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日本のあっち、シンガポールのこっち

産経がシンガポール首相を反日と呼んだ日に、首相は北海道で家族旅行:シンガポールの対日観

産経がシンガポール首相を反日と呼んだ日に、首相は北海道で家族旅行

産経記事が『シンガポールのリー・シェンロン首相(63)は国際秩序をかき乱す中国を露骨に弁護し、国際法を守る日本を罵ったのだ』『反日の素地は感じていた』などと、7ページにわたりリー・シェンロン首相を一貫して敵視し続けています。

Sankei Express: 中国の代弁者に堕ちたシンガポール (産経新聞 政治部専門委員 野口裕之氏)

ではここで、その産経記事が発行された6月15日の、リー・シェンロン首相の様子を見てみましょう。

シンガポール首相は、家族で北海道の休暇旅行を満喫中でした。上記写真は富良野のファーム富田とのことです。
6月13日からの休暇で、リー・シェンロン首相は日本での旅行を楽しんでいます。"反日"には遠い行動です。
シンガポールと北海道は定期便がなく、飛行機を乗り継がなければ行けません。それをおしてもシンガポール人に北海道旅行は大人気です。首相は北海道旅行を2006年にも行い、2013年6月には休暇で富士山を観光していたことを明かしています。
公務としても、安倍晋三首相と2014年には4回も会談を行っています。
公私ともども日本に関心を持ち、日本と密接な関係を築こうとしているのがリー・シェンロン首相です。

反日国から日本旅行に来る外国人は冷遇していいのか

日本旅行に来る外国人を罵倒するのは、味方を敵に変える行為です。シンガポールは親日国ですが、反日感情が高まっているアジアの国にも、日本旅行への関心は強くあります。時間とお金をわざわざ使って日本に来てくれる人は、何かしらの興味があって日本旅行をしています。日本の味方になってくれる有力候補です。反日政策の国から旅行に来る人こそもてなして、日本のファンになってもらって帰って欲しいものです。国や政府と、国民の個々人とは別ものですから。
中華系国家のシンガポールは親日国です。国としての日本と、日本人に対し、「好き」と9割以上が答えています。
私的な感情と、公的な判断は、リー・シェンロン首相は分けているでしょう。しかし、ここまで日本に興味を持ってくれているというのは、日本が理解を得られるまたとないチャンスです。
一国の首相が、私的な時間に好き好んで家族と休暇で訪日してくれる話は、そうは聞いたことがありません。その訪日中に、こういう記事が出るとは、せっかく首相が持っている日本への好印象が台無しです。産経記事こそが、味方すら敵に変えてしまう、国益を損なう恥ずべき行為です。

シンガポールの対日観

シンガポールの対日観を、まとめておきます。大枠では、政治・軍事的には米国より、経済的には発展する中国の尻馬にのる気が満々です。下記での日本語訳は私が追記したものです。

尖閣問題

他人ごと。シンガポールは3/4が中華系が占める中華系国家ですが、移民後3~4世代が経ち、中国人と異なるメンタリティを持っています。国民感情としては、身の振る舞いががさつで、シンガポール人の職を奪うとして、同じ中華系でも中国人移民はむしろ敬遠されています。そのシンガポールは尖閣について、自分達が中華系だろうが、日中どちらかに肩入れする動機がありません。紛争が起きれば経済に影響が出て困るため、揉め事は両国共に止めて欲しいと考えています。南沙諸島についても同様に中立の姿勢です。
(参考) 尖閣諸島とシンガポールの立ち位置: 一枚岩でない中華系国家

靖国参拝

反対。2013年の安倍晋三首相の靖国参拝に、シンガポール外務省は遺憾の意を出しています。これは、太平洋戦争で日本軍がシンガポールを占領し、華僑虐殺事件を起こしたことが背景にあります。
(参考) リー・クアンユー シンガポール初代首相:華僑虐殺を超えた戦後処理が最大の対日功績

従軍慰安婦

日本にも、中韓にも、蒸し返すのは止めて欲しいと考えています。地域の安定化を損なうためです。シンガポールにはかつて慰安所が置かれていましたが、韓国からの従軍慰安婦像設置に、政府として明確に拒否をしています。他国が自国で政治活動するのを嫌うためです。
(参考) シンガポールは日本に味方したのか? ~韓国の従軍慰安婦像設置をシンガポール政府が拒否~

