今日もシンガポールまみれ

日本のあっち、シンガポールのこっち

シンガポールで"生きづらい"人がどうやって生きるかを「シンガポールのオタク漫画家、日本をめざす」を読んで垣間見る (フー・スウィ・チン著)

漫画の書評です。日本への強い関心と、漫画への愛を感じる、シンガポール人漫画家の作品です。
私は漫画には全くうとく、これまで買った漫画は「ねじ式」(つげ義春著)ぐらいです。今回買ったのも「シンガポール人漫画家がシンガポールについても書いてる著作だから」というシンガポールウォッチャー視点が理由ですが、「う~ん」という読後感がありました。「生きづらい人はどうやって社会で生きていくのか」ということです。

シンガポール在住者にもKindle版があるので、手軽に購入できます。Kindleは1,000円、単行本は1,080円です。

シンガポールのオタク漫画家、日本をめざす<シンガポールのオタク漫画家、日本をめざす> (コミックエッセイ)

シンガポールのオタク漫画家、日本をめざす<シンガポールのオタク漫画家、日本をめざす> (コミックエッセイ)

※紹介のためにリンクを貼っていますが、本ブログではアフィリエイトはしておらず、無収入です。


フー・スウィ・チン氏のこれまでの作品

今回の記事を書くにあたって、下記を読みました。「購入する前にどんなのか知りたい」という人は、ダ・ヴィンチニュースに話が幾つか転載されていますので、こちらをどうぞ。

他にも英語の漫画やイラストも下記からリンクを辿っていけます。

フー・スウィ・チン氏の略歴

作者のフー・スウィ・チン氏は、シンガポール人。
Twitter: FooSweeChinフー・スウィ・チン
フー・スウィ・チン氏の写真はこちらで拝見できます。

1977年 シンガポール生まれ、シンガポールで育つ
1982年 5歳。親戚の家でいとこがもっていた日本の漫画に出会う
1994年 17歳。デザイン学校の上映会でAKIRAに感動する
2000年 23歳。初めての日本。北海道に日本学校の文化交流でホームスティ
2002年 25歳。米国でコミック連載
2004年 27歳。初めての東京訪問。初めてのコミケ
2016年 39歳。日本で初めての単行本「シンガポールのオタク漫画家、日本をめざす」が刊行

日本訪問歴は10回以上。
参照: シンガポールのオタク漫画家、日本をめざす: Page 64, 68, 79, 141
※以下 (P.X) の表記は『シンガポールのオタク漫画家、日本をめざす』のページより)

「シンガポールのオタク漫画家、日本をめざす」

作品概要

作品は全4章。146ページ。漫画なので1時間で読みきれます。
第1章は、外国人からみた日本の不思議文化で、第3章はシンガポール人のシンガポール紹介。内容は「あぁ、あるある」という切り口。
効いてくるのが、残りの章。第2章で漫画への愛が描かれ、第4章で漫画の仕事を日本で得るために持ち込みをするが挫折。2年間病んだ後に、漫画を再び書けるようになるまでが、描かれています。
『描いた漫画はシュールな暗い話ばかりでした 軽い話のほうがいいとよく言われた』(P.115)と書いていますが、本作では徹底して可愛い絵柄で描かれていて、とっつきやすいです。

現代社会で生きづらい人

現代社会では、人は経済的に「食べていく」ために、極々限られた能力に特化しています。

  • コミュニケーション (組織行動が前提のため)
  • 論理的思考 (必要な行動を自分が理解し、他人に理解させるため)
  • 時間や約束を守る (時に意図的に破る)

などなど。農業、漁業、狩猟で必要だった、筋肉の価値は圧倒的に落ちました。毎年同じタイミングで種まきや漁にでるような粘り強い反復作業は、イノベーションの逆として、成長がない行為とまでみなされています。

フー・スウィ・チン氏は、色々と生きづらいのだろうことは、以下から推測できます。

  • 猫を5匹飼っている (P.116)
  • シンガポールでは引きこもっている。自称、座敷わらし (P.3)
  • 人と目を合わせるのが苦手 (P.9)
  • 異性と会話すると固まる (P.33)
  • 知らない人に挨拶したことを失敗として、クヨクヨする (P.35)
  • 自分の行動が人に見られると気にする (P.46, 47)
  • 学校でいじめられることはなかったけど 一人の友達もいなかった (P.53)
  • 周囲に恐怖をおぼえ、評価を気にしすぎる (P.62)
  • 握手をする時に、力の入れ方、手の振り方、手を離すタイミングを思い悩む (P.92)
  • お金を払う時に困るほど数学が苦手 (P.64)

