つかります。
かくして、シンガポールは一党支配、中国は一党独裁です。

シンガポール政府の強権ぶりの一つに、「言論の自由がない」ということがよく言われます。
国境なき記者団の"世界報道自由ランキング"では158位です。なお、世界最下位は180位で北朝鮮、注目の中国は177位です。
・国境なき記者団: 世界報道自由ランキング
※私はこのランキング自体は謎扱いしています。評価方法、メソドロジーは公開はしていますが、「この国があの国より低い」「高い」に納得感がありません。確かに、シンガポールでは、メディアががんじがらめにされていますが、メディアへの民事訴訟はあっても投獄はなく、政府に都合が悪いニュースも報道され、ネット論壇は盛んです。同ランクの国よりはるかにマシに私には見えるのですが。

シンガポールは、西側諸国と比べると、言論の自由への制限が大きいのは確かです。集会やデモはスピーカーズコーナーに限定されます。テレビ局のメディアコープは政府系投資会社テマセクが所有し、新聞のSPH社は免許で縛られ、大統領を排出するなど政府と人事が近い。
その一方、国民は外資メディア・ネットニュースを閲覧可能で、情報統制による"洗脳"にはほど遠いです。特に近隣発展途上国の政府を見て「あぁはなりたくはない」という思いも強く、国民は主体的に与党PAPを選んでいます。

シンガポール政府が抗議した内容

記事の内容は、7月10日に行われた選挙についてです。記事中の4項目に抗議をしています。政府主張です。

  1. COVID-19の国内患者数に、シンガポール政府は抑止に努力をし、効果的な対策を行ってきた。
  2. 政府は社会的流動性の確保と、貧富の格差の是正につとめてきた。
  3. HDB公団が99年賃貸なのは、私営コンドミニアムでも同様。
  4. 生まれながらのシンガポール人が人口でマイノリティになっているというのは事実誤認だし、生まれながらの国民と帰化に線をひくのは疑問。

抗議内容をどう解釈するか

日経が掲載した「よくあるアンチPAP記事」

「生まれながらのシンガポール人が人口でマイノリティになっている」という指摘のみが事実誤認で、それ以外は意見の相違と理解しています。
つまり、政府視点で解釈すると、「事実誤認が含まれているのでPOFMAを適応にすることも可能だったが、(国内への影響力が限定される外資メディアでもあり)公益になるほどでもなかったので、適応しなかった」となります。
その一方で、「外資メディアを対象にすると何かと面倒だから、POFMAを適応しなかったんだろ」が野党系の見方です。

反政府サイドを含めて、かなりのシンガポール記事を私は読んでいますが、今回の記事に目新しいインサイト・事実はありませんでした。私の記事への感想は、
よくあるアンチPAP記事だな」
です。

COVID-19の感染者数

意見の相違です。

一部野党は、COVID-19対策を選挙の争点にしようとしましたが、争点化に失敗しました。感染は外国人寮に感染が封じ込められており、大半の国民には寮での感染対策は他人事の政府任せだからです。なにより、外国人はシンガポールの選挙権を持っていません。
uniunichan.hatenablog.com

シンガポール政府は各種対応をあげ、努力したと述べていますが、シンガポールがアジア各国のうちで大規模クラスタを発生させたのは事実です。人口単位の感染者で、シンガポールは世界17位につけています。
その一方で、感染しているのが若く働き盛りの寮居住者が99%に助けられ、人口単位の死亡者数は世界138位と圧倒的好成績です。(7月20日現在)
・Worldmeter: Coronavirus cases

44,000人の感染者は事実です。また、低い死亡率に最も貢献しているのは、感染した大多数は働き盛りの移民労働者で、高齢者が少数だった幸運があったからです。シンガポールの高い医療技術と対応(とりわけ、軽症者は隔離のみにとどめ、入院と分離)もあるのでしょうが、最大要因は感染者の年齢のはずです。
政治は結果です。結果を論じるべき時に、努力を述べるのは、ずらした回答です。

貧富の格差

意見の相違です。
結果ではなく、政府の努力に焦点をおいた政府主張になっているのは、「COVID感染者数」と同じロジックです。

また、Vadaketh氏は、貧富の格差の根拠としてジニ係数を使っています。「以前より改善されたが、ジニ係数がOECD諸国より今でも高い」と述べています。大使はジニ係数には触れずに、国内貧困層が過去5年で、富裕層より高い収入の伸び率を上げていることを指摘しています。
Vadaketh氏の主張は「以前より改善されたが、今でも貧困の差が先進国基準で大きい」なので、大使の主張とも矛盾しません。両者は互いに補強しあっています。