安倍晋三首相が推す積極的平和主義

支持。米国の影響力低下を見越して、力の空白が生まれないようにするために、日米安保条約のもとで米国と協調して、日本がアジアで積極的に役割を果たすことを希望しています。
(参考) 中国が影を落とす中、日本の積極的平和主義を歓迎した小国シンガポール

軍事

隣国のマレーシアとインドネシアのイスラム教国間に挟まれた中で、自国の安全保障維持が最優先課題。米軍に国内施設を提供し、シンガポールは米国内基地をトレーニングで利用するなど、米国が事実上の同盟国。最近、シンガポールは中国軍とも合同演習をするなど、軍事的に中国にも保険をかけようとしているように見えます。
中国ラジオ: 中国・シンガポール初の海上合同軍事演習が終了

AIIB (アジアインフラ投資銀行)

支持。シンガポールは、国民としての中国人を敬遠していますが、国としては中華系のメリットを活かして、中国の経済発展の恩恵を取りに行くつもりです。AIIBには早期から参加を表明していました。
AsiaX: G20サミット、リー首相は貿易の拡大を呼び掛け


シンガポールは日本からすると、複雑にもみえる外交政策を取っています。ある部分では日本支持、別の部分では中国支持です。また、産経記事が暗示するような、親中=反日、という単純な構図でもありません。シンガポールは過去に占領した日本の味方でも敵でもないですし、台湾はおろか米国や中国の味方でもありません。独立独歩で建国後これまできています。各国の間に挟まれた小国(Little red dot)として存在感を志向するのがシンガポールです。そんなシンガポールを、「親日/反日」「親中/反中」という単純な枠組みでは理解できませんが、これまでの日本からの分厚い投資を背景に、親日な国民感情と政治リーダーがいる間に、できるだけ日本への理解を深めて欲しいと願います。

付記: 産経記事へのコメント

  • 『シンガポールのリー・シェンロン(李顯龍)首相(63)は国際秩序をかき乱す中国を露骨に弁護し、国際法を守る日本を罵ったのだ。』

当日のアジア安全保障会議を伝える産経記事では『シンガポール首相、国際法に従った解決訴え』とのリー・シェンロン首相の基調講演への評価ですが。
産経: シンガポール首相、国際法に従った解決訴え アジア安保会議が開幕

  • 『2014年、中国人民解放軍の、あろうことか台湾侵攻を担任する南京軍区と合同演習を行った。』

3度目のシンガポールと中国の合同演習。9日間の日程。両軍からそれぞれ70人が参加。行われたのは座学、対テロ、中隊での実弾を伴う歩兵演習。
シンガポール国防省: Minister for Defence Starts Tour of China with Visit to Exercise COOPERATION

  • 『大東亜戦争(1941~45年)時に華人の抗日拠点と化したシンガポール』

1942年2月15日に、敗北したイギリス軍がシンガポールを日本軍に引き渡しています。その後、1945年8月の日本の敗戦まで、シンガポールを日本軍が占領。

  • 『シンガポールが先祖返りし、中国と軍事連携するのなら、わが国の輸入原油の9割が通航するマラッカ海峡への影響がゼロとはいえまい。』

シンガポールは米国の準同盟国です。2005年のシンガポールと米国の"安全保障における緊密な協力関係のための戦略的枠組み合意"に基づいて、米軍へのシンガポール国内施設提供が行われています。シンガポールが反米に向かうより、反中に向かう力関係の方が強いのが現状。シンガポールと米国がマラッカ海峡を封鎖すれば、中国への影響は甚大です。
中国が影を落とす中、日本の積極的平和主義を歓迎した小国シンガポール

  • 『シェンロン氏の基調演説は酷かった。南シナ海の8平方キロという途方もない面積を埋め立て軍事基地を建設する中国を擁護。ベトナムやフィリピンの資源探査・開発を念頭に、他国も採掘・埋め立てをして軍事プレゼンスを強めていると訴えた。』

中国を擁護していないし、ベトナム・フィリピンを非難していない。関係国を同列に置いている。下記が原文。

「南シナ海において、領土主張をする国々は一方的な行動を紛争地域で行っている。オイルとガスを求めてドリルし、土地を埋め立て、前線部隊を配置し、自分たちの軍事プレゼンスを強化してる」
In the South China Sea, claimant states are taking unilateral actions in the disputed areas, drilling for oil and gas, reclaiming land, setting up outposts, and reinforcing their military presence.
シンガポール首相府: Transcript of Keynote Speech by Prime Minister Lee Hsien Loong at the Shangri-La Dialogue on 29 May 2015