また、霊感が強いだけでなく、フー・スウィ・チン氏が好んで描く暗いキャラクターデザイン (P.115) を見ると「フーさん!明るい所に帰ってきて!」と私は余計な声をかけたくなります。ですが、その暗いキャラクターもフー・スウィ・チン氏の一部であって、うまく感情の折り合いをつけて今後も暮らしていって頂ければ、と勝手に願っています。
その一方で、講演緊張しすぎて意識がなくなると、講演では人と目をあわせなくてもよいのでうまく話せるとのことなので、経験での場数を踏めば、全然大丈夫になれそうにも思えます。

インプットとアウトプット

フー・スウィ・チン氏は、大好きな漫画に、幼少期から時間と努力を費やしてきました。
漫画を読む人(インプット)は多いですが、書く人は少ないです(アウトプット)。そこから更に、趣味ではなくプロとして収益を得られる人はもっと更に少なくなり、専業で食っていける人は本当に一握りです。

生きづらい人がどうやって生きていくか

多くの人はどんなに好きで努力をしても、スポーツ・音楽・アニメ・ゲーム・小説などなどの趣味でプロになることは困難です。その中で、フー・スウィ・チン氏はニートを自称(P.69)していますが、漫画が好きだなけでなく努力で、プロの世界にたどり着きました。

OECDのニート調査

ニートの調査をOECDがしています。OECDでは15~29歳で、就学も就職もしていない人をニートと定義しています。つまり、フー氏はパートタイムや漫画で収入がありますし、また年齢からも、OECD定義でのニートの対象外です。ニートは、OCED平均が14.6%、日本は9.5%です。
OECDの中では、日本はニートが少ない国です。該当年代の10人に1人がニートは実感より多い気がしますが、女性の家事手伝いや専業主婦も含まれるからです。日本ではニートというと内向的な趣味の男性のイメージが強いのですが、日本の女性のニート率は、男性より70%多いとOECDは指摘しています。
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日本でも、昔から職人の世界は、口数が少ない仕事として知られています。「リア充」や「社交的」でなければ、食っていくことがどんどん難しくなる一方で、フー氏のようにインターネットのテキストでの意思疎通を通して友達をつくり、徐々に仕事をすることも可能になっています。(P.68)

想像したものだけでも現実化させたい
この世界に居場所を作ってあげたい (P.60)

フー氏にとって漫画を描くことは、漫画キャラクターの居場所だけでなく、自身の居場所も作る行為だったのだろうなと思いました。


というわけで、こんなに裏読みばかりしなくても、シンガポール人やシンガポールの漫画としても面白いので、是非ご購入を。

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マクドナルドのシンガポール版モノポリーで不動産相場を知ろう

マクドナルドのシンガポール版モノポリー

シンガポールのマクドナルドがモノポリーを使った期間限定プロモーションをしています。

モノポリーと言えば、近隣の不動産を買い占めて、その土地に住宅やホテルを立てていき、そこに止まってしまった他のプレーヤーを破産に追い込むのが醍醐味の人気長寿ボードゲーム。
マクドナルドのプロモーションでは、セットミール等を購入した時にもらえるカードに当たりで商品がもらえたり、不動産カードの色合わせを集めた人に景品が抽選でもらえます。ミソなのが、シンガポール版ということで、シンガポールの通りの名前が使われていることです。これがゲームでも不動産の価格順になっているため、どこが庶民の街で、どこが富裕層の街かが分かるわけです。
そのゲームボードは、PDFで無料ダウンロードできます。