貧富の格差の是正には、シンガポールには存在しない相続税の導入が適切なはずですが、野党からもこの声はあまり聞きません。
シンガポールが国是としているメリトクラシー (能力主義) の観点でも、本人の成果でない遺産を引き継ぐ相続に税がないのは、逆行しているはずです。少なくとも、小学校入学のくじ引きにあたって「親が卒業生の優先枠」と「兄弟姉妹が在校生の場合の優先枠」での教育格差は速やかに撤廃すべきですが、この声も聞きません。
・シンガポール教育省 (MOE): Registration phases and key dates

HDB公団が99年賃貸

見解の相違です。

99年の賃借権であることは契約上明確で国民誰もが知っていた一方で、「HDBの価格は永久に上がり続ける」という"神話"に、2017年まで政府が釘をささなかったのも事実です。リー・クアンユー初代首相も「HDBの価値は決して下がらない」と、2011年でも発言していました。
・AsiaOne: MM: Your HDB home value will never drop
・YouTube: SPH Razor: MM: Your HDB home value will never drop

2015年に書いた私の記事でも、外国人から見た当時のHDB市場の異様な空気「99年たってもHDBから追い出されたり、価値がゼロになることはないよね」が伝わります。
uniunichan.hatenablog.com
2017年に「すべての古いHDBは、(SERSという制度で) 政府が買い取るわけではない」と当たり前のことを大臣が言うと、大騒ぎになりました。
・ストレートタイムズ紙: Don't assume all old HDB flats will become eligible for Sers, cautions Lawrence Wong

生まれながらのシンガポール人がマイノリティに

今回、唯一の事実誤認は「生まれながらのシンガポール人がマイノリティになっている」というものです。
ここには、ストレートタイムズ紙から引用します。

Vadaketh氏もタン氏も、シンガポール生まれの国民の具体的な数はふれていない。
(略)
ストレートタイムズ紙の質問に、Vadaketh氏は、シンガポールでシンガポール生まれの国民がマイノリティになったとの主張は、"The End of Identity"という2012年に発表した自著での概算によると主張した。
当時、自分に公式の数字を伝えることを拒絶した政府部門に、議論なく受け入れられた主張だったと言った。
「シンガポールだけでなく、世界的な多文化社会においては、外国生まれの人口は、移民と融合を評価する時に分析家が見るデータポイントだ」
Vadaketh氏 (42歳) は、「帰化でありマラヤ生まれの親を持つ息子として、シンガポールの調和と社会的包括性を促進しようとずっとしてきた」と付け加えた。
「タン大使が言うように、"外国人恐怖症や社会不和に火を注ごうなどと決してしてはいない」
・ストレートタイムズ紙: Singapore ambassador to Japan responds to Nikkei Asian Review opinion piece on Covid-19 outbreak and election

これは、シンガポール政府の"後出しジャンケン"です。
Vadaketh氏から政府は問い合わせを受けていますが、回答せずに、記事が出てから「事実誤認」と政府は主張しています。政府は「事実誤認」とは主張していますが、具体的な数や根拠を示さずに、単に「間違いだ」とだけ言っています。
似たようなことは、最近でもありました。政府系投資ファンドであるテマセクCEOの年収についてです。テマセクCEOは、リー・シェンロン首相の妻のホー・チン氏です。「ネットニュースTOCは、テマセクのホーチンCEO年収についてS$21億、約S$1億、年$9900万などと主張したが、全て嘘」と、POFMAを行使した際に政府は述べています。政府はテマセクの報酬を規定しておらず、報酬は法人と経営者の責任とだけ述べています。政府は、これまでに何度もテマセクCEOの報酬について問われていますが、これまで回答していません。
今回も、根拠を示さずに「間違い」とのみ述べています。

Vadaketh氏の計算方法は、帰化の数が過大に見えます。算出において、「1970年の国民の半数を帰化」との見積もりは過大に見えます。政府主張が正しいと私は判断しています。後述する付記を参照下さい。
特に、マラヤの1つの州だったシンガポールが、建国前後の時期にマラヤ他州から引っ越し手続きした人を「帰化」として、「新国民だ」と分類するのは実態に合わないでしょう。特に重国籍を許していないシンガポールで、国民・帰化の違いにこだわるのは、既得権益の主張でしかありません。
Vadaketh氏は、「生まれながらのシンガポール人と帰化の間に線を引いて」いると、政府が言うように、「生まれながらの国民がマイノリティになった」という言動は、「外国人嫌いと社会の分断に火を注」いでいます。