  • 『米国と海洋権益を折半せんとする中国提唱の「新型大国関係」にも、太平洋は2大国を受けいれる十分な広さを持つ-と主張する中国に賛同。』

誤認。下記が原文。

「大きな太平洋が米中を受け入れられるほど"十分に広大"と米中が共に言うと、我々はそれを良い兆候ととらえる。"十分に広大"とは、両国が参加し、平和のうちに競争し、建設的に問題を解決できるほど、アジア太平洋地域にスペースがあることを意味するのであれば、という条件のもとでだが。また、"十分に広大"とは、両国が太平洋を分割せず、米中それぞれが自分自身の影響力を持たず、他国の選択肢を制限せず、二つの勢力圏の間で対抗と紛争の危険が増さないことを、意味するのであればという条件のもとでである。」
So when both the US and China say that the broad Pacific Ocean is “vast enough” to embrace both China and the United States, we read that as a good sign. Provided, by “vast enough”, they mean that there is space all over the Asia-Pacific region for both powers to participate and compete peacefully, and to work out problems constructively, without raising tensions, and provided, they do not mean “vast enough” to divide up the Pacific Ocean between the two, each with its own sphere of influence, circumscribing options for other countries, and increasing the risk of rivalry and conflict between two power blocs.
シンガポール首相府: Transcript of Keynote Speech by Prime Minister Lee Hsien Loong at the Shangri-La Dialogue on 29 May 2015

  • 『一部国家指導者は中国の人権・チベット問題を理由に、北京五輪開会式をボイコットすると圧力をかけるが全く根拠がない』

指摘の『全く根拠がない』との記述は見当たらず。下記が原文。

「北京オリンピックをボイコットしたい国々があらわれるだろうか?ボイコットは1980年のモスクワオリンピックとは違って、コストがかかるものになるだろう。中国の膨大な消費市場は、世界中で大きな経済力を持つ。苦難や抗議やオリンピックが終結した時に、自分たちが年を経るごとに更に強く成長することに、中国人は自信を持っている」
Will some countries want to boycott the Beijing Olympics? A boycott of these games would not be as cost-free as that of the 1980 Moscow Olympics. China’s mega consumer market gives it great economic clout around the globe. The Chinese are confident that when the calamities, protests and Olympic Games are over they will be standing taller and will grow stronger every year.
フォーブス: Two Images of China (リー・クアンユー氏)

この記事の結びは以下です。
「西側諸国は中国が世界にとって良いか悪いかを測りかねている。この緊張が解決されるのは、お互いの世界観をすり合わせ、同一の価値観を持っていないことを互いに受け入れた時だ。中国は近代国家を構築できることを証明すべきだ。そのためには、中国は多くの高等教育を受けた中間層が必要だ。それができれば、中間層の多くは西側諸国で教育を受け、欧米をよく知ることになる。そうすれば、日本・韓国・台湾・香港・シンガポールと同様に、自分たちを西欧帝国主義の犠牲者という見方を中国は止めるだろう。」

  • 『シェンロン氏の場合、首相就任直前の04年、私的に台湾を訪れた際「重大な結果を招く」と警告した中国に恐れおののき翌月、台湾独立を支持しない旨を強調した“前科”が有る。』

1972年に、日本は日中共同声明で「一つの中国」を理解し尊重しています。
2013年に、シンガポールは台湾と自由貿易協定(FTA)を結んでいます。シンガポールは台湾との関係強化も図っています。

  • 『台湾独立政策を進めた陳水扁総統(当時)の招待を含み、25回も訪台したクアンユー氏と比べると貫禄の差は歴然。』

リー・クアンユー氏は台湾に25回、中国に33回訪問しています。
リー・クアンユー氏が多く訪問したのは台湾ばかりでなく、中国もです。リー・クアンユー氏が中国と台湾との間でバランスをとれたのは、彼以外の誰にも真似ができない芸当であるばかりでなく、中国が伸張する以前から中国と関係を持っていた幸運もあるでしょう。
Nikkei Asian Review: Statesman built a bridge between China, Taiwan


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