マック版 シンガポール モノポリーの街

登場する通りはこちら。

マック版シンガポール モノポリー: 通りの名称*** マック版シンガポール モノポリー: 通りの名称
街の名前 私の解説
茶色 ジョクーン シンガポールの西の果て、MRTの終着駅
茶色 Bukit Gombak .
水色 センカン ポンゴルの隣の新興HDB郡。LRTに接続
水色 Bidadari .
水色 セラングーン MRT紫線と黄線のターミナル駅
紫色 ウッドランド ジョホールとの国境の街
紫色 アンモーキョ(AMK) 初期のHDB街。1973年より開発開始
紫色 トアパヨ 最初期のHDB街。1964年より開発開始
オレンジ色 タンジョンカトン ショップハウスが並ぶ
オレンジ色 イーストコーストロード 海岸沿い。日本人が多い
オレンジ色 Bayshore Road .
赤色 クイーンズタウン .
赤色 チョンバル オシャレ下町で売り出し中
赤色 タンジョンパガー 金融街シェントンウェイ
黄色 ノベナ オーチャードなどMRT赤線に通う日本人も多し
黄色 ホーランドロード 小洒落たバーがあるホーランドビレッジ
黄色 ブキティマ SGでは希少な一軒家が多い
緑色 リババレー 近所の明治屋パワーで日本人集積地
緑色 オーチャード SG一の繁華街オーチャード
緑色 Oxley Road あの故リー・クアンユー初代首相邸所在地
青色 マリーナベイ SGの夜景と言えばここ
青色 セントーサコーブ 外国人が唯一土地を所有できる場所。交通や生活に不便

「ジョークーン(涙目」「ホーランド、評価高すぎ」「セントーサコーブをOxleyより上に置くとは不遜な」などとツッコミもできそうです。

モノポリーのマクドナルド版でない、シンガポール版も市販されています。今年の夏頃に通りの名前が更新された新板がでたとのことで、本屋のポプラに買いに行ったら旧版しかありませんでした。$10の特別値引きがあって、$36.9が買い値。
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モノポリーは「シンガポール航空版」というのもあります。こちらは少々お高くS$65。ネット通販で国際発送もしているので、マニアな方は是非w
www.krisshopair.com

シンガポールでの不動産賃貸、売買の市場確認方法

シンガポールでは売買契約に加えて賃貸契約も、政府に届け出が必要で、それらは物件ごとに金額と広さが公開されています。日本では不動産取引の情報へのアクセスは、不動産業者以外は制限されており情報の非対称性が発生していますが、シンガポールでは市場の公平性維持のために政府が開示しています。
シンガポール在住の日本人にも、賃貸で借りたい物件が決まった時に、価格等の条件を交渉するのは一般的です。また不動産サイトの表示金額はオーナーの希望価格であって、実際の成約価格とはズレがあります。正確な相場を知るのに役立ちます。活用下さい。

シンガポールの地区での賃貸相場

物件名での中央値も計算されており、そこから地区での平均値を計算しました。政府はシンガポールを26の地区に分けて番号をふっており、不動産情報ではこの地区が使われます。2016年第三四半期の期間のデータです。
場所によって単価に2倍近い差がありますが、高級住宅地にあるほど広い物件が多いので、実際に払う賃貸価格はもっと格差があります。

シンガポール:地区ごとの賃貸価格 (100㎡あたり物件ごと中央値の平均)

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※物件内での貸出数は反映しておらず、1物件で貸出数1として計算しています。地区内での実際の平均値とはずれがあります。リムチューカンは期間中の賃貸契約数ゼロでした。

日本人が比較的多く住んでいる所を取り出して、ざっくりと価格帯で分類すると、以下のようになります。

シンガポール:地区ごとの賃貸価格 (分類)
分類 通りの名前 100㎡での賃貸価格
一等地 タンジョンパガー、ラッフルズプレイス、オーチャード、リババレー $5,000
いいところ ノベナ、ブギス、チョンバル、ブキティマ、ホーランド $4,300
<壁> <壁> <壁>
郊外 クレメンティ、カトン $3,500
郊外 ゲイラン、ビシャン $3,300
郊外 ジュロン $3,100
<ゆるやかな壁> <ゆるやかな壁> <ゆるやかな壁>
もっと郊外 タンピネス $2,800
もっと郊外 イーシュン $2,700

あとは、「$5千で借りられるオーチャードってどんなんだよ」というのがありますが、これはリババレーと一緒の地区でまとめられているので、実際より安く見えるためですね。

売買成約情報の確認方法

日本人でシンガポール不動産を売買する人は、金額が高く、在住者の過半数が期間限定で滞在する駐在員のため、少数派ですが、こちらで制約情報を確認可能です。
■新築コンドの売買数と成約単価

