今日もシンガポールまみれ

日本のあっち、シンガポールのこっち

内田樹氏「日本が目標とするシンガポールは食料自給率ゼロ」は本当か

うにうに @ シンガポールウォッチャーです。

内田樹氏が農業協同組合新聞において、

シンガポールは食料自給率ゼロの国です。 (中略)
農地なんか地価を考えたらありえない。

と語っています。

「ゼロ」という言論人とは思えない、いくらでも反証が可能な表現を使っている時点でお察しなのですが、ここでシンガポール在住者の私が、シンガポールで撮ってきた写真を御覧ください。

f:id:uniunikun:20181227153016p:plain
Kok Fah Technology Farm
f:id:uniunikun:20181227153110p:plain
Kok Fah Technology Farm
はい、農地です。
写真を撮ったKoh Fak Technology Farmは、国の北西部リムチューカンにある農地の一つです。現地で一般消費者にも農産物の直販を行っていることから、国内で割と知られている農業経営の一つです。
米や小麦のような単一品種の穀物が、壮大な面積で栽培されていると、写真でも分かりみがあるのですが、単価が高く鮮度が重要な葉物を中心にグリーンハウスで栽培されているのが、シンガポールの農場です。
内田樹氏も指摘するように、都市国家のシンガポールは不動産が高いです。しかし、都市計画で、農地用の土地も多少ではあっても残されています。

Googleで「シンガポール 食料自給率」とプライベートブラウズで検索すると、トップの検索結果が農林水産省で「食料自給率は公表されていないが1割未満である」というのが読めます。内田樹氏は、最低限の調査もせずに農業協同組合新聞に語り、農業協同組合新聞はそれを校閲せずに記事に出していることが分かります。
f:id:uniunikun:20181227153526p:plain

シンガポールの食料自給率

それでは実際の所、シンガポールの食料自給率はどうなのでしょうか。シンガポール政府の発表では、以下のようになっています。

  • 食料は90%以上が輸入
  • 野菜の自給率は8%
  • 魚の自給率は8%
  • 卵の自給率は26%
  • 農食品畜産庁 (AVA): The Food We Eat

か細い生産量ですが、内田樹氏が言う「食料自給率ゼロ」とは異なります。また農食品畜産庁 (AVA) は「野菜10%、魚15%、卵30%が目標」と書いており、今後はゆるやかではあっても食料自給率を伸ばしていきたいと考えています。
また、日本関係だと、近年ではパナソニックがシンガポールに人工光型植物工場を作り、スーパーに出荷しています。植物工場というのがシンガポールらしく、これはシンガポール農食品畜産庁 (AVA)が取り上げる事例にもなっています。

紫の人口光が、シンガポールの植物工場らしいっちゃ、らしい…

現在、シンガポールは世界の金融センターとして知られていますが、農業・漁業と貿易、そして石油が牽引した工業への歴史的過程を経てたどり着いたものです。1970年には第一次産業従事者が9%もおり、これは現在の日本の5%より多い割合でした。

「水や生きるために必要なものはすべて金で外国から買っている」のがシンガポールか?

同じ記事で内田樹氏は以下のような発言もしています。

水さえマレーシアから買っているのです。生きるために必要なものはすべて金で外国から買うしかない。

「水をマレーシアから買っている」は正しいのですが、すべてではありません。
シンガポールを中途半端に知っていると、「マレーシアが水を止めるだけで、シンガポールは破綻する」とドヤ顔で言う人がいますが、この状況から脱却しつつあります。マレーシアとの水供給の協定は2061年に終わり、その後に向けて、シンガポールは準備をしてきました。現在、消費される水の40%を下水処理水、30%を海水淡水化でまかなっています。比率が公開されていない降雨と輸入水は、あわせて30%にとどまります。また、水の需要は現在、家庭用が45%、工業用などそれ以外が55%であり、これは現時点でも家庭用消費分は輸入に頼らずまかなえることを意味します。

実際に、2017年にマレーシアの水源汚染で取水が止まった時にも、シンガポールでは混乱なく乗り切っています。

f:id:uniunikun:20181227152801p:plain
マクリッチ貯水湖
シンガポールは、マレーシアから独立する以前の1962年に結んだ、マレーシアとの水供給の二国間協定に、大きく依存していました。しかしながら、水を一国からの輸入に頼るのが国防上危険であることは歴史を通して何度も経験しており、水の自給率の上昇にシンガポールは独立から努力をしています。たとえば、太平洋戦争でマレー半島から退却しシンガポールでの戦闘に備えるイギリス軍が、マレー半島とシンガポールとの土手道を爆破した際に、水のパイプラインも破壊されたため、貯水湖の水は数日分しかなかったと言われています。また、マレーシアとの国家間緊張が生じると、水供給への懸念がわき起こります。