"帰化"を社会保障から外したシンガポール政府

では、シンガポール政府は帰化を国民と平等に扱っているのかと言うと、疑問がある政策があります。
シンガポール政府は、2014年予算で"パイオニア世代パッケージ"という高齢者への社会保障を作りました。45万人を対象にS$90億であり、1人あたり160万円(S$2万)という巨額なものです。みなさんは、日本政府から160万円もらった政策がありますか?ありませんね。
趣旨は「建国時の貢献に報いる」というものであり、86年以前から国民という基準を作り、その後の帰化した人は同じ高齢者でも対象外になりました。
・シンガポール政府: Pioneer Generation Package

2018年には、"ムルデカ世代パッケージ"を国家予算に組み込みます。50万人を対象にしたS$61億(約5千億円)で、一人あたり80万円(S$1万)にもなる、これまた巨額予算です。
ムルデカとは「独立」の意味。1950年代に生まれたシンガポール人を対象にした予算ですが、こちらも国籍取得制限に年度があり、1996年以前に国籍取得をしている必要がありました。逆に、1人あたり倍額予算を持っていた"パイオニア世代パッケージ"に漏れた帰化で、"メルデカ世代パッケージ"の対象になる人もいました。
シンガポールへの帰化を考えている人は、知っておくべき政策です。

在東京シンガポール大使館 の書簡の全訳

在東京シンガポール大使館 の書簡を全訳します。

2020年7月16日
この編集長への書簡は、日経アジアンレビューに対して2020年7月16日に公になった。
2020年7月11日
奥村茂三郎様
編集長
日経アジアンレビュー

奥村さん
7月1日にネットで発表された、Sudhir Thomas Vadakethによる記事"シンガポール選挙を揺るがすコロナウイルスと不平等の脅威"に言及します。

記事は、事実誤認と誤解を招く記述が含まれています。シンガポール政府が起こした"と認識されているパンデミック過失"が、4万4千人のCOVID-19感染者を生み出した。と記事は主張している。むしろ政府は、パンデミックの発生から、迅速、プラアクティブ、慎重に行動してきた。2人の閣僚を含む多省庁タスクフォースをたちあげ、国内で最初の患者が見つかる前ですら、感染発生を管理している。(編注: シンガポール最初の患者発見は1月23日。同日に多省庁タスクフォースが設立。)

現在までに、確認した感染者の大多数は、寮に住んでいる移民労働者だ。グループで人が集まっている環境では、感染の大きな可能性があることは避けられない。職場、家庭のような社会的な場所でも同じことを見ている。移民労働者寮や、飛行機やクルーズ船のような類似環境でも、COVID-19の重大な感染になりうることを、同様に見てきた。

移民労働者と広範囲なコミュニティの健康を保証するために、寮に住んでいる移民労働者への積極的で広範囲な検査をシンガポールは行ってきている。

感染者の発見と、移民労働者寮の体系的な点検に加えて、脆弱であるか、COVID-19にさらされるリスクが高いと思われるグループに、積極的な検査を行ってきた。例えば、建設、海洋
、プロセス(石油化学製造)セクターで仕事に戻った労働者に、定期的な検査を始めている。

このストラテジーの結果として、感染した労働者を特定し、隔離し、必要な医療治療を提供でき、大規模な市中感染をくい止め、死亡率を0.1%以下の極めて低い値にとどめている。感染者の大半は医学的に健康で、軽症か症状がない。それゆえに、発見した多数は、積極的な検査方針の反映で、正しく責任を持って行ったものである。

Vadakethは、過去20年間の"負の結果を軽視"しているが、経済成長を"やみくもに崇拝"と歪んだ絵を書いている。誰も取り残されない包括的な社会を追求しており、階層移動の成約を解決する継続的な努力を政府がしてきたことには、ふれていない。

過去数十年に渡り、広範囲な実質所得成長を維持することで、絶対的な社会的移動を守ってきた。2014年と2019年の間に、下位10%にあたる収入の世帯が、年に3.9%から4.5%の他階層より大きな実質成長を享受してきた。上位10%の収入層が、年2.5%とゆっくりな実質成長だったにもかかわらずだ。

国民に平等の機会を提供することを助け、生活環境を改善する機会を失わないように、様々な政策を政府は導入してきた。例えば、2016年に、シンガポール政府はKidSTARTを導入した。低所得で脆弱な家庭が、子どもを人生で良いスタートをきることができる支援のプログラムだ。低所得グループに、プレスクール(保育所/幼稚園)から高等教育への全域にわたって、教育支援金を増やしてきた。