■中古コンドの売買成約情報

シンガポールのメイドは奴隷か?!と議論する前に知っていて欲しいこと

月6万円でフィリピン人メイド in 香港

きっかけはこのツイート。

これが発端になったツイッターでの議論がまとめられています。

香港のフィリピン人メイドが話の中心ですが、シンガポールの外国人メイドへも共通した話です。
読むと、シンガポール関係者の一定数は絶句するはずです。これだけ大量の記述があるのに、シンガポールのメイドの実情に適切なインプットがなく、メイドや雇用主の実態を描けていないためです。
※注: Togetterでは「女性の労働参画」も主要議題ですが、私の関心である「シンガポールでのメイド雇用」を本記事の主題にしています。

シンガポールでの外国人メイドの待遇

シンガポールの就労ビザ区分では、外国人家事労働者 (Foreign Domestic Worker) と言いますが、一般的にメイドと呼ばれています。住み込み家政婦に相当します。

まずはシンガポールでの外国人メイドのファクトを記します。

ファクト: メイドの人数と国籍

シンガポールは移民国家です。永住者を入れて人口の4割が外国人です。メイド用の就労ビザ受領者は237,100人 (2016年6月)。これは、シンガポールでの外国人労働者の20%(外国人全体では14%)、全人口での4%と、かなりの割合を占めています。
国民と永住者の世帯数122万で割ると、5世帯に1世帯がメイドを雇用していることになります。

下記出所より筆者にて加工

ファクト: メイドの就労ビザ申請資格者
性別 女性のみ
年齢 ビザ申請時に、23歳から50歳
国籍 バングラデシュ、カンボジア、香港、インド、インドネシア、マカオ、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、韓国、スリランカ、台湾、タイ ※日本人はメイドビザの申請不可。出身国との給与水準の兼ね合いで、実際に雇用されている国は一部
学歴 最低8年間の公教育修了者
健康診断 シンガポールでの医師による。入国時と半年おきに必須。失格するとメイドは帰国
政府への保険証書 雇用主は政府への保証金S$5,000への保険証書を購入する。メイドへの責任不履行(給与未払い)や管理責任(ビザ失効後にメイドが母国に未帰国、メイド失踪)が発生すれば、雇用主は保険会社に支払い義務が発生する。失踪時に雇用主が警察への7日以内の届けなど妥当な努力をすれば、支払いは半額になる
ファクト: メイドの一般的な待遇

雇用主の毎月の負担は、給与と雇用税を併せて千ドル前後、それ以外に衣食住、医療費です。

給与 フィリピン人インドネシア人はメイド就労を管理する大使館指定により、月給$550(約4.4万円)以上。介護が加わると$600(約4.8万円)を超える。天引きは基本的に発生しないため、給与額面が手取り(注:シンガポールは最低賃金という制度がない)
福利厚生 シンガポールの公的制度の社会保障への加入は、永住者と国民が対象のため加入できず、支払も不要。雇用主が衣食住、医療費全額、雇用契約終了時の里帰り航空券を提供。医療保険は入院と手術に最低S$1.5万(約120万円)、個人損害保険は最低S$4万(約320万円)が義務
雇用主が雇用税(levy)を負担。月にS$265(約2万円)、16歳未満の国民の子育て・親や障害者の介護であればS$60(約5千円)に減税
就労ビザ 期限は最長2年、雇用主が変わると再申請。家族帯同は不許可であるため、妊娠するとビザが失効し帰国になる。年170人ほどが該当する。ホワイトカラー向けビザ (S Pass/EP) が対象の永住権は申請できず、帰化も申請条件が永住者であるため国籍も取得できない
労働時間 制限規定無し。実質は大半が待機時間。家事の特殊性のため、雇用法(EA)の対象外。(シンガポール雇用法はデスクワークの仕事では月給$2,500(20万円)から対象外で、保護外の人がもともと多い)(日本でも家事使用人は労働基準法の適応外)
休日 週に一日(法定)。メイドの同意のもとに、1日分以上の給与支給で追加労働か、休みの振り替えを頼める
人材紹介費 諸費用は雇用主負担だが、例外は出身国人材会社の斡旋費。メイドが雇用主に前借りし、分割で返すため、働き出した数ヶ月は、返すまで給与が残らない。総額は法律で給与の2ヶ月が上限であり、一般的に$800~1200。シンガポール側人材会社費用は雇用主負担
住環境 労働省MOMは個室の提供を促している。それができない際には、適切な広さとプライバシーの提供が必要になる。子守相手や介護相手との同室利用が4割にのぼるアンケートがある。台所で寝泊まりさせる雇用主もまれいる。ティーネージャー以上の男性との同室利用は身体的障害者介護を除き違法
副業 副業は違法。雇用主が自宅での家事以外をさせることも違法で、雇用主は罰せられる。
講習 初めてメイドを雇う雇用主には、ネットか教室でのオリエンテーション受講が必須。初めてシンガポールで働くメイドも、メイド用の講習受講が必須。1年間にメイドを4回以上変更する雇用主は講習か担当官との面接が必須

