今日もシンガポールまみれ

日本のあっち、シンガポールのこっち

国民の1%が参加する建国記念パレードNDPをシンガポールで見てきた

シンガポールで毎年8月9日はナショナルディ (National Day)。建国記念日で祝日です。「建国記念日?それがどうしたの?」と日本に住んでいると思うかもしれませんが、シンガポールのナショナルディは、ノリは米国の独立記念日に近いです。日本の建国記念の日は初代天皇の神武天皇の即位日が根拠で、「たくさんある素通りする祝日の一つ」で盛り上がりません。一方、シンガポールでは、祝賀ムードが強いです。通りのあちこちに「ハッピーバースディ、シンガポール」といった飾りが政府主導で行われます。

ナショナルディの歴史

1965年8月9日、シンガポールはマレーシアから独立しました。「独立」というと響きが良いのですが、マレーシアから独立を勝ち取ったわけでなく、マレーシアから追放されての独立という珍しいケースです。
太平洋戦争で日本がシンガポールを占領し、戦後はマレーシアの一部としてシンガポールは英国領植民地に戻りました。1959年にシンガポールは英国自治領となり、1963年にマレーシア連邦の一角を結成します。
ところが、マレー人優遇政策をしたいマレーシアと、中華系が過半数を占め、民族を平等に扱いたいシンガポールとの間で摩擦が激化。シンガポールとマレーシアの両首脳が、シンガポール独立で合意に至ることになります。独立会見演説で、当時シンガポール首脳だったリー・クアンユー氏の涙は有名です。この独立を発表し、独立した日が1965年8月9日です。
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ですので、中華系が人口の3/4を占めることから、「中国人がマレー人をのっとった国がシンガポールだ」という理解をしている日本人がたまにいますが、それは間違いです。シンガポール住人はマレーシアから追い出されたのです。リー・クアンユー氏の涙は、迫り来る困難を予期した涙です。
今日もシンガポールまみれ: シンガポール あるある FAQ

ナショナルディパレード NDP

追放されて独立したシンガポールは、独立翌年の8月9日にナショナルディにパレードを初めます。これが今年まで毎年続いています。今年は建国51周年ですので、50回目のナショナルディパレード (NDP) です。現地での観覧や、テレビ中継、ネット中継があります。

国威発揚

シンガポールはマレーシアの一部だったのが政治的に切り離されたため、「シンガポール人」のアイデンティティに欠き、中華系・マレー系・インド系という民族の寄せ集めになることを、リー・クアンユー首相は当時恐れていました。国民意識を持たせるのに使われた主要なツールが、ナショナルディと、1967年に施行されたナショナルサービス (NS)です。NSでは軍隊・警察・消防救急のいずれかに配属されますが、大半は軍です。18歳の全ての男子国民と永住者が対象です。
ナショナルサービスは英国軍の撤退での戦力の空白を埋めるために始まりました。しかし現在では、兵力が整い現実的な戦争の危機が見えておらず、兵器の近代化で徴兵程度の練度の兵の活躍が疑われる中で「外国からのプレッシャーを意識し、同じ釜の飯を食って、集団生活をしつける」ことでシンガポール人としての国民意識を養成する意味合いが大きくなっています。自分達の子どもや兄弟がNSにいくことは、本人のみならず家族・親族を含め、国防や国を意識することにもなります。
ナショナルディパレードは、主催の一つが軍で、軍事色もあります。日本人が「パレード」と聞くとつまらなそうですが、行事全体を通したエンターテイメント色が強いです。オリンピックの開会式に色合いが近いかもしれません。
軍=国防やパレードへの参加・観覧に加えて、ナショナルディには国民意識を持たせる引き締めが行われてきました。有名なのは、住宅街、とくに公団であるHDBでの国旗掲揚です。政府主導で行われてきたこの国旗掲揚は壮観で、日本人に「シンガポールはやっぱり"明るい北朝鮮"なんだ」という勘違いをさせるのに十分なインパクトはあります。(シンガポールは普通秘密選挙があるので、北朝鮮とは政治制度が根本的に異なります)