正式な教育年次以外では、2015年に国民運動のスキルズフューチャーを導入した。国民が雇われるために、国民にスキル向上の機会を提供する。

職場にいる低所得シンガポール人への支援を強化を続けている。ワークフェア (Workfare) のような10億ドルプログラムを通して、高齢で低所得の労働者に企業が支払う給料に、40%もの上乗せを政府が提供している。段階給与モデル (Progressive Wage Model)は、労働者を向上することを助け、最低賃金では提供できない、明確で継続的な段階になっているスキル、より良い仕事や給料を作っている。

清掃員、警備員、庭師は、過去5年間で実質30%の賃金が上昇した。リタイア後に蓄えが十分でない人を対象にしたシルバーサポートは収入補助を提供し、2016年以降、この層にS$16億(11.5億米ドル)になっている。

公共住宅 (HDB) について、"突然の政策転換"をシンガポール政府が行ったと、Vadaketh は誤解を与える主張をしている。公共住宅は、独自のシステムで99年の賃借権で販売され、シンガポール居住者(国民/永住者)の80%以上が住み、約90%が所有権を持つ。

不動産の賃借が切れたときには、将来のシンガポール人が利益を受け、国土の再開発のために公共住宅は国に戻ることになると、シンガポール政府は常に広報してきた。公共住宅ばかりでなう、私営の賃借物件でも同じことが当てはまる。公共住宅を買う人は、インフラアップグレードへの気前がいい補助金ばかりでなく、住宅購入時にかなりの政府補助を受けている。

大きく補助金を受けている公営住宅に住んでいるオーナーは、99年賃借の条件で、手頃な価格の住居に住む恩恵を受けてきた。もし、住居に住むことを望まなければ、市場で売ることも収入のために賃貸に出すこともできる。公共住宅は多くのシンガポール人に手頃な価格で品質の高い住居を提供し、老後の収入を補うことができる価値を保存している。

移民のために「生まれながらのシンガポール人は、マイノリティに陥った」との主張をVadakethはしている。この主張は真実ではないし、生まれながらのシンガポール人と帰化の間に線を引こうとするVadakethの動機に疑問が生じる。外国人嫌いと社会の分断に火を注ぐ。結果として、多くのシンガポール人が大切にしている価値ある社会調和に逆行している。

日経は、自社の高い基準でプロフェッショナルな報道を維持し、偏った誤解がある特定個人の意見を今後は避けることを、私は希望する。

敬具
Peter TAN Hai Chuan
大使
在東京シンガポール大使館
Cc 岡田直敏様
日経 代表取締役社長
・在東京シンガポール大使館: Letter from Ambassador Peter Tan to Editor-in-Chief of Nikkei Asian Review

日経記事を書いた筆者の見解

日経記事を書いたVadaketh氏が見解を出しています。こちらにも全訳を付けます。

在日本シンガポール大使のぺーター・タンが、日経アジアンレビュー (NAR) で私が出した選挙記事に応えて書簡を出した。
彼の書簡で、パンデミックに対応するために与党PAPが成し遂げた物事のいくつかに言及した。いいね。全員が知るべきことだよ。
しかしながら、私が記事を書いた私の動機について、書簡でペーターは疑問を投げかけている。他にも色々述べている中で、シンガポールで「外国人嫌いと社会的不和に火を注ぐ」企てをしていると、ペーターが述べている。
ありがとう、ストレートタイムズ紙。私の意見を掲載してくれて。「帰化でマラヤ時代生まれの息子として、シンガポールの調和と社会包括性を促進しようと私の仕事では長期間してきた」という内容を含む。
私の仕事を見てきたシンガポール人と他の人達は、私の元の記事を読むことができるし、以下にリンクを貼る。ペーターが私に関して言っていることが真実かどうかをご自身で決めて欲しい。
自分なりの判断を下して欲しい。
私のオリジナルのNAR記事:
https://asia.nikkei.com/Opinion/Coronavirus-and-inequality-threaten-to-unsettle-Singapore-election
追記。引退と現職の外務省職員は、ペーター自身の言葉ではないと私に言った。私はその可能性はあるとは思うが、私ができる唯一公正な回答はペーターへのものだ。誰が書いたかについて私が憶測することはフェアではない。
・FacebooK: Sudhir Thomas Vadaketh

補足

シンガポール政府が海外メディアに行った主要な抗議
  • 2002年に、朝日新聞シンガポール支局が、シンガポール首相府から抗議を受けたと、当時の記者が明らかにしています。記事中に明記はないですが、この筆者は2001年に朝日新聞シンガポール支局長だった野嶋剛氏と認識しています。