付記です。

  • メイドはシンガポール国民および永住者との結婚に、労働省MOMの許可が必要です。より正確には、この制度は、メイドのみでなく、Work Permitという単純労働者向けビザ所持者・過去の所持者全員に適応されます。経済力がない国民出身者の増えることでの社会保障費増大を防ぐためであり、ホステスとして働く労働者を歓迎しないためでしょう。2021年、22年には、MOMは1,100人を承認し、うち84%が女性でした。承認基準は、応募者自身と家族を世話ができるかだと、MOMは語っています。
  • 住み込み: 勤務地である雇用者宅での住み込みのみが雇用形態です。通いでの就業体系は認められておらず、通いで家政婦ができるのは就労制限がないシンガポール人および永住権取得者です。
  • パスポート: メイドのパスポートを、同意の上で安全上の名目で雇用主が保管することは許可されている。要望があれば返却が義務。国内身分証(IC)はメイド所持が義務。(更新: 記事を書いた2016年時にはパスポートの雇用主保管が許されていましたが、現在は許されません。シンガポール国内の旅券法(Passport Act)で自分名義でないパスポートの所持は禁じられています)

シンガポールは何のために他国からメイドを雇用しているか

5世帯に1世帯がメイド雇用をしているということは、富裕層に加え中間層も、育児や介護のために、人生のライフステージにあわせて一定期間の雇用をしていることが分かります。
シンガポールでも高齢化社会の進展で、介護のために現在24万人のメイドが、2030年までには25%増えた30万人が必要になると、政府は推測しています。

シンガポールでは特に中間層では、両親ともにフルタイムで共稼ぎが一般的です。女性は、特に子どもの幼児期に、メイドを活用した育児で、フルタイムの仕事に復帰します。共稼ぎでないと経済的に苦しくなることも、シンガポール法定の有給産休期間が4ヶ月(国民)と日本より短いことも、キャリア断絶が最小限になる制度設計です。シンガポールの親もできるだけ子どもとの時間を作りたいとは思っていますが、日本の"三歳児神話"(子どもは三歳になるまでは母親が育児に専念すべき)のような風習は、シンガポールにはありません。

メイドは何のために外国でメイドとして働くのか

メイドが働くのは、勿論、お金のためです。やりがいや海外生活というふわふわしたものではありません。S$550 (4万4千円) の給与は手取りであって、満額がメイドの収入になります。それ以外の衣食住および医療費の諸経費は雇用主負担です。
メイドは奴隷ではなく強制労働を強いられていないので、自分の意思でメイドの仕事を選び、環境に納得いかなければ退職する権利があります。
働き始めた何ヶ月かは、人材会社への斡旋費用を返金するために実質的な拘束期間でもありますが、その後は自由に退職可能です。日本とシンガポールとでは雇用慣行が違います。例えば、日本では雇用主が研修費の返還請求をすることは違法ですが、シンガポールでは合法。一定期間働くと返金免除が一般的ですが、例えば、航空会社のように研修費が高額だと拘束期間が年単位になることもあります。当然、入社時に条件提示されます。メイドの斡旋費用返金の実質的な拘束期間は、これと類似です。

メイドは、故郷で子ども・家族・親戚・友人に囲まれていた暮らしから、慣れない外国で雇用主と暮らすことになり、かなりの決意が必要です。大半のメイドには自分の子どもがおり、その子どもは母国にとどまる夫や祖父母が世話をします。それでもメイドを選ぶのは、故郷より稼ぎがよく、その稼ぎがあれば家族や親族が幸せに暮らせるからです。幸せになるとは、子どもの学費、家族の治療費や生活費の取得を意味します。メイドをしている間にメイド自身が幸せになれるかどうかは、雇用主との関係にかかっており、良好な関係を築くまでは「(自分を犠牲にして)家族のために働きに来た」という状況であることは、否めません。家族のためにブラック企業で働き続ける、日本のサラリーマンを思い出させます。