冷めてきたシンガポール人

低下する国旗掲揚率

徴兵やナショナルディを使って国民意識の養成に成功したシンガポールですが、ナショナルディへの関心は薄れつつあります。これは、独立から51年がたち、世代交代で独立を前提とする層が多数になってきたことや、関心や趣味の多様化でナショナルディの日にも自分達の趣味をする人が増えてきたことです。
その現れの一つが、国旗掲揚の減少です。国旗掲揚が多く見られるのは、大通りの一部などに限られるようになっています。この現象は、シンガポールの最有力紙であり政府系でもあるストレイトタイムズ紙も記事にしています。
Straits Times: Why fewer flats seem to be flying the flag

祝日を利用して海外旅行にでるシンガポール人

ナショナルディとはいえ、通常の休日と一緒で、趣味や旅行に使う人が増えています。そのためマレーシアとの陸路国境は大混雑となり、飛行機は他の祝日同様に売り切れて価格が上昇します。強権と言われるシンガポール政府ですが、この動きを戻すことはできない状況です。
Straits Times: Expect heavy traffic, delays at Woodlands, Tuas checkpoints over the National Day period

2016年ナショナルディパレード

ナショナルディを取り巻く環境は厳しくなってきていますが、現在でもパワーコンテンツになっているのがNDPです。

チケット入手方法

建国記念行事なので基本的に国民が対象ですが、実はNDPのチケットを持っていれば、誰でも入場でできます。ですので、外国人でもシンガポールに住んでいなくても、チケットを入手できれば閲覧可能です。私が知ってるチケットの入手方法はこの4つ。
1. 国民と永住者(PR)は政府に抽選を申し込めます。人気でなかなか当たりません
2. チケットは無償譲渡可能。有償での売買はダメ
3. NDPスポンサー企業が招待
4. 国会議員は参加が義務

NDPは30億円のメガ予算

入場は無料です。公務員は兼業になり測定難しいので人件費を除いて、2011年は費用が S$1,711万 (11億円)でした。それが昨年はS$4,050万(32億円)、今年の予算はS$3,940万(31億円)となっています。昨年は建国50周年で派手にやったことが理由ですが、今年はナショナルスタジアムを会場にしたことが理由です。

爆誕、ナショナルスタジアム

ナショナルスタジアムは、昨年に完成したばかりで、5万5千人を収容可能な開閉式屋根の大競技場です。シンガポールは人口が553万人しかいない国なので、人口の1%をも収容できるおばけ施設です。そしてお値段が高い。ここを会場に選び、リハーサルを含めて長期間借りたことで費用が高騰します。もともと、政府は年に45日間無料で借りることが契約上できるのですが、リハーサルのために35日を更に借り、そのためにS$1,000万(8億円)を払ったと言われています。これは長期間に渡る交渉で散々値切った結果で、3倍弱のS$2,600万(22億円)がスタジアムが当初求めていた金額です。
NDPは本番に加えて、リハーサルやプレビューがあり、そのため27万5千人が観覧可能です。
AsiaX: 建国記念日パレードの費用、昨年は1,700万ドル
Straits Times: What price for NDP at Sports Hub?

ファンパック

会場ではお土産が配られます。今年はビニールリュックに入っていました。これを詰めるために、軍から280人もが何日も動員されています。一般公開でのリハーサルでも配布されるため、30万個も用意されました。兵隊さんの苦労を思うと、涙なしには開けられません。
入っているのは、シンガポールが誇る下水処理水の飲水NewWaterや、協賛企業からのおやつや割引クーポン、国旗のフェイスペンディング、式の進行にあわせて点灯する明かりや、SINGAPOREと書かれたタオル、もちろん国旗が含まれます。
クーポンは現地観覧者以外にもeクーポンとしてネットで公開されており、誰でも使えます。バーガーキング、サブウェイ、文東記あたりが使いやすそう。
スタジアムは売店が閉まっており、着席すると簡単に抜けられないので、助かります。国家行事に協賛企業が多数含まれるのが、とってもシンガポール。
NDP 2016: 300,000 funpacks to be given out at NDP 2016
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ポケモンGo!

