今日もシンガポールまみれ

日本のあっち、シンガポールのこっち

在日外国人子供の不就学1万人: 移民先進国シンガポールの政策

毎日新聞の在日ブラジル人記事です。移民先進国シンガポールの政策と比べます。

(中略) 在日韓国・朝鮮人らは、ほぼ全員が学校に在籍するとみられる。逆に在日ブラジル人は、約2万1000人のうち完全な不就学者が推計8千人(38%)程度とされる。
国際人権法政策研究所の戸塚悦朗事務局長は「外国籍の子供の義務教育は、在住国政府による保障が一般的だ。外国人学校も正規の小中学校と認めて助成などをし、さらに完全な不就学の子供も支援すべきだ」と話している。
文科省大臣官房国際課の森祐介係長は「希望する外国人は日本の義務教育を受けられるうえ、日本語能力が不十分な児童生徒への対応もしている」とし、国連の勧告には「現在の施策の延長で就学率を上げたい」としている。
毎日新聞: 在日外国人:子供の不就学1万人「国際人権規約に違反」

移民政策を考える上で、高度人材移民と単純労働者移民の区別は重要です。高度人材移民はイノベーションを興し、国に投資を行います。単純労働者移民は介護・製造などでマンパワーを供給します。どちらのリソースがどれだけ国に必要か、という国民のコンセンサスが望ましいです。
シンガポールでは、国への投資を実施する外資駐在員と、国民がやりたがらない仕事を担う建設労働者・家政婦(メイド)などを代表とする単純労働者移民とは、共に必須と認識されています。最近、シンガポールでも「外国人が自国民の仕事を奪っている」議論が出てきていますが、それは単純労働者と国への投資を実施する中間の、シンガポール人ができる仕事につく外国人に言われることが多いです。

記事の確認

まずは、記事の前提となる事実確認から。

日本の義務教育対象は国民のみ

日本の義務教育は自国民のみが範囲です。外国人については就学義務が課せられていませんが、その保護する子を公立の義務教育諸学校に就学させることを希望する場合には、これらの者を受け入れることとしており、受け入れた後の取扱いについては、授業料不徴収、教科書の無償給与など、日本人児童生徒と同様に取り扱うことになっています。
文部科学省: 帰国・外国人児童生徒教育等に関する施策概要
この違いから、小学校入学準備で案内される書類の名前が異なります。「通知」は強制であり、「案内」は任意な意味であることが、比べるとわかります。

  • 日本人: 就学通知書
  • 外国人: 就学案内
謎の国際人権法政策研究所

国際人権法政策研究所は、私が調べた限りにおいて、ホームページを持っていない閉鎖的な団体。支持母体が誰か、主張/活動が何かの把握困難ですが、今回の記事のようにマスコミを通じて日本人にアプローチが可能。団体創設者は、今回毎日新聞の取材を受け、慰安婦問題の機運を高めた戸塚悦郎氏。

毎日新聞の独自取材

記事第2~4段落の「文科省は」~「程度とされる」は、この段落での指摘が国連社会権規約委員会の開示文書に無いため、毎日新聞の取材による加筆と思われます。国連社会権規約委員会で討議されていない可能性が高いです。
CESCR: Concluding observations on the third periodic report of Japan, adopted by the Committee at its fiftieth session (29 April-17 May 2013)

総括所見 (concluding observation)

国連社会権規約委員会で採択された総括所見の該当箇所は下記。憂慮を示し、報告要請しています。

The Committee notes with concern that a large number of foreign children do not attend school (arts. 13 and 14).
The Committee urges the State party to apply the monitoring of compulsory education to all children in the territory of the State party, including non-national s , irrespective of their legal status.
(筆者訳) 国連社会権規約委員会は、かなりの外国人児童が学校に登校していないことに、憂慮を示す。
国連社会権規約委員会は、条約加盟国である日本が領土内の全ての子供に義務教育の監視を適応することを促す。これには、法律上の地位にかかわらず、自国民以外も含む。
CESCR: Concluding observations on the third periodic report of Japan, adopted by the Committee at its fiftieth session (29 April-17 May 2013)

在日ブラジル人の日本での一般的な状況

法的地位 定住者、約半数が永住資格、日本育ちで成人年齢に達した若い世代は日本国籍取得も(注釈1)
仕事 派遣での工場勤務 (自動車関連産業)
年収 300~400万円
学歴 高校進学率は5割程度と言われる
日本語習熟 長期にわたり居住しながら日本語能力が不十分な人々も多

井沢 泰樹: 東洋大学人間科学総合研究所紀要: 「多文化共生」の齟齬―在日ブラジル人の現状と施策の整合/不整合―
自治体国際化協会: 高校・大学教育における現状を知る