一部のメイドは、手配業者の甘言で騙されて、メイドになることもあります。法定額以上の斡旋費用や本来認められない費用が搾取されます。シンガポールではこれは犯罪であって、ビザ申請でメイドが目にする書類(IPA)に斡旋費用が書かれていますが、それでもすり抜けて悪質な行為を働く違法業者があります。

外貨送金をあてにする送り出し国

フィリピンは、人口の1割の1,023万人が海外で暮らし、母国への送金額はGDPの1割にもなる出稼ぎ国家です。英語が話せるために海外で仕事を見つけやすく、それが逆に頭脳流出にもつながっています。
インドネシアは、人口の3%弱になる700万人の海外就労者がおり、そのうちの6割がメイドです。母国への送金は105億米ドルにのぼり、GDPの1%相当を占めます。

なぜ外国人メイドの制度が成り立つのか

先進国シンガポールと発展途上国との国際経済格差の利用です。先進国で雇用しながら、送り出し国の給与と物価水準をできるだけ維持したい、という無茶に応えるのが目標です。そのためにシンガポールでは、衣食住はキャッシュでなく雇用主現物支給などの仕組みがとられています。
「人手不足」と言っても、本当に人手が足りない仕事は滅多にありません。単に「雇用主が希望する給料で働いてくれる人がいない」ことを「人手不足」と言ってるだけで、大半の仕事は今の給与の倍をも出せば求職者が殺到しますし、その給与水準を継続すればスキルミスマッチにも該当する経験を他所の職場や学校で、勝手に積んで応募してくれるようになります。
雇用主にとって、給与を上げずにこの人手不足を解決する方法として、移民導入は有効です。
労働者からみても、就労ビザの障壁をクリアでき合法で働けるなら、給料が高いところが良い、と考えるのは自然です。

フィリピン: 外国で働く労働者流出の停止

フィリピン人は英語が話せることから、海外での就労が容易であると同時に、人材流出にもなっていました。フィリピンに帰国して再度住むより、帰省はたまにしても、アメリカなど永住権や国籍取得可能な国に根付いてしまいます。
ところがこの海外在住者に歯止めがかかりました。近年、母国で経済成長したことで、海外より慣れ親しんだ母国に戻ることを希望する人達が増えてきたためです。

インドネシア: メイドの送り出し国は恥ずかしい

インドネシア政府は、特にジョコ・ウィドド大統領になってから、メイドの提供は恥ずかしいことであるとの考えを出すようになりました。本来は単純労働移民を提供したくないが、メイドではなく、訓練されたプロフェッショナルであるベビーシッターや介護者を提供していきたいと考えています。

これらから分かることは、発展途上国が経済力を増し、国力をつけることで、長期的には単純労働者移民の提供は衰退する流れにある、ということです。発展途上国との賃金格差は縮小し、賃金向上や人権意識の高まりでの待遇改善は、メイド雇用ができる人を限定していくでしょう。シンガポールが、富裕層のみでなく中間層も今ほどの恩恵を受けられる期間が、今後も何十年と続くかは定かではありません。

メイド雇用でのトラブル

メイドに子育てを頼り、子どもを知らずに恥じる母親

シンガポールの移民労働者支援NGOが作成した動画があります。母親とメイドの両方が、子どもについての質問を受けています。「なりたい職業は?」「好きな教科は?」などです。74%のメイドが、母親より正しい答えをしました。
www.youtube.com
動画の目的は、2013年に法制化されたメイドの週に一日の休みの取得を促すものです。2015年の動画ですが、当時はまだ40%しか週一の休暇をとっていないと、NGOは主張しています。メイドが休みを取ることで、子どもと親との対話を増やして欲しいという趣旨です。
この動画を見て、メイドを雇っている母親は恥じて泣きました。母親が人任せでなく自分で育児をしたいと思うのは、シンガポールでも同様です。しかしながら、子どもを進学させる学費や家計を考えると、シンガポールでは富裕層を除くと経済的に共働きが必須です。シンガポールでメイドの雇用は贅沢品でもなんでもなく、「それでも働いて共稼ぎをしなければならない」というシンガポールの家庭の苦悩をついた内容で、かなりの反響を呼びました。