シンガポールでポケモンGOは8月6日に始まったばかりで、過熱まっさかり。ナショナルスタジアムにはポケモンGOのジムが立っていました。「ナショナルディにジムで熱いバトルをしよう!」というのがFacebookで出まわって、報道される始末。
当日、ナショナルスタジアムで、ポケモンGOのジムもポケストップは消えていて、ポケモンも現れませんでした。NDPの最中に携帯で遊ばないように、政府が依頼して消したのでしょう。。。
Straits Times: Sports Hub a Pokemon Go gym; NDP organisers warn of events that encourage players to hunt Pokemon

式次第

今年のNDPを現地で閲覧できましたので、そのレポートです。
18時開始のところ、16時前に着いたのですが、最寄り駅は既に混雑開始。太鼓叩いたりしてる人がいて既にお祭りムードです。
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インドネシアのバタム島からマリーナベイサンズをロケット弾で撃つ、というなかなかにクリーンヒットしなそうなテロ計画が直前に発覚したこともあり、セキュリティチェックがあります。警察犬がいて、金属探知機が配置され空港レベルです。
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これが5万5千人で埋まったナショナルスタジアム。壮観です。欠席者をどう管理しているのかが気になりました。席はゾーンだけが決まっていて、そのゾーンのなかで自由席です。
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今年のNDPロゴ。スタジアムの巨大ディスプレイに映しだされています。
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パレード前の前座

司会がいます。シンガポールの地上波テレビ局を持つメディアコープの専属アーチストです。そのしきりで、ウェーブをします。国のイベントで5万5千人がウェーブ、楽しい!
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今年のNDPでは障害者が取り上げられており、国民の一人としてみんなで一緒に進もう、という趣旨でした。NDPが進んだ所で愛国歌の歌詞に合わせて手話をしよう、ということで聴覚障害者がステージに立ちみんなで練習。歌は1986年のナショナルディテーマソング"Count on me Singapore"から。

パレード

行進します。去年は屋外なこともあって、軍の機動部隊など最近買った兵器のパレード参加もあったのですが、今年は屋内で兵士のパレードのみ。戦闘機が空をかっ飛ぶものもなし。国会議員が入場します。そして、リー・シェンロン首相が入場。首相の車は白のレクサスLS600hlです。
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お約束になっている巨大国旗をヘリが運搬するのは実施されましたが、スタジアムからは中継のみで実物は見えませんでした。
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スタジアムでは客席を巨大国旗が動いていきます。なかなかの迫力です。
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大統領入場

トニー・タン大統領。シンガポールで大統領は直接選挙で選ばれますが、実権はなく、日本の天皇と同様に儀礼上の存在です。
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ショウ

今年のNDPのテーマは“Building our Singapore of Tomorrow”(明日のシンガポールを創る)です。過去のシンガポールの伝説上の英雄劇が演じられます。その後は、別のストーリーで、50年後のシンガポールが「空中都市になってほしい」と子どもが期待します。
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屋内ですが花火も上がります。スタジアムの外でもあがっていました。
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Pledgeと国歌斉唱

最後は、Pledgeと国歌斉唱です。Pledgeはシンガポール国民の誓いで、学校では毎日暗唱します。これを聞いて「戦前の教育勅語みたいで、全体主義だな」と思うか、「米国の忠誠の誓い(Pledge of Allegiance: 公式行事で暗唱される)と同じで、国を大事にしているな」と思うかは、あなた次第。
シンガポール遺産委員会: National Pledge

最後に大会委員長が謝意を伝えている時に話していましたが、リハーサルに半年かけたとのこと。練度では日本の紅白歌合戦に勝るとも劣らないでしょう。30億円使って、半年練習したイベントが面白く無い訳がありません。もしチケットを手に入れる機会があれば、是非見てみて下さい。テレビ観戦よりずっと面白いですから。
全編は3時間にもなりますが、ネットで動画が公開されています。
www.youtube.com