内田樹氏が、シンガポールを歪めて発言するのは、安倍政権へのとばっちりか

それではなぜ、内田樹氏がシンガポールに対して悪意ある発言をしているのか、ということです。


内田樹氏の主張 私の見解
事実上の一党独裁 民主選挙の結果。直近の2015年総選挙では与党得票率70%。一党支配の表現が適切であり、日本の55年体制と比べられる。強固な政府が必要との国家政策での選挙制度とはいえ、得票率70%で議席占有率93%が妥当かは議論されるべき
治安維持法で令状なしの逮捕拘禁 現行犯逮捕同様に令状不要。日本には人質司法がありますが、シンガポール治安維持法でより深刻なのは裁判無しの長期勾留。マフィアに大打撃を与えた政策ですが、政治的にも使われた
反政府メディアは存在せず 外資メディアがある。また反政府系はネットを中心に活動
労働運動はなく ある。第五代大統領は全国労働組合会議(NTUC)出身。現在でも、国会議員にNTUC経験者がいるほど強力
大学生は入学に際して反政府的意見を持たないことの証明 治安維持法第42条なら、入学には学校許可に加え官庁の証明書が必要で、国の治安を損ねる場合に拒否される

一部は正しいのですが、事実誤認か誇張がある内容のツイートです。
食料自給率の主張から分かるように、単に知識不足なのが理由でしょう。しかしそれだけではない可能性が高いです。『安倍政権がめざす国のかたちそのものです』と書いているように、シンガポールを安倍政権となぞってみており、安倍政権に対する感情をシンガポールにも持っていると想定考えられます。

安倍政権はシンガポールを目指しているのか

シンガポールは、内田樹氏が誤認したように、一党独裁と勘違いをされることがあります。しかしながら、(ゲリマンダーなどの不公正を野党が主張していますが) 米国国務省などが評価するように選挙は公平であり、与党が70%もの圧倒的得票率をとっています。ゲリマンダーで議席数は操作できても、得票数は操作できません。シンガポール政権は、日本の55年体制での自民党政権となぞらえられます。
uniunichan.hatenablog.com

一党独裁と勘違いされることがあるため、中国など"真の独裁国家"がシンガポールを真似ることはできないか、と検討をしているということが何度もささやかれていますが、根本的には普通選挙が壁になって都合の良い政策のつまみ食いで終わっているとされています。

では、安倍政権がシンガポールを目指すことはできるのでしょうか。
日本のカジノ政策はシンガポールを参考にしていると言われています。その一方で、シンガポールが行っている、低所得者への消費税の逆進性を補填する現金などの給付政策(GST Voucher)は、日本では参考どころか話題にものぼらずに、軽減税率に突っ走ってます。
日本も国としてシンガポールを見習いたいのではなく、自国にあったシンガポールの政策を導入したいということに過ぎません。当たり前です。
シンガポールは現時点で世界で最も経済的に成功している国の一つです。日本を含め、世界中の国がシンガポールから学ぼうとするのは当然です。しかしながら、成功体験がもたらす与党への強烈な支持と、都市国家の特殊性、汚職の少なさが、安易な模倣を許しません。

明るい北朝鮮?

シンガポールの話になると、すぐに『シンガポールは「明るい北朝鮮」だから』とドヤ顔で持ち出す人がいます。「明るい北朝鮮」という表現は不適切です。不適切なのは、揶揄だからでなく、シンガポールは国家創設以来の強固な反共国家であり、秘密投票による普通選挙で政権が選ばれているからです。
『シンガポールは「ブライト ノースコリア」と日本では呼ばれていて』とわざわざシンガポール人に説明する日本人がいます。滑稽です。「明るい北朝鮮」は世界中で日本でしか使われていない用語です。日本通のシンガポール人しか知りませんし、知ってるシンガポール人は「またか」とうんざりしています。
国民を食わせることと、国民の安全を保障することは、国家の存在意義であり、国家の浮沈がかかっています。経済と国防(治安)には、表現の自由への制限や厳罰主義とのトレードオフでしか得られないかは、議論されるべきと理解します。しかし、これは「明るい北朝鮮」という不適切な表現を正当化する理由にはなりません。

最後に

各分野での政策評価と、国(と国民)への評価は分けるべきです。
内田樹氏が安倍政権を批判されるのは勝手ですが、余計なヘイトを他国にまいて対外感情を悪化させることは、該当国の国民および日本人居住者に迷惑です。特にそれが事実として不正確であれば尚更です。事実に基づくご自身の論で、他国を巻き込まずに自国の政権批判をされることを望みます。
世界に完璧な国はありません。米国ですら、銃・薬物乱用・貧富の格差は深刻です。経済・治安・教育の良さを誇るシンガポールでも、欧米先進国と比べ言論の自由などへの制限があり厳罰国家です。しかし、その不自由さも含めて、選挙でその与党を国民が選び続けている民主主義の結果です。「洗脳されている」「国家が自分に向かってくると思っていない」とその国の国民を評価することはできるでしょうが、それも含めて民主主義です。
なぜか内田樹氏は「経済成長」を否定されておられますが、シンガポールにしろ中国にしろ、欧米先進国より何らかの自由への制限があるのに政府への支持がある国は、国民が経済成長を実感しているからということを無視すべきではないです。人は安心して飯を食えないと、その次の自由や文化を考えられないのが現実です。飯を食う必要な経済水準は単に食料の確保ではなく、結婚・自宅・子どもの教育・老後と、すべてをクリアできるか、先進国中間層ですら不安を抱えています。経済成長より大事なものがあると、一財産稼ぎ終わった人が主張しても、民主主義では多数派になれることはないでしょう。ついてこない国民に愛想をつかして一部支持者に埋もれるのではなく、独裁を否定するなら民意を勝ち得るためにも経済成長との両立に目を向けていただきたいと願います。


筆者への連絡方法、正誤・訂正依頼など本ブログのポリシー

にほんブログ村 シンガポール情報