文化・言語・教育水準の違いからくるコミュニケーションギャップ

メイド雇用はトラブルが多いです。雇用主からメイドへのよくある苦情です。

  • 期待値があわない: この程度でいいだろうと思われる。品質を知らないのでどうすればよいか分からない
  • シンガポールの最新の家電を使えない
  • 衛生観念が違う: ペットを触った手で食材を触る等
  • 言葉が通じない: フィリピン人だと英語ができるが、それ以外だと通じない
  • 宗教が違うと生活習慣が違う
  • ホームシックになった
  • 食器の扱いが雑で割れやすい
  • 家財がなくなる
  • 雇用主の旅行中に大音響でパーティを開き、帰宅後に近所から注意を受ける
  • (男)友達を連れ込む

その一方で、同じ国の出身で、ホワイトカラーや看護師をしているフィリピン人、専門職をしているインドネシア人も、シンガポールにたくさんいます。他の職業の人でもそうですが、メイドはメイドが一番割に合うからメイドをやっているのです。もっと稼げる専門職になれないからメイドなのです。大卒で専門職の職歴がある異文化の人とでも、仕事で一緒に働くのはかなりの苦労ですが、それをはるかに超える困難がメイド雇用では発生します。「メイドに色々任せられていいよね」と日本人は思いがちですが、指揮監督はかなりの苦労です。5万円で雇われた人は、5万円の労働しかしてくれないのです。

雇用主からメイドへの虐待と、メイドから子供や高齢者への虐待

生活をともにしながら家事をすることで、虐待が発生することがあります。雇用主からメイドにだけでなく、メイドから雇用主家族にもです。双方にストレスがかかるのです。雇用主がメイドへの虐待は想像が付きやすいとおもいますが、メイドから雇用主家族は育児ストレスや介護疲れです。子どもや老いた親を預けているので、そうは簡単に高圧的な態度をとれないものです。
日本の介護施設や家族であっても、虐待が定期的に報告されていることを思い出します。
シンガポールでは、シンガポールで初めて働くメイドから、ランダムに労働省MOMが面談して、危険をチェックしています。虐待は刑法犯になることに加え、雇用主は今後のメイド雇用を禁じられます。

映画で見るシンガポールでのメイド

シンガポールのメイドについて関心を持った人は、日本でも公開されていた「イロイロ」(2013年製作)というシンガポール映画を見て下さい。原題は"爸媽不在家"で「両親は家に居ない」の意味です。
公団(HDB)を舞台に、親から孤立しかけの小学生男子と、その子が荒れかけてきたため家事と育児をみるために雇われたフィリピン人メイドが中心の話です。当初、男子はメイドを嫌悪するが、したうようになります。しかし両親の経済状況がアジア通貨危機で悪化して解雇となり、メイドは帰国します。

マリーナベイサンズのバブリーなだけがシンガポールではなく、シンガポールの中間層の生活を知るきっかけになる映画です。NetflixとHuluに入っています。是非見て下さい。

ウンコを投げっぱなしのネット民

ここまでは出来る限りニュートラルな立ち位置で、シンガポールのメイドを解説してきましたが、ここからは反論です。

今回のTogetterを見ると、ネット民の良くない所が炸裂していると私は見ています。外国人メイドを、先進国で低賃金で雇用することが気に入らない人がいるのはよく分かりました。しかし、「6万円でメイドをこき使うマリー・アントワネット、炎上してざまあ」では、当事者への具体的な解決策や提案になっていません。なので、現在その制度に立脚している社会で生活している在住者には、リアリティゼロです。
当事者のメイドは、シンガポールでの雇用に満足しています。シンガポール政府の調査があります。10人中9人のメイドは、シンガポールでの就労に満足しています。10人中7人は契約が満了するまでシンガポールでの就労を希望し、満足しているうちの10人中9人は同じ雇用主の下で働くことを希望しています。

たとえ、当事者が満足し、社会がメイド利用を前提に確立していたとしても、それが普遍的価値により是正すべきであれば、人権問題のように諸外国が圧力をかけるべき場合があるのは理解します。しかし、シンガポールのメイド制度は、個別に問題があるケースはありますが、就業と離職の自由があり、条件は渡航前から提示しているため、「奴隷」と比較するには不適切です。当面は制度を改善しながら、メイド自身も送り出し政府も、移民の提供をしていきたいと考え、雇用主とシンガポール政府も、関係者は受け入れを希望しています。他国を非難するのは、天引きが不明朗だったり、技能がつかないのに実習扱いする、自国の技能実習制度の欺瞞をなんとかした後の方が良いのではないでしょうか。