長男の現首相シェンロン氏が副首相に就き、同氏の妻がテマセクという政府系投資会社の執行役員になった。そこで朝日新聞の特派員だった私は、「縁故主義」批判が広がっている、という記事を書いた。

・AERA: 「愚民観」で国を統治 豊かなシンガポールの闇

  • 2002年にブルームバーグ誌は、ゴー・チョクトン シンガポール首相、リー・シェンロン 副首相、リー・クアンユー 上級閣僚に謝罪し、金額非公開の損害賠償を支払った。8月4日の記事で、苦痛と当惑を招いたとした。記事は、テマセク・ホールディングスへのホー・チン氏のエグゼクティブ・ダイレクターへの就任に関したもの。「就任は功績ではなく、リー家への利益を呼ぶ腐敗した動機にからなされた」と就任を意味していた。謝罪では「主張は間違いで、根拠が完全になかったと認める」となっている。

・ニューヨーク・タイムズ: Bloomberg News Apologizes To Top Singapore Officials

  • インターナショナル・ヘラルド・トリビューン誌の論説(op-ed)で、Philip Bowringはリー・シェンロン首相が地位を手に入れたのは父親の縁故主義によるものだと意味する記事をもう書かないと、1994年に同意した。それにもかかわらず、2010年2月15日の記事で、Bowringはアジアの政治王朝のリストに2人をいれた。若いリー氏は業績によって地位を手に入れたのではないと読者に理解させた。この推測は意図したものではないと明確に述べたい。リー・シェンロン首相、リー・クアンユー顧問相、ゴー・チョクトン前首相に、記事が引き起こした不履行がもたらした苦悩と困惑にニューヨーク・タイムズ社は謝罪した。

・ニューヨーク・タイムズ: Apology

  • 2004年に、エコノミスト誌がリー・シェンロンシンガポール首相に謝罪した。金額未公開の損害賠償を首相とその父親のリー・クアン・ユー氏に支払うことで合意している。首相の妻のホー・チン氏が代表を務めるテマセク・ホールディングの記事が対象。「主張は誤りで、根拠を完全に欠いていた」と謝罪でエコノミスト誌は書いた。

・THE IRISH TIMES: 'Economist' apologies to Singapore PM

  • 2007年9月29日に、「容認できる代表を身につけようとしている国営ファンド」との記事をファイナンシャル・タイムズは公表した。記事が意図していたのは、リー・クアンユー顧問相がリー・シェンロン氏を首相にしたのは縁故主義が動機、リー・シェンロン首相が妻のホー・チン氏をテマセクホールディングのCEOにしたのは縁故主義が動機、DBS銀行に義弟のりー・シェンヤン氏が就任したのを助けたのは縁故主義が動機。これらの主張は間違いで、根拠が完全にないことを認める。リー・シェンロン首相、リー・クアンユー顧問相、ホー・チン氏に苦痛と困惑に謝罪する。同種の主張を今後しないことを約束する。リー・シェンロン首相、リー・クアンユー顧問相、ホー・チン氏に補償として損害賠償と、この件で生じたコストを支払う。

・フィナンシャル・タイムズ: Apology

Vadaketh氏の帰化計算方法への疑義

Vadaketh氏の帰化した人の計算では、帰化の数が過大に見えます。算出において、「1970年の国民の半数を帰化」との見積もりが過大です。
シンガポール国民というものが初めてできたのが、1957年に自治権をシンガポールが獲得したときです。英国籍はシンガポールに2年在住で、それ以外はシンガポールに10年在住で、シンガポール国籍を得ました。
人口ではなく、国民の数が初めてシンガポール統計にあらわれるのが、1970年の187万人です。
・シンガポール政府統計局: Population and Population Structure

  • 1957年の人口は145万人、国民人口は不明。
  • 1970年の人口は207万人、国民人口は187万人。つまり、1970年の外国人比率は10%。

1958年から1970年の自然増は、多産の時代であり、64万人。145万人(1957年人口) + 64万人(自然増) = 209万人 (死亡者数と帰化数は不明) と、1970年の人口207万により多い。人口増の大半は自然増で、帰化の人数は限定的と思われる。
そのため、1970年の国民の半数(94万人)を帰化とみなすのは数が多すぎる。10%を帰化とすると19万人。Vadaketh氏は2011年の帰化の合計を86万人と計算しているが、1970年の人口の10%を帰化とすると、Vadaketh氏の計算式でも49万人で、生まれながらの国民は53%になります。
・Musings from Singapore: What percentage of Singapore’s total population was born in Singapore?

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チョンバルにあるリー・クアンユー記念植樹

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