シンガポール在住の外国人

ここで、シンガポールの制度と比較してみます。
シンガポール在住者は540万人。そのうち労働ビザ所有の在住外国人は208万人と、人口の1/3をも超えます
Statistics of Singapore: Latest Data
53万人の永住権保持者以外では、就労する外国人には就労ビザが必要です。その内訳を見ましょう。シンガポールでの就労ビザには大きく3種類あります。

ビザ種別 対象 特徴
Employment Pass (EP) 高度人材移民向けビザ 人数制限無し、扶養者ビザ申請可、ビザ発給には若年層では出身大学重要
S Pass ミッドレンジ専門職向けビザ 人数制限/雇用税の支払い有り、基本月給$4000以上のみが扶養者ビザ申請可
Work Permit (WP) 単純労働者向けビザ 人数制限/雇用税の支払い有り、各種制限あり

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単純労働者ビザWork Permitの主要な制約

在日ブラジル人の職種から、シンガポールでのビザはWork Permitに該当します。100万人と外国人の半数近いWork Permitには以下の様な制約があります。

  1. 永住権の申請資格が無い
  2. 扶養者用のビザを発行せず家族を呼び寄せられない
  3. 家政婦用のWPでは妊娠すればビザキャンセルによる国外退去に
  4. シンガポール人やシンガポール永住権保持者との結婚には政府許可が必要

今日もシンガポールまみれ: シンガポール あるある FAQ
この事からシンガポール政府がWPでの単純労働者に期待しているのは

  • 一時的な労働力の提供 (永住権を付与しない)
  • 労働者のみがシンガポールに居住 (家族は居住不許可)

という原則が推測できます。リタイア後を含め永住/長期滞在すると、単純労働者は国への貢献より、国が付与する社会保障がトータルで大きくなる可能性が高いです。そのため、制限した労働条件への合意のもとで、一定期間を移民として受け入れています。
妊娠が国外退去となるのは、家政婦用就労ビザではシンガポール人/永住権保持者との既婚の場合を除き、妊娠・出産が許されていないためです。これにより、子供の滞在ビザが発行されず不法滞在となるのが避けられます。結婚許可も、結婚するシンガポール人が扶養するのに十分であり、国の社会保障への依存が少ないのを確認するためと考えられます。
シンガポール首相自身が「外国人労働者はバッファー」と公言しています。
シンガポールでは、毎日新聞記事が訴えるような単純労働者の在日外国人の子供は国内に居住していないので、不就学の問題すら成立しないことがわかります。

在日ブラジル人は、日本語の問題などから日本人と孤立した文化圏を築いており、文化的親和性に非日系人と比べても際立って優れておらず、優遇の根拠として血縁だけでは弱いとの指摘もできます。しかしながら、シンガポールの単純労働者は経済的つながりのみですが、日系ブラジル人は血縁があるため、一概に同条件には置けないとの考えもあります。これらの考えからどれを選ぶかを決めるのが、国の政策です。

外国人研修制度(技能実習)という回答

日本の単純労働者移民受け入れで最も近い制度は技能実習制度でしょう。

  1. 滞在は最長3年。永住権の申請資格である10年滞在を満たせない
  2. 配偶者・子供への、在留資格"家族滞在"は申請対象外

法務省: 家族滞在
技能実習では労働法令が適応されるため、妊娠を理由にした解雇は日本では禁止されています。日本で出産すると、在留資格「家族滞在」は子供には対象外であり、子供の法的な在留資格が何になるかは、私には不明です。
技能実習とシンガポール制度の差分としては、シンガポールでは最低賃金制度がなく、食住が提供された上で建設現場の作業員はS$460~S$700(3.7万円~5.6万円)という給与で働くため、最低賃金を含む労働法令が適応される日本ではそれと比べると高コストです。

日本でも高度人材移民では高度人材ポイント制が始まるなど、移民制度は着々と整いつつあります。人口の1/3超が外国人のシンガポールでは、外国人を区分し、厳格な管理を引いた結果、移民政策に成功しています。日本が移民とどう向き合うかという一つの実例があります。


(注釈1)
・定住者: 1990年に施工された改正入管法で新設。従来の難民に加え日系三世も適用可能に。活動内容に制限がなく、自由に就労できる。日系四世では来日に際し、未成年・未婚・三世の扶養を受けた生活が必要。
・永住: 取得には一般外国人で10年の居住が必要だが、定住からだと5年でよい。
・日本国籍: 取得には10年間の継続的な居住、素行が良好、生計を維持するに足る収入
法務省: 在留資格「定住者」(例:日系3世)の場合


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