何より問題なのが、日本人のネット民が言うようにメイド制度を止めたとして、ではメイドたちはどうなるのか、という視点を欠いていることです。メイドはなぜ、故郷を離れる時点で人材会社に斡旋費用の借金を抱えるリスクを追ってまで、家族と離れて外国で、メイドになるのか。それは、その仕事が一番割に合うからです。地元での何倍もの給与を得られます。
そもそも発展途上国には仕事がありません。農業・漁業・林業か家事です。日々の生活で食ってはいけても、雇用先や貨幣収入は限られています。あっても薄給です。その中で、治療費や教育費が必要な経済イベントが発生すると、そのお金がかかる選択肢を断念するか、その選択肢を得るための収入を探すかです。そしてその一つが外国でのメイドです。

メイドは格差固定装置でなく貧困からの突破口

発展途上国の工場で安価な賃金で作られ輸入された工業製品は喜んで使うのに、輸入が移民のサービスとして可視化された瞬間に、壮絶な拒否反応が起きたのが今回のツイッターの騒ぎです。NIMBY ("Not In My Back Yard"我が家の裏庭ではやらないで) の現れ方の一つに見えます。我々は製品とサービスのどちらの輸入にも自覚的であるべきであり、フェアトレードの理念は賞賛されます。
メイドのような低賃金の単純労働移民が増えることで、受け入れた先進国では経済格差が増えることは確かでしょう。そのためにシンガポールでは、単純労働移民は仕事があり就労ビザが有効な一時的な期間のみの滞在であり、移民の目的は母国にある、という姿勢を貫いています。家族帯同・永住権・国籍付与を認めるのが真っ当な人権意識であるとするなら、キャリアパスと家族を含めた異文化受容、更に社会保障と教育を、国として提供する必要があります。日本にはこれを受け入れる覚悟があるように見えません高齢化社会対応で招かれた移民もやがては年を取り、今度は社会保障の世話になるのです。彼らが現役時代に支払った額と、保障を受ける額のどちらが多くなるでしょうか。

単純労働移民受け入れで、先進国内での経済格差が開く一方で、先進国と送り出した国との間での経済格差は縮小します。「外国でメイドをして、その稼ぎで子どもが大学に通っている」という話を聞くのは珍しくありません。これはメイドが、格差固定ではなく、世代を超えて貧困からの突破口になっていることを意味します。「外国人メイドは受け入れるな」という主張は、「(居住国が豊かになるまで)貧困のままでいろ」という主張の裏返しであることに気付くべきです。

メイドの収入が貧困から抜け出す重要なフックになっている一方で、残念なことに、メイドが犠牲を払って外国で働いても、故郷では旦那が飲んだくれギャンブルをしている、親族が訳の分からないビジネスに手を出してスッた、色んな人間が理由をつけてたかりに来る、というのも同様に珍しくありません。ミクロではこちらの方が切実な問題です。

日本に外国人家政婦は無理だ

ここまで説明するとおわかり頂けると思いますが、「日本人には外国人家政婦の雇用はムリ」というのが私の考えです。移民政策に比較的成功しているシンガポールでさえこれだけの苦労をしているのに、日本がこれらのチャレンジを超えられるとは思えないわけです。更に、日本特有の事情をあげます。

  • 日本人家政婦でも給与は時給千円前後と最低賃金に近いが、外国人家政婦にも最低賃金が適応されるため価格低下が見込まれない。
  • 家政婦に時給2千円超を支払う価値観や経済状況の人は限られる。
  • 英語で指揮監督できる日本人は極少数。家政婦の片言日本語には不満。
  • 他人を家にあげるのが嫌。掃除に来てもらう前に自分で掃除をするメンタリティ。


シンガポールのメイドに反発する価値観は理解します。その一方で、女性の社会進出というキャリアや経済事情、育児という期間限定だけでなく、介護でもメイドは活躍しています。自分の両親の介護が必要になった際に、メイドの制度があっても活用しない自信がある人や、あればどれだけの人を救えるかに賛同できない人は、メイド制度に石を投げ続ければ良いでしょう。

以上が、シンガポール在住者の視点です。
これらを踏まえて、外国人メイドへの理解と議論を深めて頂けると幸いです。

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参考資料

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